第十八話「とあるおっさんのドラゴンバスター!」②
「……いっそ、タマ子でいいんじゃないのか? 可愛らしくて……実際、そんな名前の女の子だっているぞ?」
とりあえず、こっちに振られてしまったので、一応真面目に応える。
球磨子とか、ギャルゲーかなんかのヒロインでそんなの居たような気がする……一応、ありだろう。
「そ、そうか……? うん、いいかもしれないな! アルバトロス・タマコ! どうだっ!」
本人も気に入ったらしく、ドヤ顔を決める。
……なんかもう、すっかり空気が弛緩してしまったのだけど、突然何か思いついたように、タマ子もキッと俺を睨みつける。
「……じゃないだろっ! お前がタケルベだとッ! あの勇者タケルベなのかッ! 貴様がッ!」
……正気に返ったらしい。
残念だ……せっかく、和んできたところだったのに……。
タマコも、シリアスな空気を取り戻し、両手を構えると、その手の間に強力な魔力の塊を形成する。
真っ黒で雷光のようなものに覆われたそれは、見るからに強力そうな代物だった。
「おいおい……物騒だな……それ? 重力弾か?」
「そうだ……我らが地竜族固有の重力魔法の中でも最強の威力を誇る……重力爆雷……如何に貴様でも、コレを食らえばひとたまりもあるまい!」
その大きさが見る間にサッカーボールほどの大きさになると、周囲の景色までも歪み始める……ちょっと待て、こんなデカい代物……あっちでも見たこともないぞ?
これ……確かピンポン玉大で城壁を消し飛ばすとか、そんな代物だったような……?
「おい、コラァッ! タマ子ッ! なぁに頭に血ぃ上らせとんのやっ! そんな物騒な技……こっちで使ったらいかんやろ……。祥子はん、あれ……なんとかしたってや。あれ一発で、そこの山一個くらい軽く無くなるようなシロモンやで……さすがに、あんなモン撃たせたら、アカンやろ……」
ヨミコも普通にタマ子と呼んでるし……なんかすっかり、定着したらしい。
「え? あ、あたし? ど、どうすれば……」
突然、指名されて困惑した様子の祥子。
確かに、本人も良く解っていない能力に頼られてもなぁ……そりゃ、困るだろ。
「んなもん、適当に指差して、消えろーっとでも念じればええんやないの? 少なくともうちの防壁消すくらいなんやから、それくらいできそうなもんやで?」
「あら、誰かと思えば……末席ドベのヨミコちゃんじゃないの……お久しぶりね。なぁに? あんた、継承権争いは諦めて、勇者タケルベに降ったの?」
「ふふん、うちは長いものには全力で巻かれる主義なんや……降ったとか言うな。うちはタケルベはんの酒池肉林ハーレムの一員になるんやっ!」
……そんなものこっちで、作った覚えありませんから。
すごく……人聞き悪いです。
なんかもう、俺……帰って良いんじゃないかな……。
むしろ、そんな気がしてきた今日このごろです。
「ちょっと、ヨミコちゃん! いきなり、アタシにあれをどうにかしろって言われたって、どうしょうもないってっ!」
祥子も自分の力を使いこなす以前の問題なんだから、いきなり何とかしろと言っても、そりゃ無理だろう。
ヨミコも無茶ぶり大概である。
「ああ、そうだっ! ヨミコ! アンタ、あのアークボルトの馬鹿が居なくなったのって知ってる?」
サッカーボール大の重力弾を掌の上で弄びながら、今日の天気でも語るようにタマ子がそんな事を言い出した。
何の話だ? アークボルト……アルマリアから、そんな名前を聞いたようなきがする。
「……マジかいな……それ? あのアークボルトが?」
「そそっ! あのバカ……こっちに来るために、勇者の血族の長を利用しようとして、諸共に行方不明になったらしいわっ! あの程度の雑魚の道連れにされるとか……脳筋な戦馬鹿にはふさわしい最期ってとこね! アハハハハッ! 馬鹿が策を弄した結果、自滅とかっ! 笑える話よね! ホント、おかしいったらありゃしないっ!」
心底、面白おかしそうに語るタマ子の様子に、アルマリアの顔が見る間に険しくなる。
勇者の血族の長……テッサリアの事か? アークボルト……そうだ……テッサリアがアルマリアを逃がす時間稼ぎとして、戦いを挑んだと言うヤツの事だ!
けれど、それを笑い者にするなんて……俺とて、心中穏やかじゃいられない……。
笑い事じゃねぇよ……そんな軽く済まされて、いいはずがねぇよっ! この野郎っ!
「そ、そうなると、うちら魔族同士のパワーバランスも一挙に変わるやんけ……そう言う事なら、こんな事しとる場合じゃないと思うんやけど……?」
察したらしいヨミコが、こっちに目配せをしながら、前に出る。
……ここは抑えてくれと言いたいらしい。
俺もついカッとなりそうになったが、確かに今はかろうじて、交渉の余地が出来ている状況。
出来れば、こんな所でこんな奴と戦うなんてのは避けたい……日本と言う国は、戦場にするにはあまりに国土が狭すぎるし、人が多すぎるんだ。
こんな地方のド田舎だって、山の中にはそれなりの規模の集落があるし、高速道路だって、目と鼻の先にある。
ヨミコもそれは解っているらしく、中立的な立場を利用して、その事態を何とか避けようとしているようだった。
こんな重力魔法の使い手に、全力で暴れられたら、周囲への被害だって洒落にならない……。
アルマリアとヨミコの戦いですら、鏡面空間の町並みが更地になったくらいなのだ……下手すりゃ地図の書き換えが必要になるとか、そんな有様になる!
