第十六話「とあるおっさんと謎の秘密結社」②
「まじかよっ! おっさん、気が合うなぁ……もしかして、伝説の阪神優勝の瞬間をリアルタイムで見たクチか?」
ガッツリと俺の手を握ったまま、嬉しそうにブンブン振り回す宇良部。
解る……同志を見つけた時のこの喜び!
世代も立場も関係ない……俺達は、一瞬で通じ合ってしまった!
「残念……さすがにガキだったからなぁ……ただ親父から何度も優勝の瞬間のことは聞いたし、ビデオも死ぬほど見せられたな。君らの世代じゃ生まれる前の話なんだがね」
「そんな事はねぇぞ! 俺もあの試合の録画を見たぜ! ……あの試合……熱すぎて見てるうちに視界が曇って、最後までちゃんと見れた試しがねぇんだよなぁ……」
「解るぞ! 解りすぎるぞ! 阪神黄金時代の選り抜き達の熱き戦い! 至高の試合だな……あれは。しっかし、今年は惜しかったなぁ……来年こそは、優勝して欲しいもんだ! 打倒広嶋っ!」
「じゃなぁ……よりにもよって、あの広嶋に負けるなんて……屈辱じゃっ!」
「でも、今シーズン、結構頑張ってたしな! 来年こそ、いけるいける!」
「せやなっ! いやぁ、祥子の知り合いで阪神ファンとはまた……これも縁ってやつじゃな。せぇじゃ、せっかくやから、少し話でもしていかんか? 今日のお役目はなかなか暇でなぁ……退屈しとったんじゃ! 茶でも飲んで行きやっ!」
すっかり、意気投合……と言った調子ながら、宇良部の提案は悪くない話だった。
この先には、進めないにしても、何かあったら真っ先に情報が降りてきそうだし、こう言う奴は嫌いにはなれない。
祥子の知り合いのようだし、ここは話に乗る! 決まりだった。
「お、おいおい……譲、その人は一般人じゃないのか? いくらなんでも……」
「祥子の知り合いなら、立派に関係者じゃねぇの? つうか、こんな年季の入った阪神ファン、言わば俺の大先輩みたいなもんじゃぞ? 久しぶりに熱く語らい合えそうなお仲間を見つけたんじゃ……実際、暇なんじゃから、これくらい勘弁してくれや」
「そうね! あなた達も例の巨大にゃんこの件で、出張ってきてるんでしょ? 実はあたしらもそうなの!」
色々察したらしい祥子が話を合わせてくれる。
うんうん、良いぞ! さすが、長年付き合っちゃいないな。
「まぁな……まったく、どこの門からこっちに出てきたのか知らんが、早いとこ保護してやらんと……。じゃけど、警察の顔も立ててやらんといかんし……あんな風にテレビにモロに映っちまったもんで、色々面倒な事になっとるんじゃ」
……捕獲や処理ではなく、保護と言う辺り、どうやら俺の娘達に危害を加える意図は無さそうだった。
考えても見れば、向こうの世界の人や動物がこっちに紛れ込む……門の性質上、そんな事は珍しくないはずだった。
けれど、彼らを待つ運命はもれなく衰弱死と言う過酷なもの。
それが解っているから、出来るだけ早く保護して元の世界に戻すよう努める……そう言う事なのだろう。
向こうの世界でも似たようなことをやっていたようだし、こちらの世界でも同様なのだろう。
この二人は正真正銘、こちらの世界の魔術師だと思っていいだろう。
実在するだろうとは思っていたのだけど、よもや実物に会えるとは思ってもいなかった。
祥子の知り合いでもあるから、情報交換でもして、信頼関係を作れれば、何かと力になってくれるかもしれない。
「なぁ、祥子君……そちらの猛部氏は、どの程度まで僕達の事を知っているんだい? 君の知り合いと言う時点で、一般人よりはこちらの世界のことに詳しそうだとは思うのだけど……」
「前に相談しなかったけ? 例の神様に祟られたって人」
「賢三老師が言っていたヤツか! だが、老師にも手に負えないから、もうどうにもならない……迂闊に関わると、命取りになるから、手も出せない……そのはずだったのでは?」
「それがねぇ……アレをあっさり祓っちゃった子がいるのよ。猛部さん、この二人にどこまで話していいかな?」
「そうだな……俺の信念のひとつに、阪神ファンに悪いやつは居ないってのがあるしな。祥子の知り合いでもあるし、こっち方面の専門家なんだろ? この際、全部話してもいいかもな……」
「ぜ、全部? いいの? 確かに二人共、信用出来るって、断言は出来るけど……」
「人を信頼するなら、とことん信頼するのが礼儀ってもんだろ? 半端に嘘とか交えてもロクな事にならん」
「……猛部さん、最初アルマリアちゃんのこと……ミャンマーの隠し子とか言ってなかった? あれ、結局嘘だったじゃない……」
