第十七話「とある勇者の一時の安らぎ」④
リネリアを見ると、耳をぴーんと立てていて……その表情がたちまち精悍なものに変わっていく。
幽香殿も何か感知したようで、露骨に顔をしかめる。
「シャーロット! いま、なんか凄いのが出てきた……そんな感じがしたにゃっ!」
「……今のは、魔力解放の余波だ……。けど、尋常じゃない規模だ! 一体、何があったんだ! リネリア……急いで、外に出るぞ! これ……たぶん、そんな遠くないっ!」
「こ、こらっ……お主ら、慌てるな……。しかし、今のは……いったい……」
幽香殿の制止を振り切って、リネリアを連れ立って外に出る。
庭に出ると、リネリアは軽々と飛び上がって、幽香殿の家の屋根の上に上がる。
「どうだ! リネリア……そこから、何が見える?」
「……シャーロット、見間違えじゃなきゃ……アレ、ドラゴンだにゃっ! こっちの世界にも、ドラゴンなんているんだにゃー」
何とものんきそうにそんな事を言うリネリア。
どうなんだろ? 空をとぶような鉄の魔獣が平気で飛んでるような世界なんだし、居ても不思議じゃないと思うんだけど……。
あんな肌で解るくらいの魔力なんて……向こうでも、そこまで強力な個体、滅多に居ない……。
「ドラゴン? ……まさか、龍の事か? そんな神代の化物……まさか現世に、存在するはずが……」
幽香殿が呆然と呟く……どうもドラゴンはこっちには居ないらしかった。
……そうなると……私達の世界由来のドラゴン……その可能性が高かった。
「わ、私達の世界には、存在するんです……ドラゴンがっ! リネリア、空を飛ぶって事は空龍か、炎龍だと思う……どっちだか解る?」
「空竜って、確か細長くてニョロニョロしてるヤツだにゃ? あの感じだと炎龍だにゃ……距離は2ヘグダーシュくらいかにゃ……すぐ近くだにゃ! 地上にいる何かと戦ってるのかにゃ……なんか地上へ火を吹いてるし、騒々しい音が聞こえてくるにゃ……」
ここまで解れば、状況は明らかだった。
ドラゴンと言えど、本来……こちらの世界には適応出来ないはずなのだけど、例外がいる。
魔王12貴子の一人……炎竜族の姫……。
アークボルト達、主戦派とは反目して距離を置いているようだったが、竜族という魔王軍の一大勢力の一角。
穏健派にして、魔王12貴子筆頭のパルルマーシュ姫達とは、意見や方針の食い違いにより、やはり反目していると言う話だった。
何と言っても、私達の存在は、すでにこちらの世界の多くの人目に晒されてしまっている。
当然、魔王12貴子だって、知ることになったはずだった。
私が奴らの立場だったら、脅威となる私達を真っ先に潰しにかかる……敵戦力の合流は、なんとしても阻止すべき、そんなものは戦の基本と言える。
奴らが現れたのは、偶然などではなく必然……戦いは避けられそうもなかった。
その上、今……麓にはアルマリアと、タケルベお父様が来ていると言う。
二人も私達の事をテレビを見て知り、この地に駆けつけてくれたのだろう。
つまり、私達を討ち取るべく、この地にやってきた炎竜の姫と、私達を出迎えに来たお父様達が鉢合わせしてしまった。
……そんな状況なのだと言う結論に達する。
これは最悪のケースだと言えた……。
お父様にかつての勇者としての力が残されているかどうか解らないし、アルマリアも単独ではその戦闘力をフルに発揮できない。
私達は、あくまで三人揃って、三位一体でお互いをフォローし合いながら戦うことで、その戦闘力を発揮出来る……そんな風に、訓練を重ねてきたのだから。
アルマリア……あの娘は、炎龍の長を一人で仕留めたような武勇の持ち主なのだけど……相手が魔王12貴子の一人となると、容易な相手ではない……何より、炎龍が単独とは限らない。
もう一人の竜族の12貴子……恐らく奴もいる! だとすれば、むしろ炎龍より厄介な相手だ。
……私達の取るべき行動はひとつだった。
「リネリア! 行くよっ! 急いでアルマリア達と合流する! 対ドラゴン戦になると思うから、覚悟決めなよ!」
「解ったにゃっ! とりゃーっ!」
言いながら、屋根からジャンプ! 獣化するのか……と思ったら、ベチャッと顔から地面に落ちてきた。
……おいっ。
「……リネリア……何やってるの? 大丈夫?」
「ううっ……やっぱり服着てると、獣化できないにゃ! ふ、服なんて要らないにゃーっ!」
わめきながら、どんどん服を脱ぎ散らかしていくリネリア。
脱ぎながら、全身にもさもさと毛が生えていって、見る間に獣人化する。
結局、こうなるのか……でも、緊急事態だし、しょうがないか。
せっかく、人が苦労して、おめかししてやったのに台無し……お姉ちゃん、泣いていい?
一応、服は拾い集めて雑嚢に詰め込んでおく……ホント、世話が焼けるなぁ……。
「お前さん達……行くのか? 神代の時代の存在、龍が顕現するなど……さすがに前代未聞じゃが。この国の者達……我らとて、無力ではないぞ? お前さん達の世界由来だからと言って、お主らのような子供が戦いに行く必要はない。ここは、アタシらのような戦いの専門家達に任せておけばいい」
幽香殿……そのぴりっと張り詰めた雰囲気からは、歴戦の戦士の風格と言うものが窺い知れた。
この人は……間違いなく強いっ!
「いえ、あれは私達の世界の私達の敵です! こちらの世界の方々に迷惑をかける訳にはいきません! 幽香殿! 色々お世話になりました……行ってまいります!」
そう言って、ようやっと獣化出来たリネリアの背に飛び乗る。
「そうだにゃっ! クレナイがいるなら、相方のアンニャローだって絶対いるにゃっ! あいつとアルマリアは相性最悪だから、助けに行かにゃいと駄目なんだにゃっ!」
「……まったく、止めても詮無きことか。ふたりともくれぐれも、無理はするんでないぞ! アタシも現役を退いて久しいが、支度ができ次第、総社の連中と一緒に助太刀に行ってやるからなっ!」
「ありがとうございます! そちらこそ、無理をなさらずに! リネリア! 全速力で頼む!」
「言われなくとも、そうするにゃっ! シャーロットも振り落とされるにゃよっ!」
リネリアの本気の走り……あっと言う間に、幽香殿の家が遠ざかっていく。
今度こそ、絶対に間に合わせる……リネリアと私の思いは、一緒だった……。
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