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第十九話「とあるおっさん、最後の戦い」①

 パリッとした高級そうなスーツを着こなした、やり手のエリートサラリーマン……そんな風に見える男だった。

 こんなド田舎の山の中には、似つかわしくない人物だった。

 

 けれど、そんな見た目の印象を覆すほどの……なんだ、この恐ろしいほどのプレッシャーは?!

 

「お兄っ! 来てくれたんかっ!」


 ヨミコが呼びかける……となると、コイツが第三席……アサツキかっ!

 

 ヨミコの話だと、魔王軍最強とか言っていたが……それも納得の風格。

 ……コイツの実力、最盛期の魔王か、それ以上だ……一見、優男に見えるが、とんでもねぇぞっ!

 

「ヨミコ……タケルベと戦って、降ったと聞いていたが……無事だったのか?」


「う、うちは大丈夫っ! 何もされてないで! あのなっ! うちはタケルベはんに喧嘩売って、負けて……自分の意志でタケルベはんに降ったんやで!」


「ふむ……見たところ、拘束もされていないようだな。そうなると、お前はあくまで自分の意志でそこにいる……そう言うことか?」


「……タケルベはんは、うちを虜囚にすると言っとったけど、実際はいつでも逃げようと思ったら、逃げられる……拘束なんて、名ばかりのもんや。けど、うちも魔王12貴子の末席とは言え、魔王の娘としての誇りがあるんや! だからこそ、虜囚としての扱いも甘んじて受けとるんや」


「そうか……そう言うことか」


「解ってくれるか? なぁ、お兄もタケルベはんと……やりあう気なんか? タケルベはんもタマ子達とやりあって、万全とは言えん……こっちの世界の事、お兄も解っとるやろ! ここは一旦退いてもらえんか……? うちも一緒に帰るから……それでいいやろ!」


「ヨミコ……俺もこの世界のルールくらいは理解している。この世界では殺人が禁忌とされている事も含めてな。タケルベ……敗者たるヨミコとタマリンに、情けをかけ助命してくれた事。……ひとまず、その行為については、素直に礼を言わせてもらう」


 そう言って、丁寧に頭を下げるアサツキ。

 

 ……正々堂々、そんな奴だとは聞いていたが、本当にまっすぐな奴なんだな。


 出食わしたら問答無用で殺し合い……魔族たちとはそれが当たり前だっただけに、こんな奴が魔族を率いるようになっている事にある種の驚愕を覚える。

 

 魔族は変わりつつある……ヨミコはそう言っていたのだけど、それは間違っていなかった。

 

 コイツは……向こうの世界の魔族達の次代を担う者。

 魔族達にとっての……希望。

 

 そんな奴なんだと、俺も理解する。

 

「……俺は殺し合いとかそう言うのは、もうしたくないからな。だから、殺し、殺されたりなんて、御免こうむる! 出来ればお前とも争いたくない……話し合って、お互いの妥協点を探るようなことは出来ないのか?」


「お父様! なぜそんな事を……アサツキは……! 元はと言えばヨミコだって、向こうの世界では私達の敵です! 同じ人の国……ガルムリア帝国だって、この男一人の手で滅ぼされたようなものです! この男は……死んでいった大勢の人達の仇なんですよっ!」


 アルマリアは……あくまで、戦う意志を捨てるつもりはないようだった。

 

 死んでいったもの達の仇……それは不変の事実だった。

 

 重い……とても重い事実だ。


 ガルムリア帝国。

 ……向こう側の世界で、俺達とともに戦った人族の国の一つだった。

 

 そうか……あの国も……もう無くなってしまったのか。

 あの気のいい将軍も……妙に気弱だったお人好しの皇帝陛下も……強く逞しく陽気な人々も……何もかも。


 向こうの世界の戦争は……決して軽くない。

 ……お互い存亡を賭けた争いなのだ。

 

 加速度的に広がっていく不毛の大地。

 豊かな土地とそれを支える要石を巡る攻防。


 俺が居なくなった後も……戦いは続いていたのだ。

 それが、どんな戦いだったのかは、俺には解らない……。

 

 けれど、血で血を洗うような激しいものだったのは想像に難くない。

 魔族との戦いは、いつもそうだったから……滅ぼすか、滅ぼされるか。

 

 だからこそ……アルマリアも頑ななのだろう。

 彼女の容赦なさも……その理由も理解できてしまうから、責められない。

 