「だって、お前いきなり異世界人との娘とか言って納得したか? しねぇだろ、普通……大体、お前だって異世界のこと知ってたなら、もっと早くちゃんと言えよっ!」
「うーん、それ言われると……正直、なんとも言えないけど、そんなもんかな……」
祥子とそんな話をしていると、耳ざとく俺達の話を聞いていたらしく政岡青年が顔色を変える。
「ちょっと待て! 君らは何の話をしているんだ! ……異世界人ってどういう事だ?」
「……へへっ、タダもんじゃねぇとは思ってたけど、なかなか面白そうな話じゃねぇか……。なぁ、猛部の兄貴……詳しく話聞かせてもらえんか? 悪いようにはせんし、なんなら、力にだってなってやるぜ?」
そう言って、宇良部青年はやたらいい笑顔で笑う……思った通り、良いやつらしい。
それから……。
アルマリアやヨミコも交えて、仮設テントでこの宇良部と政岡と言う二人の青年に、あらかたの事情を説明する事にした。
この二人、やはりこちらの世界の魔術師で「総社会」と言う秘密結社の一員とのこと。
秘伝とも言える魔術を現代に受け継ぎ、その存在を秘匿、研鑽を重ねる者達の相互互助会。
時より異世界から紛れ込む漂流者を保護、帰還させるように努めたり、漂流物や過去の遺物が巻き起こす騒ぎを鎮めたりと、かなり手広く派手にやっているようなのだが、その存在は決して公にされる事はないのだと言う。
ちなみに、ケンゾーさんは当然ながら関係者で「総社会」では老師と呼ばれ、若者達を指導するような立場らしい。
祥子については、高校生になってから準メンバー的な扱いで度々動員されるようになり、同じ若者同士と言うことで、この二人とはそれなりの付き合いがあった。
こっちの魔術については、俺は全くの無知なのだけど……政岡の方は式神使い、宇良部の方は鬼の末裔だとかで、鬼に変身できるとかなんとか……。
まるでアニメだか漫画のような話だけど、向こう側の世界でも似たような連中はいたから、解る。
もちろん、表立って活動するような組織ではないのだが、秘密を漏らした奴は殺すとか、そこまで物騒な真似もしないんだそうだ。
いかんせん、やってることが胡散クサ過ぎて、普通の人はまず信じないからだそうな……ごもっとも。
ただ、警察やら政府関係者とも繋がりがあって、まさに裏の秘密結社……ある意味、怖い。
「すると……この二人は、どちらも異世界人だと言うのか? 大丈夫なのか……向こうの者達は、例外なく三日も持たずに死んでしまう……僕も、譲もいくつも実例を見てきたんだが……」
眼鏡の青年……政岡くんが信じがたいといった様子で、ズレた眼鏡を直しながら、呟く。
「こいつらは、言ってみれば双方の世界のハーフだからな……どちらの世界でも何ら支障なく活動できるんだ。ちなみに、こっちのヨミコが例の呪詛をかけたヤツで、アルマリアの方がそれを解呪したヤツだ」
「かぁーっ、こんなチビどもが神代級の魔術を使いこなすってのか……信じらんねぇな」
さすがに、宇良部も信じられないような様子だった。
まぁ、そりゃそうだろう。
「なんや、信じられんのか? なんなら、この場で実演してやってもええで? うちの本気見て、ビビって漏らしてもうても知らんからなっ!」
……それまでおとなしくしてたヨミコが突然立ち上がると、印を結びだす。
おい、馬鹿やめろ。
「はい、ヨミコちゃん、そこまでにしようねー」
俺が止めるより先に、祥子がニッコリ微笑むと、ヨミコはビキッと固まって、術を中断する。
「は、はいなーっ! せやな、かるーい冗談やねん! せやから、その笑顔は止めてぇな! ニャハハッ!」
祥子強いな……さすがだ。
だが……ヨミコが発動仕掛けた魔術の規模だけで、その実力を悟ったらしく二人共、露骨に顔色を変える。
「し、心臓に悪いぞ……今の術……励起魔力の時点で、儀式魔術級だったぞ……」
「じゃ、じゃなぁ……なぁ、このヨミコっちゅうのに、襲われたって話じゃが、どうやって、大人しくさせたんじゃ?」
「あはは……あたしがちょっとお仕置き……じゃなくて、じっくりとお話し合いして……ですよ! ヨミコちゃんとはもうすっかりお友達だもんね! ねーっ!」
そう言って、祥子はヨミコの肩に腕を回す。
「ア、ハイ、ソウデス! ショウコオネーサマハカミサマデス! ゴメンナサイ、ニドトサカライマセン」
なんだか、焦点の合ってない目になって、ロボットのような口調で片言になるヨミコ。
トラウマを容赦なく抉るスタイル……恐るべし、祥子ッ!