幕間「夜の底にて」
果てしなく続く深淵の暗闇の奥底。
そこは、打ち捨てられた古城の一角のように見えた。
キャンドルのか細い光が揺らめく中、玉座に座るものがパチンを指を鳴らす。
その者の前に映る映像は、どこか遠い世界の出来事のようだった。
ポニーテールの小さな騎士が倒れ込んだ中年男に手をかざしている。
同じような小さな剣士が必死に呼びかけている中、ポニーテールの少女が大丈夫だからと言いたげに、その頭を撫でていた。
その背後では、巨大な鎧のような物体と巨大な地竜が折り重なるようになっていて、赤い竜が必死な様子で鎧をどかそうと格闘している様子が見えた。
別のところでは、ネコ娘が生首のようなものを掲げ、大男が涙目になりながらその足に縋り付くと言う光景が繰り広げられている。
その後ろでは、大の字になってひっくり返った巨人と、泣きじゃくるオカッパ頭の少女をオロオロとなだめる眼鏡の青年と、箒頭の青年が困ったように苦笑していた。
折れた刀を握りしめたまま、オールバックの長髪の青年が横たわり、どことなく面影の似た黒髪の少女がその手を握っている。
控えめに言って、惨状なのだが……それは、一つの戦いが終息した事を示していた。
「やれやれ、なかなかに面白い顛末であったな……お主もひとまず、一安心と言ったところかのぅ」
玉座に座る小さな人影が面白そうに笑いながら、傍らに佇む仮面をかぶった長い金髪の女に話しかける。
その仮面から覗く目は、蒼い空のような色だった。
「はぁ……あの人ったら、相変わらず無茶ばっかり……」
「そう言うな……むしろ、男とはああでなければな! いかなる時も勇猛果敢、絶望、困難にあたって、一歩たりとも退かず、逃げ出さず……誰一人死なせずに、腕一本で全てねじ伏せよった! 愉快、痛快! よろしいっ! 実によいではないか! ひとまずは合格点と言ったところかのう」
「それは重畳……ですが、魔王様。この私めに何をさせるおつもりで? 私は魔王様に魂を拾われこの蒼玉の騎士の身体を頂いた身、いかなるご命題も甘んじて享受いたしますが……」
「ふむ、前にも言ったが、お主が望むなら、元の世界に戻してやっても構わんのだが? その身体なら何処へでも行けるぞ……それこそ、お前の愛する者の元へ行くのも悪くないであろう……わしも止めるほど無粋ではないぞ?」
「そうですね……それも悪くないのですが。私共の世界の命運を知ってしまった以上、私に出来ることをすべきです……例え、悪と誹られ、人々の憎悪を一身に受けようとも……」
「敢えて、困難かつ、茨の道を進むとは、お主もモノ好きであるのう……では、貴様はワシの手駒として、働いてもらうと言うことで構わんな?」
「魔王様の配下となることについては、すでに了承しております故、今更異論はございません。我が名は、蒼玉の騎士……サファイア……それで結構でございます。ですが、私どもの世界を救う手立ては、本当に無いのですか?」
「そうじゃな……あの世界のマナの枯渇はすでに時間の問題、もうどうにもならない所まで来ておる。守護者たる女神も逃げ出したような有様じゃ。であればこそ、神々の敵対者たるこのワシが救済の手を差し伸べる……実にありがたい話だと思わぬか?」
「魔王様の御慈悲に感謝を……具体的にはどのような手筈で」
「……このワシに任せておけば、移住先の世界の一つや二つくらいは、なんとでもしてやる。だが、一番の問題はお主らの世界の者達だ。魔族と人、共に手を取り合いひとつになる……救われたくば、それが大前提となる。あくまで相争い続けるようであれば、ワシは容赦なく見捨てる所存じゃ……そのつもりでおれ」
「魔族と人がひとつになる……ですか。それは、とても難しい事だと思います……魔族と人は、あまりに長く争い続けました」
「であろうな……積年の恨みつらみが積もり積もって、お互いを許容する事など夢もまた夢……そんな所であろう? じゃが……ワシは、慈悲深き神などではなく、悪逆の極致……魔王の中の魔王であるからな。その慈悲にすがると言うのであれば、相応の代償を要求する。……ワシは、絶望、困難を乗り越えた先の奇跡が見たいのじゃよ。ここから先はお主らの問題じゃ……せいぜい、足掻いてみせよ」
