第十九話「とあるおっさん、最後の戦い」③
「……お前の剣、もう見切ったぜ……良いだろう! あくまで、自分が正しいと思うのなら、貴様も全力で来い! こっちに合わせる必要なんぞねぇぞ! こうなったら、お前の思い……全て、俺が受け止めてやる! 俺は貴様の道に立ちふさがる壁だ……容易く超えられると思うなっ!」
無言のまま斬りかかってくるアサツキ。
再び始まる、嵐のような剣戟……。
だが……その剣筋ももはや見切れるようになっていた。
アサツキの剣筋……鋭い上に正確ながら、奥行きがない……。
綺麗すぎて、逆に読みやすい……生と死の境界にこの身を晒してきた俺にとっては、見切るのは容易かった。
要するに、所詮は未熟な若造の剣って事だ!
「魔術に頼ろうとしない……その姿勢は立派だが。勝利への執念が、妄執が……足りないっ! そんな事で勝利などおぼつくものかっ!!」
「なんなのだ! 貴様はッ! 何故、我が剣が掠りもしなくなったのだっ!」
怒りに任せたような大振りの軌道を軽く掌底で逸らす……こんな雑な攻撃でっ!
「うるせぇっ! この若造ッ! そんな腰の抜けたなまくら剣で俺を斬ろうなんて、100万年はえぇっ! 何が互角の条件だ……手抜きしてんじゃねぞ! 魔術でも卑怯な手でも、なんでも使って、全身全霊で俺を殺してみせろっ!」
お互い飛び退いて、間合いを空ける。
しばしのにらみ合い……けれど、不意にアサツキの表情が緩む。
「……これでも俺は本気なんだがな……まったく、己の未熟さを思い知らされる。侮っていたのは俺の方か……。だが、どのみち、魔術で身体能力を強化しても感覚が狂うだけ……貴様を侮っている訳では決してない! 小細工など、そもそも通じる相手ではなかろう……格が違う」
なるほど、なかなか解ってる。
実際、魔術による身体強化の難点はまさにそれで、普段の身体感覚と強化時の身体感覚にどうしてもズレが生じるのだ。
防壁にしたって、それがあるとついつい頼ってしまって、守りが雑になったり……。
極限の凌ぎ合いとなると、そんな些細なズレが致命的になる……そういうものなのだ。
「……ふん、解ってるじゃねぇか……若造と言ったのは取り消そうじゃないか」
「こちらこそ、これまでの非礼を詫びよう。貴様は……俺の持てる心技体……全てを用いて倒すべき相手だ! 魔術などに頼っていたら、間違いなく負ける……それ故に、俺はこの身体一つと、この剣に勝機を賭ける!」
「上出来だ……それでこそ男だ! 褒めてやるぜ」
「ふっ、伝説の勇者に褒められると言うのは、悪い気分ではないな……何とも誇らしいな」
鉄面皮のような面構えだったのだが、今のアサツキの俺を見る目は最初と明らかに違っていた。
それは、まるで勇者に憧れる少年のような……羨望の眼差しだった。
「良い面構えになってきたな……アサツキ。それでこそ、魔王の後継者だ……いつでも来い!」
アサツキは、剣をすっと斜め下に構える八相の構え……。
俺はつま先立ちで足を交差させて、腰のあたりで軽く腕を曲げて構える。
不思議とどちらも殺気は無い。
「……なぁ、アサツキ……この世界を見て、お前はどう思った?」
白刃と拳を向け合いながら、俺はアサツキに問いかける。
「平和で豊かな世界だと……だが、それでいて恐ろしいほどの武力で満ちている。大いなる矛盾だ……なぜ、これで争いが起きないのか不思議でならない」
「……そうか? 平和ってのは、誰もが願えば自然にそこにある……そう言うもんなんだ。この世界ではもう70年も前に世界規模の大戦争を起こしていてな……八千万人もの凄まじい人死を出すような戦争だった。だからこそ、皆、願ったんだ……もう戦争はたくさんだって……その結果が今のこの世界だ。確かに争いはゼロにはなってないが……際限なく殺し合いが拡大していく。そんな悲惨な争いは避けられているのも事実だ」
「……馬鹿な。そんな事で……ただ願うだけだと? 人々の願いが……世界を変えるとでも言うのか?」
「変わるさ……平和とは言葉すら要らない。誰もがそう望めば……自然とそこにある。お前達だって、出来るはずだ!」
「……かもしれんな。だがっ! 俺は一人の戦士として、貴様に勝ちたい……この思い……受けてくれるか?」
「ああ……決着を付けるんだったな。手加減など無用……お前のすべてを賭けた一撃を見せてみろ! 俺はそれすらも受け止めてやるっ!」
振りかぶってからの一撃!
俺は一歩下がりながら、回し蹴りで弾き飛ばすっ!
「そんなものか?! 浅いぞっ!」
「……舐めるなっ! 秘剣、朧三段!」
一歩踏み込んでの突きッ!
だがそれは、一突きに見えて、三段の連続突き!
沖田総司が使いこなしたと言われる秘剣、三段突き!
……けど、今の俺にはその超高速の剣筋の一手先が読めるッ!
