第十五話「とあるおっさんのいい旅、夢きぶん」①
おっさんパートに戻ります。
こっちは、平和。
明けて翌日。
目を覚ますと……何故かアルマリアが寝袋に潜り込んできていた。
ついでに、背中には祥子がぴっとりと張り付いていて……足が重いと思ったら、ヨミコが俺の足を枕にしていた。
「な、なんじゃこりゃああああっ!」
思わず絶叫……訳が判らんぜ! なんで、いきなりハーレムの朝……みたいになってるんだ!
「ふゅ……お父様、おはようございます……寒いですね……むにゃむにゃ……」
目ボケ眼でそう言いながら、ギューっと抱きついてくるアルマリア。
と言うか、起きてないぞ……コイツ。
一応、仮にも勇者の娘だと言うのに……この油断っぷりは酷いな。
「あん……駄目よ。猛部さん……そこは……」
何の夢を見ているのか、祥子の寝言が背中から聞こえて来たと思ったら、背中から抱きしめられる。
寝袋越しに背中に当たるフニョっとした感触。
あまり考えないほうが良さそうだ! 素数だ! 素数を数えるんだ!
「つーか、動けねぇし! どうしてくれんのよ! コレ! お前ら! 起きろっ!」
「なんや、騒々しいなぁ……やかましくて、寝れんし……タケルベはん、おはよぉやね」
足をジタバタ動かしていたら、ヨミコが起きた……。
眠そうな顔をしながら、俺の腹の上に顔を乗せて、ぽやーんと微笑まれる。
そこには、これっぽっちの警戒心も敵意もなく……。
もはや、昨日戦ってた時とのイメージは欠片にもない。
「ああ、おはようっ! じゃなくて、どうなってんだコレ!」
「うちに聞かれてもなぁ……なんや、三人で仲良さそうやったし、ストーブ切れてもうて寒かったんで、うちも仲間入りさせてもろうたんや。今時、AI制御機能もついてない灯油ファンヒータとかあり得んで……しっかし、この家、隙間風がガンガン入ってクッソ寒いんなぁ……ほんま、この寒さはえげつないわ……凍死するかと思ったで……」
「……お前さぁ……くどいようだけど、立場わかってんの?」
「解っとるで……うちもタケルベはんに色々見られてもうたし、捕虜って事はもう、うちはあんさんの所有物みたいなもんや……ちゃんと、大事にしてくれんと困るわー! むしろ、うちの事も抱きしめてーなっ!」
言いながら、俺の上にダイブ!
「ぐげっおっふぅっ!」
俺より、遥かに小柄と言えど、アルマリア入りの寝袋はキッチキチで身動き取れない。
ヨミコも調子に乗ったらしく、俺の胸板に頬ずり……何言ってるか解かんないし、何やってくれてるの? こいつ!
ねぇ、コイツの頭のなかで、いったい何が起きたの?
ちょっとアサツキだっけ? 保護者、今すぐ来てーっ! もう、ノシ付けて返すから、引き取りに来てくれーっ!
……そんな調子で、朝っぱらから謎のハーレムイベント発生したりとか、しましたけどー。
別に、俺はそう言うのはもういいのよ……。
若い連中はどうだか知らんけど、世間一般の同年代の家庭持ちの奴に言わせると、ハーレムなんて冗談じゃないって答えが大抵帰ってくる。
理由は……一人だけでもうんざりなのに、それがたくさんいるとか悪夢以外何物でもない……なんだそうだ。
まぁ、解らなくもないが……家族がたくさんってのも賑やかで楽しそうだとも思う。
その辺は……流石に俺もそこまで達観しちゃいない……のだけれども!
祥子もアルマリアもどっちも子供……アルマリアに至っては、実の娘!
ヨミコだって赤の他人で、本来敵なんだっての!
なんで、そんなでハーレムみたいになってるわけ? そんな望んでないよ……俺はっ!
朝から、三人鉢合わせて、バチバチ始まりそうな感じだったけど……。
もう何もかんもほっといて、俺だけそそくさと支度を済ませると、さっさと部屋の外に出て震えて待つっ!
……そんな訳で、俺はキンキンに冷えたボロアパートの廊下で一人佇み中。
眼下の空き地はもう真っ白……盛大に霜が降りたらしい。
岡川は雪なんて滅多に降らないけど、山の方の寒さは、割りと本格的……何処に行っても、山と川のセットだから、むしろ冬場は猛烈な濃霧が発生したり、そっちの方が印象的。
「ああ、ちくしょうっ! 今日も冷えるなぁ……」
まだ日も上りきらず、薄暗い……女子連中はどうせ支度に時間がかかるだろうから、大人しく待つ。
今戻ったら、着替えてたとか妙なイベントが絶対に起こる……パスですー! パスッ!