タマ子達との戦いを避けるのは、難しいかもしれないが……今は、出来る限り時間を稼ぐべきだった。
隣のアルマリアの肩に手を置いて、ポンポンと叩いて片目をつぶる。
今にもボウガンの引き金を引きそうな様子だったのだけど、抑えてくれたようで、すっと力を抜いてくれる……うん、偉い、偉いっ!
「あら、それはどうかしら? そうなるとあんたとアサツキが居なくなれば、もうほとんどアタシらの天下って訳よねっ! 筆頭のパルルマーシュは臆病者の日和見主義者だし、ここでタケルベも殺れるなら、これもう最高の展開って奴よねっ! クレナイ……やるよっ! まずは、この重力爆雷……さっきのお礼よっ! 手抜きしちゃ悪いから最大レベルのをお返しするわ!」
「はいはーいっ! 車のローンだってまだ残ってたのにさ……アルマリア! あんたはアタイの爺さんの仇だからね! ぜってーぶっころーす! けてーいっ!」
そんなバカっぽい台詞とともに、上空のドラゴンの周囲にも巨大な火の玉がいくつも灯る。
俺達の思いと裏腹に、奴らはこの場で決着を付けるつもりのようだった……。
それにしても、さすがドラゴン……魔術の規模も半端ない。
……アレ一個で軽くクレーターが出来るぞ?
龍族ってやる事なす事、いちいち大雑把で無茶苦茶なんだが、こっちに来ても一緒なのか……少しくらい自重しやがれっての!
それに、タマ子の重力爆雷も……更に巨大化してるしっ! それは、もはや1mくらいの巨大な代物になっていた。
本人の名前は気が抜けそうになるんだけど、あれ……威力、絶対ヤバイ……。
周囲の空間の歪みは、目に見えるようになっており、地面にビキビキと地割れが発生していた。
……さすがにこれは……ッ!
「へへっ……なんだそりゃ、冗談だろ……? なんつー魔力だ……おい、ありゃなんだ! 相当やべぇ術式だってのは、俺にだって解るぜ!」
「……ば、馬鹿な……あの空間の歪み、あれはまさか……局地的超重力場……マイクロブラックホールを召喚したのか? ……信じられん真似をする……」
もはや、宇良部と政岡の二人も、この人知を超えた桁違いの魔術の前に為す術が無いようだった。
さらに、上空のクレナイの咆哮があたりに響き渡る……それは音というものではなくもはや、空気の壁が叩きつけられるようなもの!
聞く者の精神を容易くへし折る……竜の咆哮!
祥子も……その目の前で展開されつつある圧倒的な破壊の力と、ドラゴンの咆哮に腰を抜かしたのか、力なくへたり込む。
そりゃそうだ……ドラゴンに睨まれたら、普通はそれだけで恐慌を起こす……。
祥子の反応はむしろ普通の反応だ。
アルマリアも地上と空、同時に対応することは難しいらしく、一瞬の逡巡のあと空へと飛び立つ。
そもそも……アルマリア、機動力で戦うタイプのような気がするから、多分それで正解。
「アルマリア……上は頼む」
一言そう告げる……アルマリアも頷くと、自分より何倍も大きな炎龍へと向き合っていく。
けど……問題はこっちだ。
……タマ子が放とうとしている重力爆雷。
重力系の攻撃魔術の威力は、俺の知りうる限り最強レベルだ。
解き放たれたら最後、辺りのものを吸い寄せながら、ありとあらゆる物を消滅させる。
速度自体は目を瞑ってても回避余裕な程度にはトロ臭いのだけど、万が一直撃したら、最後。
避けたとして、自然崩壊するまで、重力場に吸い込まれないように踏ん張って、ひたすら耐えしのぐか……可能な限り遠くへ逃げるしか無い。
この規模だと、どれほどの重力場がどの程度の時間発生するかも読めない……恐らく防御は不可能。
そう思って差し支えないだろう。
さすがに、俺も動けないでいると……ヨミコが俺に向かってチョイチョイと手招きをする。
「こりゃ参ったなぁ……なんや、祥子はん……ヘタレっとるみたいやな。祥子はんが本気出せば、たぶん一発で解決するんやけど……。なぁ、こう言うときは、なんかショックでも与えたればええと思わへん? ここはひとつ、タケルベはんが…………ってやったりな!」
「な、なんだそれ……」
「前に漫画で見たヤツやで! 祥子はん、意外とウブっぽいから、きっと効くでー! あとでうちも一緒に謝ったるから、思い切ってやってみ!」
ヨミコから提示された策。
それは……何とも斜め上の策だった。
たしかに、祥子も……怯えきっていて、こんな状態では、たとえ神の加護持ちであってもどうにもならないだろう。
魔術というのは、極端に言ってしまえば、思い込みと気合で物理法則……世界を書き換えると言う代物なのだ。
出来る訳がない……そう思っている限り、永遠にままならないのだけど。
やれば出来る……そう強く思い込むことで、不可能が可能になる……そういうものなのだ。
とっさの感情の爆発、激情……それも魔術を扱う際には必要とされるのだ。
確かにあの時の祥子は、まさに激情にかられていた……ヨミコの防壁を否定し、無かった事にする……その程度には。
であれば、祥子の感情を暴発させる……それも悪くない手だった。
「……しゃあねぇか。祥子……すまん……っ!」
そう言って、俺は祥子の背後に回り込むと、そのでっかい胸をガッと両手で鷲掴みにする。
「えっ! えっ! ……っきゃああああああっ!」
真っ赤になって、絶叫する祥子。
その時、空気が……揺らめいたような気がした。