第十四話「とある勇者の密林の逃走劇」④
……そんな小さな発見や、水の確保が出来そうな事から、多少は緊張も解けてきた。
ずっと緊張しっぱなしじゃ、持たない……私は、年中お気楽なリネリアと違って、気持ちの切り替えが下手くそ。
けど、ご飯のことやこの世界のこととか色々考えてるうちに、ちょっと楽しくなってきた。
ひとまず道なりに山の頂の方へと歩く。
水田がある以上近くに人家があると思ったのだけど、それらしいものも見当たらない……人も一向に通る気配もなかった。
一台、白黒の鉄の馬車が通っていったけど、やかましい音を立てて走ってきたので、すぐにわかった。
道から逸れて、森の中に潜んでいたら、あっさりやり過ごせたんだけど……。
乗っていたのはさっきの兵士達の中でも、黒い服の連中だった。
この連中だけは、身のこなしや雰囲気から、本格的な戦闘訓練を受けているように見受けられた。
……たぶん、正規の職業軍人だと推測された。
本職の戦闘要員だけに、日が暮れているのに、いまだに捜索を続けているのかもしれない……意外としつこい……けど、鉄の馬車に乗ってるからって、周囲への警戒が甘いのはいただけない。
一応、警戒はしていたようだったけど、私達がその気だったら、全員あの世行きだったよ?
「ねぇ、シャーロットちゃん、なんか、この道、固くて歩きにくいにゃあ……爪が割れちゃう……」
リネリアが足元を気にしながら、地面を前足で叩く……チャッチャと爪が地面を蹴る音が響く。
「これ、4つ足じゃちょっと辛いかも……もう夜だし獣化を解いて、靴でも履いた方がいいんじゃないかな? どうも、この道は頂上につながってるみたいだね……。見晴らしがいいところまで出れたら、この辺りの地形を確認しておこう」
「そだね……ああ、お腹減ったにゃー! あ、見て、見てっ! すっごい綺麗だにゃっ!」
唐突に、崖のようになっている場所に出る……途中で道が二股になっていたのだけど、この分だと道を間違えようだった。
けれど、そこは視界がひらけていて、辺りを一望することが出来た。
地面の材質が木の板になっている……これは、見張り台か何かなのかな?
視界を広く取るためなのか、周囲の木を切り倒した形跡があった。
何のために? この方向から敵襲でもあるのだろうか? ちょっと良く解らない……。
けれども……そこから一望できる風景の方に気を取られる。
眼下に広がるまばらな光の塊……線のようにまっすぐに光の筋が伸びているのは、今朝入り込んだ鋼の馬車が通る道なのだろうか?
もっと遠くにも町並みは続いているようで、山の陰に薄ぼんやりと光り輝く帯のようなものが見える。
「なんだ……これは……見えているのは、全て地上の人の明かり……なのか? 見て! 動いてるのもいるっ!」
動き回る光……よく見ると、あの鉄の馬車だ。
さっきの軍人達が乗っていたのもやたら眩しい光を放っていたのだけど、こんなところにまで届くような光となると……恐らく魔術的なものに違いない。
お父様の話とは少し違うような気もするけど、火はあそこまで強い光を発しない……。
「ホントだにゃ……。スゴい光だにゃあ……。ねぇ、あれ……道だと思うんだけど、どこまで続いてるのかにゃー」
「解らない……あの様子だと、延々とどこまでも続いているのかも……見てっ! 空にも動いてる光が……あれは……なんだろ?」
「ホントだにゃっ! 微かに音が聞こえる……! あ、あれ……めちゃくちゃ高いところにゃっ! 3ヘグダーシュ……いや、もっともっと高いんじゃないかにゃっ! お、お星様の世界を飛んでるんじゃ……!」
リネリアの耳は、私達人間のものよりも遥かに高性能だ……音を聞くだけで、凡その距離までも判別出来る。
星空の隙間を飛んでいく緑と赤を点滅させながら、動く光……昼間の大型飛行魔獣も物凄い高さを飛んでいたけれど、あれはもっと高い……。
3ヘグダーシュなんて、私達の世界のどんな山の頂きより高い……それこそ、魔王が作り上げたというビフレスト大火山より高いのではないだろうか……?
