第十七話「とある勇者の一時の安らぎ」③
あくる翌朝。
すっかり寝過ごしてしまい、目が覚めると日も昇りきっていた。
動きにくいと思ったら、ぴっとりとリネリアが抱きついている。
しかも、寝てる間に服を全部脱いでしまったらしく、裸……。
大方、それだと寒いからって、私に抱きついて暖を取ろうとしたのだろう。
実際、私の服には暖化の聖刻を刻んでおいたので、服自体がポカポカと温かい。
……寒い所で寝る時もこれがあれば、快適そのもの。
とは言っても……このままでは、身動きも取れないので、リネリアのほっぺたをパンパン叩いて、叩き起こす!
「リネリア! いつまで寝てるのっ! 早く起きなさい! あと、ちゃんと服も着なさいってばっ! もうっ!」
「ふにゃあ……おはよっ! シャーロットちゃん……もうちょっとだけ、こうしてていいかにゃ? シャーロット……なんか、ママの匂いがするにゃん」
言いながら、袖口から手をゴソゴソと突っ込まれる。
「おい、バカやめろ……わ、脇の下で手をゴソゴソするな! キャハハ……そこはっ! ダメッ! やめ、やめてーっ!」
……と、まぁ……。
実は、恒例になってるリネリアとの起きがけのじゃれ合いを済ませながらも、何とか起きれた……。
リネリアのヤツ……人の首筋に吸い付いたりするもんだから、痣になった……酷い。
……お布団も畳んで、リネリアにも半ば無理やり服を着せて、髪の毛を梳かしてやる。
ちなみに、リネリア用の服は……男の子用だとか言う半ズボンと言うのを履かせた。
太ももむき出し……私はこんなの恥ずかしくて着れないけど、リネリアは気に入ったらしい。
お尻の所に、尻尾用の穴なんか開けてしまったけど、私達の好きにしていいとの事だったので、お言葉に甘えた。
「言っとくけど、こっちの世界の女の子達には尻尾なんて生えてないんだからね! でも、そんな感じのアクセサリーもあるみたいだから、ブンブン振ったりしなければ、大丈夫なんじゃないかな……そんな訳で、尻尾フリフリは禁止っ!」
「む、無茶言うなーっ! ……尻尾って、嬉しかったり、イラッとすると勝手に動くもんなんだにゃ……それを動かすなとか……無茶ぶりするなっての! にゃーっ!」
リネリアの尻尾がブンブンと揺れる。
……だから、振り回すの禁止って言ってるのに……やっぱ無理か。
上は、やっぱり半袖のシャツ。
なんか刺々しいフォレストデビルみたいな模様付き。
寒そうだったんだけど、リネリアはこれで十分って言ってたから、問題ないんだろうね。
幽香殿の話だと、これ……暑い時期用の服装なんだとか……冬に外で着るようなもんじゃないとか。
……リネリア強い子、元気な子。
まぁ、大丈夫だろう。
ちなみに私は、旅の装具としてちゃんと櫛や、縫い物道具を持参して来ていたのだ……女子のたしなみだからね!
リネリアもほっとくと髪の毛梳かすのサボって、ボサボサになるから、こうやって度々私が梳かしてやってる。
せっかく、人間の姿をしてくれているのだから、少しは可愛くしてやろうと、髪の毛を編み編み中。
「うん、いい感じにまとまった! どう、動きやすいでしょ?」
三つ編みおさげの二本下げにしてやった……いつもはボサボサでまとまりの悪い髪の毛も昨日、リンスってのを使ったせいで、ツヤツヤ……。
ちなみに、私の髪の毛もびっくりするほどツヤツヤ。
なんでも、こっちの世界の女の子……皆、こんな感じのお姫様みたいな綺麗な髪なんだって。
素直に羨ましい……と思う。
これ、向こうでも作れないかな? 絶対、飛ぶように売れると思う。
「わぁ……リネリアとっても、女の子らしくなったにゃっ! シャーロットちゃん、ありがとだにゃーっ!」
うっとりとしたように鏡の向こう側の自分の姿を見つめるリネリア。
元々素材は悪くないんだから、こうやって人間の姿になって、髪を整えれば普通に可愛い。
私としては、リネリアがこんな風に可愛い格好をしてくれるってそれだけで、嬉しいよっ!
