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第十八話「とあるおっさんのドラゴンバスター!」⑤

 見た限り、タマ子の胸も規則正しく上下しているようなので、気絶しただけで命に別状もないようだった。

 ……死なせたら後味悪いし、取り返しがつかないからな。

 

 死者を蘇らす魔術……そればっかりは、向こうにだって存在しない。

 死とは、絶対なるもので不可逆……そういう物なのだ。


 だから、生命は大切に……こっちで暮らしていると、つくづくそう思う。

 

 クレナイもあの様子だと、もうやる気ないようだし……結果としては上々だろう。

 

「お父様! お父様っ!」


 ボフッとアルマリアが全身全霊で、タックルでもするような勢いで、飛び込んできた。

 思わず、受け止めるとそのまま押し倒されるような格好になる。

 

「おいおい……心配するなって、言ったろ?」


「でも! でも! お父様、無茶が過ぎます! 地竜相手に素手で挑むなんて! けど、どうやって……今のは魔術なんですか?」


「……今のは軽功の到達点、空身うつせみって技だ。体重を限りなくゼロ、存在そのものを無に近づける。この手の単純な力押し相手には極めて有効な技だ。……気絶させたのは浸透勁……固いものだけを通り抜ける衝撃波ってとこだな。脳みそを軽くシェイクしてやった……結果はご覧のとおり、ドラゴンと言えど生き物には違いないからな」


 アルマリア……もう言葉も出ないらしく、抱きついたままキラキラな瞳で俺のことを見上げていた。

 無条件の羨望の眼差し……親としては、子供にこんな目で見られるなんて、冥利に尽きる。

 なんとなく、照れくさくなったので乱暴にその頭をグシャグシャと撫で付ける。


「……いやぁっ! 猛部の兄貴ッ! 恐れ入ったぜ! すげぇな……今の軽業師みてぇなのは、軽気功か? 現代人でその領域までたどり着くような奴なんて、見たことも聞いたこともねぇぞ!」


「そ、そうだな……軽功なんて、体重を軽くして、高くまで飛び上がるとか、水の上を歩くとか、そのくらいがせいぜいのはず……存在をゼロに近づけるなんて、それはもう人間業じゃない……! お見事ッ! 心から称賛させて頂く!」


「俺は、初めて兄貴を見た時から解ってたぜ! このオッサン、タダもんじゃねぇって! なぁ、今度……俺にも今のやつを教えてくれよっ!」


 宇良部と政岡君が駆け寄ってきて、口々に賞賛する。

 宇良部は、遠慮なく人の背中をバンバン叩いて……ちょっと痛いぞ。

 

 まぁ、気功の修行なんて、戻ってからは、サボりまくりだったんだがな……。

 極限の死線、その縁ギリギリまで自らを追い込む事で得られる境地……それが明鏡止水……空の極地。

 坊さんなんかの荒行も元々はその境地に自分を追い込むため……そんな風に聞いている。


 お釈迦様の残したと言う言葉「色即是空、空即是色」……悟りの言葉。

 ……今の俺には、その意味すらも理解できた。


 現代人で、こんなものに辿り着ける者が早々居てたまるか。

 ……まぁ、勇者の名の面目躍如ってとこだな。


「せやな……さすが、タケルベはんや! うち、改めて見直したで!」


 どさくさに紛れて、アルマリアを尻で突き飛ばして、抱きついてくるヨミコ。

 

「あいたっ! ヨミコ! 何するんですかっ!」


 地面に転がされ、鼻でも打ったらしく鼻の頭を押さえながら、起き上がるアルマリア。


「ふふーん! 手が滑ってもうた……アルマリアちゃん、ごめんちゃい! にゃははーっ!」


「……こ、このっ……えいっ!」


 負けじとお尻でヨミコを突き飛ばすアルマリア。


「ぎゃわわーっ!」


 叫びとともに、ふっ飛ばされるヨミコ。

 

 ……何してんの……コイツら?

