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第十八話「とあるおっさんのドラゴンバスター!」③

 ……それから。


 辺りはまさに、惨状……だった。

 上空から落ちてきた炎龍クレナイと、その尻尾の下敷きになってもがいているタマ子。

 

 アルマリアは両手を広げたまま、潰れたカエルのような格好で地面に横たわっている。

 

 俺は……と言うと、ヨミコに膝枕されて、甲斐甲斐しく顔を拭かれ、鼻にティッシュを詰め込んでもらっている。

 

 なお、顔は鼻血まみれでスプラッタ……視界がぐーるぐると回っている。

 ……しばらく、立てそうもなかった。

 

 まさに惨状……どうしてこうなった!

 

 

 なぜ、こうなったのか説明が必要だろう。

 

 俺に胸をワシ掴まれた祥子は、絶叫とともに、この周辺のあらゆる魔術現象を、瞬時にかき消すと言うトンでも技を発現した。

 

 ヨミコ戦の時は、その影響は周囲数m程度と限定的だったのだが、今回のは尋常ではなく、周辺数百mくらいに範囲が及んだようだ。

 

 その影響で上空でアルマリアと対峙して、一戦交える直前だったクレナイは、蚊取り線香の煙を浴びた蚊のように……墜落。


 飛行魔術を強制解除されたアルマリアも同様、ポトリと墜落。

 

 タマ子の重力爆雷も冗談のように綺麗さっぱり消滅した挙句、タマ子本人も上から落ちてきたクレナイの下敷きに……。

 

 俺は……と言うと、振り向きざまの祥子のアッパーを食らって空中に浮いたところへ、流れるような裡門頂肘りもんちょうちゅうからの顔面への裏拳、3連コンボを浴びた。

 

 ……なお、俺はアッパーの時点で、ほぼ意識を刈り取られ、為す術無くフルコンボ食らった模様。

 

 一応、俺も中国拳法かじってるんだがね……多分、今の……俺の実演を見ただけのコピー技。

 ゲームの真似をして、調子に乗って浮かせコンボ! なんて言って、サンドバッグ相手にふざけてたのだけど……。

 

 おそらく、密かに練習して自分のものとしてしまったのだろう。

 ……実際、食らったその威力は尋常じゃなかった……恐るべしだよっ! 祥子サン!

 

「おい、猛部の兄貴……大丈夫かよ……」


 宇良部が手を貸してくれたので、何とか立ち上がる。

 宇良部もあれほどまでに、勇壮な覚悟を見せてくれていたのだけど、すっかり気が抜けたような様子だった。

 

「あまり大丈夫じゃないな……まだクラクラする……完全に意識が飛んだ……」

 

「しょ、祥子はん、やっぱ凄いわ……うち、素手で人間10mもふっ飛ばすのって、始めてみたわ……」


「……あいつ、どんだけなんだ? ……さすが、ケンゾーの爺様の秘蔵っ子だけはあるな」


 祥子はと言うと……この状況を作り出した張本人なのだけど、両手を垂らした前傾姿勢のまま、ゆらゆらと揺れているだけで動かない。

 

 何やらブツブツ声が聞えるのだけど……半ばイッてしまってるような様子で、何とも不気味だった。

 

「なぁ、政岡君……祥子は今どうなっているんだ?」


「わ、解らん……感情の暴発で、この辺り一帯1km近くに広がるほどの巨大な結界を作り上げたようなんだが……。今は恐らく、トランス状態のようなものだと……正直、どうなるか全く解らん」


 ……ヨミコのアドバイス。

 

『なんか、ショックでも与えればええんやないの? ……せや、いっちょあのデカ胸でもガッツリ揉んでやりぃや!』

 

 そんな戯言を真に受けて実践した結果がこれだった。

 

 こんな街からそう遠くないところで、マイクロブラックホールなんぞが発生すると言う、恐ろしい状況自体はひとまず止められたのだけど……本当にこれしかなかったのだろうか?