最後の三段目の突きを剣の裏へ裏拳を叩きこんでいなす!
「……これですら、見切るか……貴様、化物か?」
「わりぃな……俺、見切りの達人なんだわ……だが、三段突きとは恐れ入ったな! ……お見事!」
「……強いな。さすが、勇者……こうも厚い壁だったとはな……父上が敗れるのも当然か」
自嘲するような笑みを浮かべるアサツキ。
「だが、ケジメは付けなければならない。俺は……俺の信念に基づいて、貴様を……討つ! タケルベ……我が全てをかけた最後の一撃! 貴様が本物の勇者ならば……我が奥義……受けてみせろ!」
小細工無用の最後の一撃を放つつもりらしかった。
正眼の構えのまま、闘気を高めていくアサツキ。
こちらも徒手空拳のまま、半身の構えで迎え討つ。
双方、無言……微動だにしないまま、向き合う。
静かに目を閉じ、あえて隙を作る……。
次の瞬間、待ってましたとばかりに神速の突きッ!
一瞬の間に、間合いを詰め、姿勢を低くして放たれた渾身の突き上げッ!
だが……俺は、その突きを肘と膝の間で挟み込んで止める!
インパクトの瞬間、少し打点をずらした上で発勁を放つと、パンと言う音と共に剣が真ん中からヘシ折れるッ!
「バ、バカなっ! 素手で、精霊剣を……破壊した……だとッ?! 貴様の……その力は……なんだっ!」
左手の掌底を突き出すと、アサツキの胸に手があてがう……。
右足を地に戻し軸足としながら、左足で渾身の一歩を踏み込むッ!
「――破ッ!」
踏み込んだ足が地面にめり込むほどの一撃ッ!
アサツキが身体をくの字に折り曲げて、吹っ飛んでいく。
最後の一撃を受けた瞬間、アサツキは確かに笑ってやがった。
だが、今のは……完全に徹った。
けれども、アサツキも転がりつつも、立ち上がる。
なんと言う、精神力っ!
心臓に発勁をまともに喰らえば、普通は一発で勝負が決まる。
なにせ、本来なら防御も何もかも無視して、心臓の鼓動を止める……そう言うものだからな。
もちろん、加減はしたので、それは一時的なもの……。
ほんの数秒間の心停止後、蘇生するように発勁を二段階に調整しておいた。
だが、それで意識を保ちつづけるのは極めて困難。
それで立ち上がるとは、もはや常軌を逸しているのだけど……そこまでだった。
立ったまま……アサツキはピクリとも動かなくなる……。
「……見事っ!」
地に伏せた無様な敗者となるのではなく、最後まで相手と向き合い立ち上がった上で力尽きる。
最後の最後まで、戦う意志を捨てなかった武人として、見事な姿だった。
……けれど、不意に激しい頭痛と共に、視界が緑色に染まり始める。
こうも立て続けに、超集中なんて使った上に、岩をも砕くくらいの発勁を連発。
さすがに、身体が限界を超えつつあるようだった……。
まったく、年は取りたくない。
……今まで、サボっていた報いがこんな時に出るなんて……。
いや……これは、魔術を限界以上に酷使した時の感覚に似ている。
虚脱と呼ばれる症状……マナが枯渇した状態。
……そうか、そう言うことなのか……。
思わず、膝をつく。
視界の端で、アルマリアを振り切ったスレイヤとやらが、走り込んでくるのが見える。
更に、倒したはずのタマ子が再び竜化して、突進してくる様子が見えた。
まったく、どいつもこいつも執念深いねぇ……。
そこまでして、俺を殺したいって訳か。
さすがに、今のこの有様でもう対処することは出来ない。
文字通り全力を尽くした……。
アルマリアは……骨に囲まれているけど、アイツならきっと大丈夫。
俺の戦いぶりをアイツは見届けてくれただろうか?
俺の言葉は、アイツの耳にも届いただろうか?
少し頭が固くて、好戦的なんだけど……。
もうちょっと年を重ねて、経験を詰めばきっと解ってくれるだろう。
アサツキも……俺の思いを理解してくれたと思う。
ヤツが魔王軍の次代を担うのであれば……向こう側の世界もきっといい方向に向かうだろう。
なんだ、あの野郎……後継者に恵まれてたんじゃないか……俺もだけどな。
魔王の死に際の微笑みを思い出す……酷く満ち足りたようなあの笑顔。
アイツも、こんな気持だったのだろうか?
……俺はやり遂げた。
10年前……やり残してしまった、向こうの世界を平和にすると言う俺の最後のお役目。
この願いを繋ぐのはアルマリアやアサツキ、ヨミコ……次代を担う者達。
彼らに託した願い……例え、ここで俺が果てようとも、それは確実に受け継がれていくだろう。
少しだけ残念なのは、シャーロットやリネリア……。
他の娘達と一度も言葉を交わせなかったこと。
それだけが心残りだった……けど、俺の言葉を、遺志を、アルマリアがきっと伝えてくれる。
「あとは……頼んだ……ぜ」
俺は……そっとを目を閉じた。
第三章、これにて完結。
バッドエンドじゃないので、そのつもりで。
次回はエピローグ回です。