 

「ヨミコ……貴女には、そこで這いつくばっているのがお似合いです!」


「……アルマリア、アンタとは一度決着を付けんとあかんって思っとったんや! いてもうたるわっ!」


「望むところです! このーっ!」

 

 売り言葉に買い言葉……自然になんか取っ組み合いが始まった。

 

 ……まぁ、仲良さそうだからいいか。

 こいつら、何気に俺の戦いを二人して、手を握り合って見てたくらいだったからな……。

 

 二人のキャッツファイトを横目に振り返ると、クレナイがタマ子のところに駆け寄ってきて、懸命に揺り起こそうとしている様子が見えた。

 

「あー、頭打ったようなもんだからな……お前らがいくら頑丈でも、そうやって、乱暴に揺さぶるのは止めといてやれ……。とりあえず、手加減はしたから、生きてはいるだろ?」


「お、おのれ! タケルベ……くっ! タマ子の姉貴がやられるなんて……信じられない……」


 ……なんか、身内にも定着したらしい……まぁ、確かにタマリンは、色々台無しだからな。


「お前もやるか? いっとくがいくら図体でかかろうと俺にゃ関係ねぇぜ? むしろ、人間の姿で戦った方が勝ち目があるかもな……」


「……タマ子の姉貴が勝てなかったんだ……アタイの勝てる相手じゃないさ。それに姉貴も……本当に無事みたいだな。なぁ……なんでとどめを刺さないんだ? まさか、情けをかけたつもりなのか?」


「俺、現代日本を生きるオッサンだからなぁ……殺し殺されたりとか、そんなんはもうまっぴらごめんなんだよ」


 そう言って、親指を立ててニカッと笑ってやった。 

 

「…………感謝する」


 しばしの逡巡ののち、うつむき加減にクレナイが一言。

 ……その気になれば、タマ子を葬ることだって俺には出来た……けど、そうしてたら、さぞ俺は恨まれていただろう。

 それもあったが……俺にはもう殺しは出来そうもなかった。

 昔だったら、躊躇いなく殺していただろう……そうしなければ、敵が減らないから。


 だから、敵は皆殺す……けど、それは果てしなく続く修羅の巷……この世の地獄に他ならない。


 ……こっちの世界で、そんな事を続ける意味が果たしてあるのだろうか?

 タマ子やクレナイが向こうの世界でどんな風にアルマリア達と戦い……どれだけの人々を殺したのかは、俺には解らない。


 だからと言って……それをこちらの世界へ持ち込み、死を以って償わすのは……間違っている気がする。


 アルマリアだって、向こうの世界でどれだけの魔族を葬ってきたのか……?

 殲滅魔人なんて、二つ名で恐れられるような戦士である以上、その歩んだ道は屍で埋め尽くされているのかもしれない。


 向こうは向こう、こちらはこちら……そんな簡単に割り切れないかもしれないけれど……。

 本来、隔絶された異世界同士……スパッと割り切るべきなんじゃないか……そんな風に思う。


 それに、誰も殺さず、殺されずに戦いを収める……かつて、これが出来ていたら……。

 あの世界の戦もあそこまで泥沼化しなかっただろうに……俺がもう少し思慮深かったら……。

 

 魔王だって、誰かに止めて欲しかった……そんなことを言っていた。

 それにもっと早くに気付いていたら、或いは……?


「今の勝負、勇者タケルベはんの紛れもない勝利や……素手で地竜を打ち倒すなんて、前代未聞やで! うちは立場的には魔王12貴子の一人やけど……この勝負の見届人って事で、決着が付いたと宣言させてもらうで! お前らも潔く負けを認めるんやな!」


 いつのまにか、アルマリアとの乱闘を止めて、調子のいい勝利宣言を告げるヨミコの声に、俺は意識を引き戻される。


 後悔なんてしてもしょうがない……今は、勝者として、堂々と振る舞うべきだ。


 ヨミコの言葉に、クレナイも俯いたまま返す言葉も無いようだった。

 その沈黙は雄弁に彼女が敗北を認めた事を物語っていた。 

 

 ……かくして、唐突に始まった炎龍、地竜と言う恐るべき敵との戦いは、ここに終息した。

 

 あとは、本来の目的……シャーロットとリネリアと言うまだ見ぬ娘達を出迎えて、家に帰る。

 帰りに、ちょっと温泉地に寄り道して、まったり温泉浸かって、美味いもんでも食って……。

 

 そんな風に、思ったのだが……。


「勇者タケルベ! よもや、素手で地竜をも打ち倒すとは、聞きしに勝る武勇! 敵ながら、見事と褒めてやろうッ!」


 唐突に現れた、オールバックにサングラスの若者の言葉が辺りに響き渡った。

ドラゴン戦、実は前座。

コイツがラスボス?

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