 

 俺、正直とっても疑問……と言うか、ヨミコも適当なアドバイス吹かすな。


 かくして、一触即発の状態だった戦場は完全にリセット。

 

 連中やアルマリアの強み……魔術も封印された以上。

 ここは、仕切り直しと言うことで……話し合いの余地もある……そう思ったのだけど……。

 

「てめぇらっ! ふざけたマネやってんじゃねぇよぉおおおっ! クレナイ! 寝てんじゃねぇ! どけよっ!」


 タマ子の絶叫……目を回したクレナイの巨体が宙を舞って、地響きと共に地面に落ちる。

 

 タマ子のいた場所には……20mはあろうかと言う、凶悪なトゲを何本も生やしたアルマジロのような巨大生物がいた。


 目の間……額のあたりから一際長い角が生えていて、恐ろしく凶悪。


 ……天を舞い炎を吐き、地上戦でも敵なし、万能バランス型と言える炎龍。

 

 電光を引き連れ、風をまとい、恐るべき速度で空を舞う空の王者、空龍。

 水中に特化した大海原の覇者……水龍。

 

 それらと並んで、地上最強の生物とも言われ、大地を統べるもの……地龍。

 

 重力魔法と呼ばれる重力を自在に操る魔術を先天的に使え、凄まじいほどのパワーと恐るべき重装甲を誇る化物だ。

 

 空は飛べないのだが、身体の大きさが他のドラゴンよりデカい上に、恐ろしく頑強でとにかくしぶとい。

 その上、足も早く……時速80kmくらいのスピードで駆け回り、ただの体当たりで、城塞をもたやすく打ち砕く。

 

 ……一見、地味なようだが竜族の中でも最も手強い種族だ。



「魔法が使えない? それがどうした……アタシらは地上最強! こうなったら……てめぇら、まとめて踏み潰してやる!」


 地竜の姿となったタマ子が吠える!


 確かに……魔術が使えない以上、向こうの奴らと言えど、その戦闘力は身体能力頼みとなる。

 アルマリアやヨミコは、普通の子供レベル……もはや、戦力にならない。

 

 けれど、竜族でもある奴らは別格。

 

 純粋な白兵戦となるると、もうシンプルにデカくて、重たいほうが強い。

 あんなデカい奴……魔術抜きで生身の人間が勝てる道理など無い。

 

 だが……条件自体は、互角とも言える。

 地竜最大の脅威……重力魔法は祥子の結界で、未だに使えないようだった。

 その強力な魔術防壁も失われ、自前の装甲殻があるだけだ。


 まさに、お互い地力のみの勝負。

 

 ……俺も、勇者と呼ばれた男。


 どこまで通じるかわからないが……ここで、逃げるわけにはいかない!

 

 なにせ、娘のアルマリアだって見てるんだからな。

 逃げ回る父親の姿なんて、見せたくない。

 

 ……この娘に、俺は10年間、何もしてやれなかった。

 

 せめて、何か教えてやりたい。

 勇者の娘として……その父親を誇りと出来るだけの何かを……与えてやりたかった。

 

 今、俺が見せるべきは……勇者としての覚悟と気概。

 

 ここで逃げたら、俺はもう……父親とも勇者とも言えなくなってしまう。

 例え、勝てなくとも……ここは戦うべき時だった。


 それに俺は、敵に背中を見せた事など、一度たりともなかった……。

 俺の背中には、つねに仲間が……多くの人々が居たのだから。


 勇者とは、いついかなる時も不退転! 退くことなど、決してあり得ないっ!


「しかたねぇな……そっちがその気なら、俺がトコトン相手してやるよ……。アルマリア、こうなったらもうお前も戦えないだろう……俺が勇者のお手本ってもんをみせてやるよ……つーか、大丈夫か?」


 そう言って、倒れたままのアルマリアを抱き起こす。

 

「お、お父様……ごめんなさい、まさかこんな無様な……申し訳ありません! お父様っ!」


 涙目のまま、赤くなった額を抑えつつ、見上げるアルマリア。

 多分、重量軽減の効果がしばらく残っていたのだろう……普通、あの高さから落ちたら、無事じゃすまないと思うのだけど、たんこぶ程度なら軽いもんだ。


「気にすんな……これは俺に売られた喧嘩だ。俺がきっちり始末を付ける!」


「……一人で戦うのですか?! 無謀です……今のお父様は戦う術を持たないと……魔術なしでどうやって、地竜相手に勝つおつもりなのですか!」


「……向こうも魔術抜きだ。条件が同じなら、経験と地力が勝負を決めるってな……。おいっ! タマ子……どうせなら、正々堂々一騎討ちってのはどうだ? それとも二人がかりじゃないと、俺一人相手に出来ねぇってのか?」