「そうだねっ! とっても可愛いよっ! これなら、お父様に会っても恥ずかしくないんじゃない?」
思わず背中から抱きしめちゃう! たまには私だって……ねぇ?
「リネリアッ! パパ様に会ったら、いーっぱいナデナデしてもらうんだっ! シャーロットちゃんも撫でてもらうニャッ!」
「わ、私は……別に……後回しでもいいかな。でも、実際会ったら……どうしよう……?」
「大丈夫だにゃっ! シャーロットもとっても可愛いにゃっ! いーっぱい、ナデナデしてもらって、ギューっとしてもらっちゃうにゃ! 10年分、甘えまくって来いってラファンママも言ってたにゃっ!」
「そっか……そうだよねっ! 遠慮なんかしたら、かえって失礼だよねっ!」
そう言って、二人して鏡の前で並んで笑う。
そんな事をやっていると、襖が開かれ幽香殿が顔を見せる。
「騒々しくなったと思ったら、二人共やっと起きたようじゃな……。良く寝てるようだったから、放っといたんじゃが……もうすぐお昼じゃぞい? よく寝れたようで何よりじゃ」
お昼……と言うと、太陽が最も高くなる時間帯?
……さすがにそれは、寝過ぎだった……ふ、不覚。
「すみません! 不覚にも熟睡してしまいました!」
「うにゃー、お布団気持ちよかったにゃー。ちょっと寒かったけど、シャーロットが居たからぬくぬくだったにゃ」
「そりゃ、リネリア……裸で寝るからだよ……ったく、服着て寝れるようになってくれよ。……そんなんじゃお父様だって困るよ。きっと」
私達のやり取りをおかしそうに見つめる幽香殿。
「おお、そうじゃ……先程、麓の方に来とる総社会の若い衆と連絡が取れてな……。なんと言ったかな、お主らの保護者を名乗る……猛部ってのと、アルマリアってのが来てるらしいぞ。お前さん達、その名に心当たりあるかの?」
「は、はいっ! アルマリアは私達の妹で……タケルベ……タケルベ様ですって! リネリアッ! どうしようっ!」
思わず、リネリアの手を取って、ピョンピョンと飛び上がってしまう。
ううっ、リネリアの事を悪く言えない……落ち着けっ! 私っ!
「……タ、タケルベって……勇者パパの事にゃん! まさか、リネリア達をお、お迎えに来てくれたのかにゃ!」
「そうだよぉっ! まさか……お父様の方が私達を見つけてくれて、迎えに来てくれるなんて……夢みたいっ!」
不覚にも泣きそうになる……本当に、本当に会えるんだ……。
あの伝説の英雄……私達のお父様に……!
それに、アルマリアも無事で、一足先にお父様と合流できたと言うことだった。
「……良かった! 本当に……良かった」
けど、それは同時に、テッサリアお母様の事を伝えなければならないことも意味していた。
正直、気がのらないのだけど……それを伝えるのは、きっと私の役目。
「そうかそうか、そりゃ良かった……なら、さっさと飯でも食って、早く会いに行ってやるといい……麓までちょっとあるから、車くらい出してやるさ」
「は、はい! 色々とありがとうございました!」
そう言って、深々と礼をする。
今は……こんな異世界で、二人の家族に会えると言う幸運を、素直に喜ぶべきだと思う。
神に……感謝を。
手を組んで目を閉じて、神様に感謝の祈りを捧げようとする……。
けれど……唐突に、ズシンと空気自体が重くなったような感覚と共に、キーンという耳鳴りがする。