 ……けれど、仇を取って、死を持って償わせる。

 殺し殺されて、滅ぼされたから滅ぼし返す……。

 

 そんな事を繰り返していたら、いつまで経っても憎しみの連鎖は消えない。

 

 だれかが……何処かで終わらせないといけないのだ。

 

 ……俺はかつて、それが出来る立場だったのに。

 それも結局、果たせずにやり残してしまった……それが巡り巡って……こっちの世界にまで波及して、今のこの状況を作り出している。

 

 テッサリア……彼女を死地に追いやったのは、間違いなく俺だった。


「ガルムリア帝国か……誠に強き国だった。幾人もの我らの同胞があの地で倒れていった。彼の国の者達は、最後の一兵まで戦い抜き、皇帝も最後まで武人として俺と戦い抜いた! 彼らに打ち勝った事は我らの誇りだ……彼の国の名は、滅びてなお、我らの忘れ得ぬ戦の記憶として、永久に語り継がれることであろう。あの戦いに、俺は何ら恥じるところはないっ!」


 まっすぐに、アルマリアの視線と向き合うアサツキ。

 ……コイツの言うことは間違っていない。

 

 コイツは、勝者として、敗者を見下すことも無く。

 その結果を誇りとしているのだ……武人として、見事なものだった。


「…………あなた達はテッサリアお母様の仇です! 私は……お前を絶対に許さないっ!」


「勇者の血族の長……テッサリア殿か。我が同胞、武勇誉れ高いアークボルトと相討ったと聞いている。敵ながら見事な最期……諸君らの母大の死……心から痛み入る。月並みだが、追悼の意を表させていただく」


 瞑目するとすっと頭を下げるアサツキ。

 

 ……テッサリアの仇。

 そう言われると、確かにそうなのだが……。


 この男自身は、彼女の死に関わりがない……恨む筋合いも無かった。

 何より、抱いているであろうテッサリアへの敬意は本物だった。


 アルマリアからも魔王軍にも穏健派と言える一派が生まれつつあるとは聞いていた。


 彼らは、こちらの世界の文化や平和な世界に触れ、思うところがあったのか……。

 それとも、こちらの世界の血を引く故にか、人族との戦争を止めて、共存の道を模索していると聞いていた。

 

 ヨミコを見ていると、その辺りはなんとなく想像がついた……。

 ヨミコは、向こうの世界の魔族らしからぬ緩さを持ったヤツだ。

 魔族たちがヨミコのように緩い奴らばかりだったら……戦争なんて、バカバカしくてやってられなかっただろう。


 この男……アサツキはどうなのだろう?

 想像していたよりもずっと理性的な態度、物腰に……俺も好感のようなものを抱かざるをえなかった。

 

 恐らく、この男はこちらの世界でも相応の立場にいるのではないだろうか?


 生まれながらの王者の風格……。

 こんな奴が上司だったら、誰もが問答無用で支持し、盛りたてる……そう思わせる何かをこの男は持っていた。


 ……であればこそ、この男とも和解できる可能性はあった。

 

「君は……敵の死にすら敬意を払えるのだな」


「当然だ……誇り高き強き敵に敬意を払えないようであれば、それは戦士足り得ぬ……そうは思わないか?」


「同感だな……なぁ、俺はお前達と出来れば争いたくない……そう考えている。話し合う事は出来ないか?」


 そう言って、アサツキの目をじっと見つめる。

 しばし無言……アサツキもまた葛藤があるようで、考え込むような仕草を見せる。

 

 けれども……意を決したように、顔をあげると深々と頭を下げる。

 

「……すまん。俺には我らが父、魔王タナカ・アルバトロス・ターニオ陛下の仇を取る義務があるのだ。……つまり、貴様と決着を付ける……これはもう、我らの果たさねばならぬ責務なのだ……許せ」


 そう言って、アサツキは顔を上げると、中空から剣を引き出すと構える。

 

 アサツキの言い分は正しかった。

 俺はどこまで行っても、奴らにとっては親の仇なのだ。

 

 ……仕方なかった……そうするしか無かった。

 

 そんな言い訳をいくら並べても無駄だった。

 

「……やるしか……ないのか?」


 呻くように呟く……けれども、アサツキを説得できるだけの言葉が俺には思いつかなかった。


なんか、不穏なサブタイですが。

主人公死んじゃったら、話終わっちゃうんで、それはないです。


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