第十八話「とあるおっさんのドラゴンバスター!」④
……かくして、始まるドラゴン相手の一騎討ち。
相手との距離は200m程度……向こうも一騎討ちの作法くらいは解っているようで、敢えて距離を取ってくれたようだった。
でもまぁ、地竜相手だとこの程度の距離……目の前みたいなもんだ。
それにしても……もっと、ビビるかと思ったけど、不思議なくらい落ち着いている。
向こうの世界では、地竜とも何度かやりあったけど……いずれも魔術防壁やら身体強化ありきでの話だ。
魔術抜きでの純粋な生身での戦いとなると……人間に果たして勝ち目があるか?
ビルを素手で倒壊させろとか、戦車と戦えとか、これはそう言うレベルのような気がする。
宇良部が言うように、逃げても、決して恥とは言えないだろう。
……だが、向こうの世界での戦いだって、考えてみれば、いつも勝ち目なんて、とうてい無いような戦いばかりだった。
勇者の力や神の加護と言っても、そこまで万能じゃなかったし、あまり頼りにはしていなかった。
あんなものは、所詮借り物の力。
魔術だって、そうだ。
あれは、言ってみれば、ただの道具だ……こっちの世界で、銃火器を持つのと大して違いはない。
俺は、あくまで己の力で、数々の絶望的な状況をくぐり抜けてきたのだ……自分を……信じろっ!
「……勇者とは、いついかなる時も決して、諦めず、屈せぬもの! タマ子……人族を……人間を舐めるもんじゃねぇぞ」
そう言って、アルマリアの貸してくれた剣すらも地面に突き刺し、半身に構える。
「馬鹿なのか? 貴様は……精霊剣すらも捨てて、地竜たるアタシに1対1で向き合って、万がひとつにでも勝てるとでも?」
もはや、問答は無用。
いいから、かかって来いと言わんばかりに、右手を手刀で構えてまっすぐに向けると手首を二度、クイクイッと折り曲げる。
その挑発の仕草を合図にしたように、ドドドと言う轟音を立てて、タマ子が俺めがけて突っ込んでくる。
走るだけで、地面がえぐられ掘り起こされて、まるで土砂の津波が迫って来るように見える。
……こりゃすげぇ……ダンプカーどころか、蒸気機関車辺りが突っ込んでくるようなもんだ……。
けれど、逃げ出したくなる衝動を懸命に抑えて、すぅっと目を閉じて、心を落ち着かせていく。
「我が心……すでに空なり……」
軽功を発動させるためのコマンドワードの一節を唱える。
これ自体には、何の意味もない……強いて言えば、自己暗示の効果くらいだろう。
そもそも、この口上自体が昔、読んだ漫画のパクりだ。
般若心経の一節「是故空中無色、無受想行識 」を解りやすくした言葉。
けれど、その一節を口にすると、酷く心が落ち着いてくる……死の恐怖も、相手への殺意すらも消え失せていく。
そう、何もかもが溶けるように消えていく……。
一切の雑念を捨てた忘我の世界……ゼロの世界。
……かつてはたどり着けなかった明鏡止水の境地。
今なら……出来る!
「……空なるが故に無……我が身もまた、空なるが故に無と等しからん……ッ!」
……積み重ねた年月と共に得た穏やかなる心。
幾度も繰り返した生と死の境目。
その末に至った境地。
目を開ける……あれほどまでに大きかった地竜の巨体ですら、取るに足らないちっぽけなものに見える。
その巨大な衝角が目の前にゆっくりと迫ってくる……スローモーションのようなコマ送りの世界。
「……我、今ここに空の境地へと至らんっ!」
何故か、どこか遠くの鳥の羽ばたきの音が聞こえたような気がした。
……それっきり、しんと静まり返る。
空気の流れ、地竜の巨体が蹴散らす土砂の動きまでもが手に取るように解る……音も一切聞こえない。
雑念もない……生への執着も勝利への渇望すら……今の俺には何もなかった。
迫りくるタマ子の巨体以外、何もかもが真っ白。
それでいて、コンマ秒単位の動きを知覚している……極限の集中力が垣間見せる世界。
……ゼロの世界。
ゆっくりと迫る衝角……これに貫かれたら確実に死ぬであろう死の刃。
……けれど、恐怖も焦りも感じない。
すぅっと、左腕を伸ばし、衝角の先端を掴む。
フワリと身体が浮き上がるのに合わせて、軽く地面を蹴る。
……無重力空間を舞うように、身体が左手を軸に一回転する。
今の俺の体重は限りなくゼロに近い……如何に強烈無比な地竜の衝角突撃と言えど、重量ゼロの相手には何の意味もない。
そのままの勢いで衝角の上に着地すると、綱渡りの要領でゆっくりと衝角の上を歩きながら、タマ子の眉間の前にまで歩み寄る。
一瞬、タマ子の巨大な目と俺の視線が交差する……信じられない物を見たかのように、その目に怯えと狼狽が映る。
「悪いな……手加減はしてやるから、少し大人しくしててくれ」
そう言って、無造作に撫でるような仕草で、人間で言う所の眉間の装甲殻に掌を押し当てる。
幾重にも重なり合ったその装甲は、凄まじいほどの硬さと厚みを誇るのだけれども……。
「……破ッ!」
気を練り上げ、裂帛の気合とともに……渾身の力を込めて一歩踏み込みながら、掌を押し込む!
次の瞬間……すべての感覚が戻ってくる。
……タマ子の歩みがゆっくりになっていき、やがて立ち止まったのが解った。
タマ子の目がギュルンと白目を剥くと、その巨大な手足からぐったりと力が脱けていき、潰れたようになって、それっきり動かなくなる……。
……透った! もはや、勝負アリだった……。
「……ほぃ、お疲れさん……って聞いてねぇか」
もはや、何も聞こえていない様子のタマ子に声をかけて周囲を見渡す……。
アルマリアもヨミコ、宇良部達ですら呆然としている。
浸透勁と呼ばれる技……硬い鎧や分厚い壁を破壊すること無く突き通し、内部に直に衝撃を与える技だった。
「はぁああああああっ! なにそれっ! 意味わかんないし! タマ子! てめぇ、何あっさりやられてんの! それでも第四席? 誇りある魔王の眷属じゃなかったの? 地上最強とか言ってたのに、なんだそれっ!」
クレナイのヒステリックな叫びが木霊する。
……如何に強力な装甲に覆われてたって、浸透勁で直接脳みそ揺さぶられたら、一発で気絶するわな。
図体の大きさなんて、関係ねぇんだよ。
不意に、ボフンというような音と共に煙が立ち込めて、突然足場がなくなる。
猫のように空中で一回転し、着地……煙が張れると、少し離れた所に紫の髪の裸の女が横たわっていた。
タマ子……気絶して、元の姿に戻ってしまったらしかった。
体の大きさを瞬時に何倍にもする……竜人族の使う竜化の法。
魔術とは別物らしいが……つくづく、良く解らんな。
ひとまず、そのまま捨て置くのも気が引けたので、シャツを脱いでタマ子の上にかけてやる。
ただし……12月、真冬の寒空の下で、半袖Tシャツ一丁はヤバイくらい寒い。
……男は黙って、やせ我慢っ! 震えてなんかいない! 断じて否ッ!
元ネタ解るような人は、きっと僕とお友達になれると思うよ?