唐突に、角部屋のオタク青年の山下君がアパートの廊下に出てきて、俺の顔を見るなりえらく驚いたような顔をする。
「おう、山下君、おはよう! 今日も寒いねぇ……」
「……お、おはようございますっす! 猛部殿、やたら早いんですな。……昨日は、賑やかだったみたいだったから、てっきり……」
「ちょっとお客さんが来ててね。朝から騒がせてすまんね……」
「お、女の子の声がしてましたけど……それも子供の……一体、なんなんです?」
ボソボソと声を潜める山下君。
なんか、俺がやましい事やってるみたいじゃないか……。
「ははっ……実は俺、別居してた娘が居るんだけど……そいつが遊びに来てるんだ。それ聞いて親戚の子も来るって話になってるから、ちょっと人数も増えるかもしれない……しばらく、賑やかだと思う。……迷惑かけるかもしれないけど、近いうちに引っ越しも考えてるから、ちょっとだけ我慢してくれると助かる」
「だ、大丈夫っす! 猛部殿の娘となっ! ど、どんな子なんです? 声、超可愛かったっす!」
まぁ、喋り方とかおかしいけど、山下君は至って無害な若者だ。
小太り眼鏡に年中ジーパンとオタク青年のテンプレ。
おすすめの最新アニメとか漫画、面白いソシャゲーとか紹介してくれるし、なかなかいいセンスしてるんで、ちょっとした友人と言ったところだ。
つか、このボロアパート……あまりにボロい上に、この辺、めっちゃ寂れてるから、もはや住民はこの山下君と一階の角部屋に済んでる管理人の老夫婦だけと言う有様。
裏庭も昔は駐車場だったらしいんだけど、順調に植物に侵略されていて、もはや山との境目が解らないような有様。
きっと、誰も住まなくなったら、このアパートも森に飲み込まれていくに違いなかった。
山下君……ちょっとロリコン趣味に好みが偏ってるようなするんで、ちょっと引くけど。
三次元には、興味ない! といつも真顔で言ってるんで、大丈夫だろう。
と言うか、アルマリアにちょっかいなんて出したら、ちょっかい出したほうが命の危険にさらされる。
ホント、良く無事に保護できたもんだ……危うし危うし。
それから、適当なオタク談義をして、山下君が再び部屋に引っ込んでいくのと入れ替わりに、祥子が出てくる。
「猛部さん! どうっ! これ……可愛くない? 昨日買ってもらったヤツなんだよっ!」
今日は、昨日のムチムチジーパンとセーターと違って、ちょっと清楚な感じの白ブラウスに黒の吊りスカート。
いわゆる「DTを殺す服」……なんで、そんなもん着るかなぁ。
おまけに、ショルダーバッグたすき掛け。
もう、胸元が大変けしからん事になっている。
絶対確信犯だろ……こいつ。
なんかドヤ顔してるし。
「どうって、言われてもなぁ……そのカッコで行くのか? さすがに寒くないか?」
一陣の寒風が吹く。
ブルッと震えると大慌てて、引っ込む祥子。
この辺……朝晩外歩くなら、冬場はダウン必須。
若い連中も、山にでも登るのかと聞きたくなるような服装をしているのだけど、はっきり言って全然大げさとは言えない。
……でも、女子高生たちは平然と生足でその辺歩いてるから、どうなってるんだか。
「さ、さすがに今日の寒さはヤバイわ……いくら気合い入れても、寒いもんは寒いっ!」
……祥子、手早くもこもこのコートを羽織って、タイツ履いたらしい。
まぁ、けしからん度は下がったけど、これくらいにしてもらわないと俺が困る。
それまでの準備にはさんざん時間をかけたくせに、今回はめっちゃ早かった……寒かったから、急いで着たのだろう。
その後をゾロゾロとアルマリアとヨミコが続いて出て来る。
アルマリアは、昨日買ったフリフリお出かけ服と、さっさと脱いだせいで無事だったミントグリーンのジャンパー。
なんでも、色が気に入ったらしく、無事だったことをえらく喜んでいた。
このフリフリは可愛いし、そこそこ高かったから、チャイナ服状態にはするなと言い聞かせておいた。
真面目な顔して頷いていたので、大丈夫……かな?
ヨミコは同じく昨日アルマリア用に買った見せパン一体型超ミニスカと、昨日着てたデニムジャケットの組み合わせ……サイズもちょうどいいらしい。
……お前ら、サイズ一緒だったのかよ! 9歳児と大差ない13歳ってどうなんだ……?
まぁ……どっちもかわいい。
アルマリアは、なんか恥ずかしそうにうつむき加減だけど、ヨミコはクルクル回って、見せパンを堂々と見せまくってる。
モロパンとどう違うのか解らないけど、チラチラ、チラチラと実にけしからんな。
視線を感じて振り返ると、山下君がドアを少し開けて、ゴッツイ一眼レフを構えてた。
俺と目が合うとそそくさと引っ込む。
……山下君、君とはお友達だけど、保護者に無許可で撮影とか、さすがにそれはいただけないよ?
あんな凄い機材を持ってるあたり、物凄く犯罪者臭がするのだけど……。
正直、今後は付き合いを考えるべきかもしれない……。
でも、とりあえず、メールで撮った写真、全部よこすように言っとこう。
特にアルマリアのヤツは俺も欲しい……。
編集して……スマホの待ち受けにするんだっ!
今週いっぱいは有給使って休める事になったけど、来週からはお仕事だし……。
仕事中……スマホの待受見て、癒やされるんだ。
同僚に「この娘だれ?」って聞かれたら、うちの娘だって自慢する……。
そして、この戦いが終わったら……って、死亡フラグじゃん!
これっ! ダメなヤツだッ!