「へぇ……この魔術が使えない結界の中で、この地上最強の地竜たるこのアタシと、たった一人でやりあうってのかい? さすが勇者様、お見事な覚悟ねっ! クレナイ、悪いけど……引っ込んでてくれる? 飛べないあんたなんて、いても邪魔なだけっ!」


「悪いけど、そうさせてもらうし……言っとくけど、この対魔術結界、尋常じゃないよ……。かつて、魔王様がアタイら魔族同士の闘いを一瞬で止めた不戦の結界ってのと、同質なんじゃないかな?」


「そうね……まったく、厄介な奴がいたものね……。たぶん神性存在とか、そんなのが絡んでるんじゃないのかしら? でも、この状況……むしろアタシにとっては、タケルベを殺るチャンスよ!」


「はぁ……タマ子ちゃんってば、やる気すぎ……どのみちこんなじゃ、アタイ空も飛べない……飛べない炎龍なんて、火吹きトカゲと変わんないし……やってらんないよ。そう言う事なんで、イチ抜けたーっと」


 何とも軽い調子の言葉と共に、炎龍の姿が見る間に縮んで、人の姿へと成り代わっていく。

 赤い髪のショートヘアで、赤い鱗鎧スケイルメイルを着込んだ姿になり変わる。

 

 ……なるほど、ラファンのような獣人と同じく、自分の姿を自在に変えられるようだった。


「……あ、あの……お父様、これを……お役に立つかと」


 そう言って、アルマリアは愛用の精霊剣を手渡してくれる。

 使用者承認を求める精霊の声が聞こえるので、了承する。

 

 精霊剣なら、俺も使っていたからな……。

 

大地を引き裂く剛剣(グランバスタード)

 

 アレ程ではないにせよ、十分にいい剣だ。

 

風と共にあらん(ヴェント・アズラ)

 

 名前からすると、風属性系の精霊剣らしい……。

 でも、これは使うまでもないかな……気持ちってことで。

 魔術の使えない俺には、頑丈な鈍器くらいにしか使いこなせそうもなかった。


 なにより、相手も俺と同じく、身体一つ……一騎討ちを受けてくれたのだから、条件は互角でないと……決闘ってのは、そう言うもんだ。

 

 それにしても、本格的な実戦は久しぶり……生命を賭けた戦いだってそうだ。 

 状況はどう贔屓目に見ても、絶望的な窮地なのだが……むしろ、高揚感に満ちあふれてきた。

 

 俺もアルマリアの事を悪く言えないな……。

 いや、俺はきっと……こう言うのを待ち望んでいたのだ!

 

「さて……ひとつ、勇者ってもんの真髄を見せつけてやろうじゃないか」


 そう言って、上着を脱ぎ捨てて、ワイシャツのボタンを胸元まで外す。

 

「猛部の兄貴……やるのか? あんな馬鹿デケェ化物……どうやって倒すつもりなんだ? あんなもん、俺達だって、お手上げだぜ……逃げたって、恥にはならねぇぜ! 無為無策で突っ込んで、犬死するつもりだってのなら、いくら、兄貴と言えど止めるからな!」


 宇良部が心配そうな様子で声をかけてくる。

 

「まぁ、そう言うな。ここは一つ、大人の余裕って奴で、なんとかしてみせるわ……。そっちは、アルマリア達と祥子を頼む……」


 そう言いながら、ちょっと気負って妙にカッコつけてた事に気付いて、鼻の頭をボリボリと掻く。

 ……悲壮感たっぷりの特攻とか……ちょっとガラじゃねぇしな。

 

 どうせ、出来る出来ないじゃないからな……やるしかないから、やる。


 それだけだ……まぁ、いつもの事なんだがね。


「勝算ありってとこか……。解った! そっちは任せろ……死ぬんじゃねぇぞ……兄貴ッ!」


 俺の様子を勝算ありと受け止めたらしく、宇良部達はアルマリア達とともに遠巻きに退避していく。

 祥子もどうも意識がないらしく、宇良部がついでのように肩に背負い込んで、運んでくれていた。

 

 祥子がどう言う状況なのかは解らないが……ドラゴン共相手に魔術を使用不可にしてくれただけでも、十分大金星だ。

 

 実際、炎龍はそれだけで戦意喪失してしまった……地竜は割りと頭の出来が残念な突撃バカばっかりだからな。

 タマ子も例外なく、突撃バカ……退くことを知らない奴らってのはこれだから……。

 まぁ、人のことは言えんか。


 だが……だからこそ、付け入る隙は必ずある……俺には勝算があった!

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