アルマリアやテッサリアお母様だって、2000ダーシュもの高さに行くと、寒さに凍えたり、息苦しくなったりで、その辺が上昇限界……なんて言ってたくらいなのに。
大地を統べ、空を統べ……きっと、大海原ですら、この国の人々は我が物としているのかもしれない。
……私達は、この世界の途方もなさを垣間見たような気がした。
この様子だと、この世界の人口もとんでもない数だ……あの近くに見えている街並みだけでも王都と同じくらいの広さはある。
けど、あれが首都の訳がない……首都にしては、建物が低いし、いやにまばらだ……。
城らしき建物も見当たらない様子から、ひょっとしたら、あれで宿場町程度の扱いなのかもしれない。
山の向こう側がぼんやり光っている様子から、山の向こうには、もっと大きい街があるのかもしれない。
……山の隙間に都市を作って、いくつも連ねている……そんな感じなのではないのだろうか?
人の数は、良く解らないけど……王都の人口も城壁内だけで5万人くらいは住んでいると聞いていた。
それと同程度だとすると、同じくらいだろう……明かりの広がりからすると、これですらほんの一部なのは間違いない。
見えている範囲の街の人口は10万人くらいか? ……いや、100万人とかもっともっとかもしれない。
お父様がお母様達に教えてくれたこの世界の情報を思い出す。
朧気なんだけど、総人口は億とかそんな途方もない単位の数字が並んでいた気もする。
それだけ多くの人が住んでいて、争いもろくに無い……それはもう奇跡のようなものだ。
昼間の兵士達を見た限り、実戦経験の少なさは見て取れたのだけど……練度は低くとも、おそらくこの国は膨大な兵力を抱えているはずだった。
レデュスレディア王国の総人口が約50万……その総兵力は2万……この兵数自体は無理をしない範囲の平時体制の動員数。
総動員すれば、5万くらいにはなるが、兵数自体はあの世界では常識的な範囲と言える。
魔王軍のような10万単位の兵を動員できる方が、そもそもおかしいのだ。
お父様の話を真に受けるのであれば、この国は500万もの兵力を抱えていても、不思議ではない。
その半数程度だとしても、200万人……。
……もはや途方もない兵力だった。
魔王軍ですら遠く及ばない……。
それに、あの鉄の馬車……あれがあの大きな道いっぱいに地の果てまでぎっしりと並んでいたのを私も見ている。
あれが何台も並んで突っ込んでくるだけで、私達の世界の軍勢なんて、ひとたまりもないだろう。
多大な人口、膨大な兵力と強大な戦力を抱えるがゆえに、外敵も迂闊に手が出せなくなっている……たぶん、ここはそう言う国なんだ。
やはり、戦わずに逃げに徹したのは正解だった。
こんな国は、間違っても敵に回してはいけない……。
……私達よりも先に、この世界を訪れていたと言う魔王12貴子……彼らも同じようなものを見たのかもしれない。
彼らは、この世界を見、この世界で暮らすことで、何かを悟り……平和的な思考を持つようになったという話だった。
こんなとてつもない国……如何に魔王軍の最上級魔族と言えど、自分たちの無力さを思い知ったに違いない。
……それが僥倖だったのか、或いは間違いの元だったのか……それは解らない。
門の向こう側……隣り合わせの異世界。
こんなものに触れてしまったのであれば、自分たちの世界の争いなんてちっぽけなこと。
そう思うのも無理はなかった。
私もこの世界のこと、そして、まだ見ぬお父様へ思いを巡らす……。
それに、同じ空を見ているだろうアルマリアのことも。
……地上の星と満天の星空。
少しばかり、見える星空は違うし、その数もずいぶん少ないような気もするけど……。
星空だけは、何処か似通っていた。