「……救われたくば、まず自分達で奇跡を起こしてみせろと? かしこまりました……。我が身命を賭すに足る……これはそういう物だと心得ております」
「……ここだけの話、ワシは直接手を出さんつもりじゃが、ハッピーエンド以外は認めんからな? バッドエンドやデッドエンドはお断りじゃ。どうせなら、貴様も含めて、皆が笑顔で迎える最高のフィナーレを頼むぞ? なかなか、大変じゃろうけどなぁ……なかなかに、やりがいのある仕事ではないかな?」
「もとよりそのつもりでございます。……それでは魔王様……このサファイア、これより悪逆の徒として、出陣致します。スティール、行きますよ」
……傍らに控えていた鋼の全身鎧の大男がやる気なさそうな調子で、ダルそうに顔を上げる。
その顎にサファイアと呼ばれた女のケリが入る。
「……もはや、力関係は逆転してるのよ。貴方は私の下僕スティールなの……言う事聞かないと、また吊るすわよ?」
彼女がそう言うと、何やらトラウマでも刻みつけられていたのか、スティールと呼ばれた大男が無言で首を横に振るとペコペコと頭を床に擦り付ける。
大股で歩み去るサファイア、背中を丸めながら、慌てて、その後を追うスティール。
それを無言で見送る魔王。
その傍らに、どこからともなく白いメイド服の少女が現れる。
「……魔王様も酷な命を……あの女、サファイアに出来るとお思いですか?」
「シロか……あのタケルベとか言う男、それにその娘達……奴らなら、案外いい線いくかもしれん。サファイアには、相応に苦労してもらうことになるだろうがな……」
「魔王様の配下となり、そのお慈悲にすがる以上、苦労するのは当然ではないでしょうか? 私もいつも無茶ぶりばかりで、もううんざりでございます」
「お主はその毒舌をどうにかせい……ワシ、お主の創造主なんじゃけど、たまに忘れそうになるぞい?」
「YES! My Master! 私は魔王様への忠義を欠かしたことも一度たりともありません。魔王様もそろそろ、相当なお年ではありますが……耄碌するには早すぎると思います」
「やかましいわっ! ……だが、貴様やクロにも動いてもらう事になるかもしれんな。試練とは強大、かつ困難なほどに盛り上がるからのう」
「……私はともかく、クロは納得しますかね? あの娘は私と違って、まっすぐな娘ですから」
「そうかもしれんが……アヤツ一人に泥をかぶせるのも気が引けるからのう。まぁ、どちらにせよ、ワシは観客として、存分に楽しませてもらおうかのう……貴様も好きに暴れてこい」
「結局、ソレが本音なんですね……退屈しのぎに神々の思惑すらも手玉に取る……さすが、魔王様! 最悪です!」
「ふははは……最悪で結構じゃ……ワシにとって、それは褒め言葉じゃな!」
「魔王様、別に褒めてませんから……最悪の前にウジ虫以下って付けましょうか?」
「…………」
「……魔王様、泣くなら、人の居ない所でお願いしますね」
笑顔とともに放たれたシロの言葉を最後に、玉座の前に灯っていた明かりが静かに消えていった。
辺りは、再び闇の帳と静寂に包まれる。
かつて、魔王の中の魔王……原初の魔王……そんな風に呼ばれていた存在がいた。
それは、とある世界の創世神話では、神々の敵としてその名が語られ、
また別の世界の神話では、世に滅びをもたらした厄災として、記録に残されていた。
けれど、とある神話では、人々に救いをもたらした救済者としても描かれていた。
幾つもの顔と幾つもの名を持つ……魔王の中の魔王。
どこから来て、何を果たさんとしているのか?
……それは、誰にも測り知れなかった……。
それは、神と呼ばれる存在であっても例外ではなかった。
本人にとっては、全てが余興……そんな程度なのかもしれなかった。
『暗闇の底の最後の希望』
これもまた、それを表す言葉のひとつだった。
BGM:『夜の底にて』 クロノトリガー BGM
https://www.youtube.com/watch?v=I5rF7VLS5yM
このお方は本来ここで出す予定でした。