第十四話「とある勇者の密林の逃走劇」②
「リネリア……大丈夫? 疲れてない? ずっと動きっぱなしなんだから、少しは休ませてあげたいんだけどね……」
リネリアのお腹をさする……さっきから、背中がものすごく熱くなってるし、鼓動が物凄く早い……。
元々、瞬発力重視の獣だから、頻繁に休ませて、クールダウンさせないとすぐに疲れて動けなくなってしまうのだ。
「まだまだ大丈夫にゃーっ! 止まったら、むしろ寒いからこれくらいでちょうどいいにゃっ! でもお腹すいたし、お水ももっと飲みたかったにゃ……ねぇ、まだあのちっちゃいの追ってきてる?」
リネリアの背中に乗りながら、後ろを振り返る……後方警戒は私の役目だ。
一匹、しつこいのがいる……一定の距離を保ちながら、執拗に追跡してきている。
こちらもスピードが落ちているので、一気に距離を詰められても不思議ではないのだけど……一向に距離を狭めてこない様子から、恐らくこれは触接。
推測なのだけど、この小型魔獣が得た情報を元に、追手の歩兵が包囲網を敷き、追い詰める……そう言う布陣なのだろう。
今のところ、私達の移動速度の速さとリネリアの高い索敵能力で、歩兵達は出し抜けているのだけど、その包囲網が着実に狭まりつつあるのを実感する。
敵は、兵の練度は低いが、指揮官はなかなかに優秀……そう認めざるをえない。
道もよく解らないから、同じところをぐるぐる回っているような気もする……。
追手の数も増える一方……さすがに、これは追い詰められるのも時間の問題かもしれない。
前方に目を向けると、やたら密集した、大きな針葉樹が並んでいるのが見える。
「リネリア……あのぎっしりと木が生えてる森……行ける?」
「ギリギリだけど、ちょっとスピード落とせば行けると思う! あの中へ入るにゃ?」
「うん、そうして……あそこに入れば、さすがに追ってこれないだろう……あの感じだと、斜面になってるから気をつけて!」
「はいなっ! うーにゃーっ!」
気の抜ける掛け声とともにリネリアが森の中へ突っ込んでいく!
これはちょっと気を張らないといけない……思わず、私は息を呑んだ。
顔の直ぐ側を太い幹が通り過ぎる……本当にギリギリ。
思った以上にぎっしりと並んだ木々……下の方はほとんど枝もないのだけど、間が1ダーシュくらいしか開いてない……。
リネリアも曲がりくねるようなコースで、ほとんど速度を落とさず、どんどん奥へと駆けていく……さすがに、こちらも姿勢を低くして、必死にしがみついて、振り落とされないようにするのがやっと!
喋ってる余裕も無いらしく、リネリアも終始無言で瞬きすらしない……こう言う時は本気で危ない……。
この速度で木にぶつかると、痛いじゃすまない……。
でも大丈夫、昔ならともかく最近のリネリアは、これくらいなら平気でこなす!
思い切って、後ろを振り返ると、しぶとく飛行魔獣が木々の間へ入り込んできたのが見えたのだけど、目測を誤ったらしく木の幹にぶつかって、地面に叩きつけられて、転がっているのが見えた。
……それっきり動かなくなったので、どうやら死んでしまったらしい。
直接手を下したわけじゃないけど……こんなフォレストデビルですら、難儀するような所に同じようなスピードで入ってくる方が悪い……さすがに、相手の判断ミスにまで責任は持てない。
けれど……これで、触接は切った。
敵は一時的にだろうけれど、こちらを見失ったはずだ。
見つかる前に早いところ、潜伏場所を探さないと……と思った途端、リネリアのスピードががくりと落ちる。
……舌を出して、荒い息を吐き始めている。
体力の限界が近いサインだった……体力回復の魔術も、これ以上使うと揺り戻しが酷くなるから、もう使えないし、さっきから効果があからさまに落ちている。
……魔術も万能ではない……リネリアの体力はもう限界……そう判断する。
針葉樹の森を抜け……少し開けた場所に出た。
木もまばらで、斜面の途中に倒れた木が折り重なっている場所があるのを見つけた。
斜面には一面細長い葉っぱの植物がぎっしりと生えていて、この寒さの中でも青々と茂っている。
「いいトコ見つけた! リネリア……あそこに隠れよう!」
指示を出すと、リネリアもすぐさまその下に駆け込む。
リネリアの背中から転げ落ちるように飛び降りると、案の定体力の限界だったらしく……ばったりと横になると、べったりお腹を地面に付けて荒い呼吸を繰り返していた……。
もう一歩も動きたくないと……その様子だけで雄弁に物語っていた。
私は、少し思うところがあって、本来野営の際などに使う暑さ寒さを遮断する遮熱結界を展開するための聖刻を周囲の地面に描いていく。
「ふにゃーん……もう疲れたよぉ……シャーロットちゃん、お水ちょうだーいっ! って……何やってるのぉ? 今は冷たい風が気持ちいいから、風よけの結界なんて、後にしようよ!」
「ごめんっ! これだけは今すぐやらないと……リネリア、あいつらさ……草の茂みに隠れててもこっちを見つけてきたよね? あれ、どうやって見つけたんだと思う?」
言いながら、そのへんに落ちていた枯れ草や枝葉をリネリアの体の上に乗せていく。
幻術のカモフラージュも解けてしまったらしく、黒の地毛むき出し……このままだと、とっても目立つ。
「そ、そういやそうだね……アルマリアちゃんの相手をする時だって、偽装して茂みに潜れば、誤魔化せたのに……あいつら、茂みの中に潜んでたリネリア達の居場所を正確に見つけてきたもんね」
リネリアの身体に乱雑に木の枝とか乗せただけだけど……遠目には、解らないくらいにはなったかな?
「そうなんだよね……リネリアみたいに音や匂いとかで追跡してるのかもって、思ったけど、あの時私たちは風下にいた……その可能性は低いと考えていいと思わない?」
「たしかにそうだにゃ……相手が風下にいると、音も聞こえにくいし、匂いもしなくなるから、見つけにくくなるにゃ! だから、獲物を狙う時は風下から近づくのが鉄則なんだにゃ!」
「だよね? だから、あいつら熱を発するものを見分けてるんじゃないかって! 魔王軍の使い魔にもそんなのいたじゃない……夜でも平気で飛んでた黒い鳥とか。たしかに、熱を見てるなら、茂みに隠れても私達のいる場所なんてすぐに解る……。なら、この遮熱結界を使えば、少しは見つかりにくくなるかも……」
「シャ、シャーロットちゃん! 頭いいにