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エピローグ「とある冬の朝」①

 冬の朝。

 まだ薄暗い中、私はひとり、廊下で目を覚ますと台所に向かう。

 

 手をこすり合わせて、ささやかな温もりを得る。

 

 お父様が買ってくれた毛糸の帽子とマフラーがほのかな温もりを与えてくれる……これは、私の家宝にしようと思う。

 

 途中、襖をちょっとだけ開けて、中の様子を見る……。

 お父様は、リネリアとアルマリアと一緒に、まだ眠っているようだった。

 

 リネリアは獣の姿になって寝てるようなんだけど、お父様の抱きまくら代わりになってて、二人共とても幸せそうだった。


 お父様はすっかりリネリアの毛皮の虜のようだった。

 うん、あれはたまらない……夏場以外は。


 相変わらず、服着てくれないんだけど、町に出る時は人間の姿で服を着ることは了承してくれた。

 

 その代わり、家の中では獣か獣人の姿でやりたい放題……まぁ、いいんだけど。

 

 昨日は引っ越しで大忙しだったし、お父様もこのところ、色々書類仕事とかで大変だったから、もうちょっと寝かせて置いてあげていい……そう思ったので、静かに襖を閉める。

 どっちみち、今日は向こうで言う所の安息日だしね。


 家の中なのに吐く息が白い……。

 

 この世界の木造家屋……と言っても50年も前に建てられた建物らしいのだけど。

 風通しとかそう言うのを重視してるらしく、あちこちに隙間が開いてるから、隙間風が当たり前のように吹き込んでくる。

 廊下なんて、水が凍るくらい寒い……まぁ、私にはこれくらいどってことない。

 

 長いこと、誰も住まない家だったらしいのだけど、タナカさんが用意してくれた。

 ……うん、タナカさん。

 

 本人は魔王アルバトロスだって、言い張ってたけど……あれが伝説の魔王なんて、認めたら、私の中で何かが壊れる。

 ヨミコだって、絶対認めないって言ってたから、もうそう言うことでいいと思う。

 

 アサツキ達との戦いから……私達がお父様と合流して、早くも一週間ほどが経っていた。

 今日は新居での生活の第一日目。


 お父様の住んでいた家は、びっくりするほどみずほらしい建物の家畜小屋のような狭い部屋……。

 そこへ私達と言う居候が三人も増えたせいで、一気に手狭になってしまった事で、まずはお引っ越し……となったのだけど。

 

 なかなか、良いところが見つからず、困っていたら例のタナカさんが、近くの山の中で打ち捨てられていた廃屋を買い取って、私達が住めるようにしてくれた。

 

 あちこち、修繕が必要な状態だったけど、私達三人とお父様で頑張って直した!

 

 超界の門ともほど近く、向こう側への帰路も確保できているようなものだった。


 ……もちろん、気楽に使えるようなものでもないのだけど、門の守護者もお父様の知り合いと言うことなので、イザとなれば、使わせてくれると言う話だった。

 

 そのうち、報告に誰か戻らないといけないし……ちょうど良かった。

 

 朝ごはんの準備は、昨日のうちに済ませていたので、やる事と言っても炊飯器のスイッチを入れて、お味噌汁を温め直すくらい。

 

 朝のメニューは、シャケの切り身、それと皆、起きてきたら卵でも焼いて……。


 この国では、向こうでは海岸沿いの街以外では貴重品だったお魚もスーパーに普通に売ってた。

 リネリア大歓喜!


 海までは、幾つもの山を超えた先らしいのだけど、100km以上離れた港から半日程度で運んでくるような流通網が整備されているらしく、生の魚ですら、当たり前のように並んでいるのはびっくりした。

 

 最初のうちは台所も、火も出ないのに温まるIHコンロとか、一瞬でお湯が湧く電気ケトルとか。

 私達の世界から見たら、魔法のような機械に戸惑ったのだけど、もう慣れた。


 水道は……井戸水らしいんだけど、物凄くキレイな上に、汲み上げたりもせずに蛇口をひねるだけで、ドバドバ出て来る……。

 

 水仕事は、汲み上げては井戸と水場を往復する力仕事で、なかなか大変なんだけど、こっちの世界では誰もそんなことはしないらしい。

 

 ちなみに、私……もう一人でお買い物だって出来るよ?

 なにせ、文字も言葉も解っちゃうから、ちゃんと説明してくれれば、なんとでもなる。


 文字書くのも読むのも、普通の人ではなかなか出来ないんだけど、子供の頃から真面目にやってたおかげ!

 まさか、異世界でも役に立つとは思わなかったけど、勉強はしとくもんだ。

 

 お父様にも一番頼もしいって言われちゃった!

 

 もちろん、数々の失敗やらやらかしはあったんだけどね。

 道に迷うのだって、相変わらずなんだけど、駅からこの家までの道程は大分覚えてきたから、三回に一回くらいはまっすぐ帰れるようになった。


 ……同じ失敗を延々繰り返さなければ良いのだ……人は学習する生き物なのだ。

 

 それと同時に私達の非常識っぷりも思い知らされたんだけどね! もう忘れた!

 思い出したら、死にたくなるから、思い出さないっ!

 

 キンキンに冷えていた台所も暖房が効いてきて、大分暖かくなる。

 薪も要らない電気式の自動暖房……夏場は冷たい風を出して、涼しくしてくれるらしいけど、魔法も使わずそれを実現するとか凄すぎる!


 王城ですら、気温を一定に保つ為に各種魔術で気温を調節する空調官って専門の魔術師がいたのに……。

 

 こっちの世界に来てから、私はもう驚きっぱなし……。

 

 

 あの時……私達が到着したその時点で、あの頂上決戦とも言える戦いは、ほぼ決着がつきかけていた。

 

 お父様は、何らかの魔術を限界以上に酷使したらしく、完全な虚脱状態で死にかけていたのだけど。

 私が蘇生することで持ち直した……私、お役に立てました!

 

 私達が戦場にたどり着いたとき。


 タマリンとか言うフザけた名前の地竜と、不死人のスレイヤが力尽きたお父様に迫りつつあったのだけど。

 

 タマリンの方は、私が女王陛下から頂いた巨大鎧を真上に召喚してやったら、潰れて動かなくなった。

 

 なんせ全長10ダーシュもあるような超巨大なヤツだったからね。

 本来は私が中に入って動かすんだけど、地竜相手ですら、呼び出して落っことすだけで、十分だった。

 

 スレイヤの方は、リネリアが手足を食いちぎってバラバラにした上に、アルマリアが一刀両断にして切り伏せた。

 

 まぁ、真っ二つにしても復活するような奴なんだけど、第五席のオーギュストが遅れて駆けつけてきて、トドメを刺すのだけは勘弁してやって欲しいと泣いて詫びを入れてきたので、貸しってことで地面に埋めた上で浄化するのは勘弁してやった。

 

 オーギュスト……不死人の一族、黄泉の使徒の一人じゃあるんだけど、意外と温厚な上に隠れ穏健派の一人。

 あの手この手で好戦的な奴ら揃いの不死人の一族を宥めすかして、大人しくさせていたらしいのだけど、弟のスレイヤがものの見事に暴発したらしい。

 

 アルミナとボルドゲルドの二人もこの場にいたのだけど、こっちの世界の魔術師と称する兄さんたちにボッコボコにされて、拘束されていた。

 

 アルミナは、何故か飴もらって、ご機嫌だったのが印象的だった……あいつ、相当な腕利きなんだけど、完封負けでもしたらしく、挙句に餌付けされるとか、どうなんだそれ?

 

 それにしてもこっちの世界の魔術師二人……幽香殿の弟子のようなものだと聞いていたけど、なかなかのやり手だった。

 

 おまけに、あのアサツキもお父様に返り討ちにあったらしい。

 

 ……凄いな。

 アサツキなんて、アークボルトと並んで、魔王軍最強の男だったのに……。

 

 はっきり言って、奴らは敵なんだけど……。

 オーギュストとヨミコ、それにクレナイ、この三人が揃って、休戦を提案してきたので、こっちも了承した。

 そして、お父様の蘇生にも成功して、感動の親子の対面!

 

 なんてやってるとこへ、例のタナカさんがご登場。

 

「我こそが最強魔王タナカ・アルバトロス・タニーオである! 者共、下がれ下がれ! 下がりおろうっ!」


 そんな台詞とともにトボトボと歩いて現れた、ジャージを着た背の低い貧相な中年のオジさん。

 どの辺があの魔王なのか……? 色々問い詰めたいところだったけど。

 

 どうも二人だけしか知らないような話を知ってたりしてたみたいで、お父様も認めざるを得なくなって……。

 魔王12貴子達もそれぞれ、こっちの世界で、タナカさんに色々援助とかしてもらってたみたいで……。


 なし崩し的に、ソレがあの魔王アルバトロスだと、誰もが否定できなくなってしまった。

 

 当然ながら、身内の魔王12貴子の連中は魔王アルバトロスは、死んだって思ってたから、そりゃあもう、一悶着どころではないくらい揉めてたのだけどね。

 

 その辺は、もう魔王一族のお家の問題だから、私達としては巻き込まれないように、あやふやにして逃げた。

 

 後始末なんかは、宇良部さんと政岡さんって例の魔術師達が任せろって言うから任せちゃった。

 

 まぁ……その後は、私のブラジャーってのを買ったりだの、着せ替え人形みたいにされたりだの色々あったんだけどね。

 私の胸のサイズはDカップとか呼ばれるくらいで、こっちの世界でこの年齢ではありえないくらいデカイ……らしい。

  

 ああ、でも……温泉ってのは良かったなぁ。

 

 リナリアとアルマリアはお父様と一緒のお風呂に行けたんだけど、私だけ女性専用のとこに行かされた。

 私、小柄な大人と思われたらしく、大人の女は男の人と一緒にお風呂に行っちゃいけないんだって!

 

 正直、仲間はずれにされたみたいで悲しかったんだけど、大人の女と認められたのは、そう悪いもんじゃないと気がついたら気分が良くなった。

 

 本人たちには、とても言えないことだけど……あの二人、女性扱いすらされてないお子様ってことだからね!

 ……私は、ちょっとだけお母様に感謝した。

 

 その代わり、一緒に裸の付き合いをすることになった祥子さんとは、とっても仲良くなった。

 良く解かんないけど、こっちの世界の奥さんみたいなもんだって言ってたから、祥子お母様と呼んだら、とても喜ばれた。

 

「あら……志織しおりちゃん、早いのね! おはよっ!」


 噂をすればなんとやら、ご飯が炊けるのを待ってたら、祥子お母様が顔を見せる。

 

 ちなみに、志織ちゃんと言うのは、お父様が付けてくれたこっちの世界の私の名前。

 

 アルマリアは真理まり、リネリアは璃乃りのって名前をもらった。

 

 この世界のこの国に住む外国人は、通名と言って日本人っぽい名前を名乗る習慣があるらしく、市役所なんかにもそんな名前で登録されたらしい。

 

 ちなみに、私達は正式にこの国の国民として認められてしまったらしい。

 本来はもっと時間がかかるものらしいのだけど、色々あって特別扱いされたとかなんとか。

 

 皆、名前については異論はなかった。

 だって、お父様が付けてくれた名前だからね! お互い呼ぶ時はいつもの名前になっちゃうけど。

 

 『猛部志織』

 

 ……それがこっちの世界での私のフルネーム。


 いい名前もらっちゃった! 私、大事にします!

エピローグ回です。

今回のエピソードで、第一部完結とします。


なお、後編は明日06時にアップ予定。

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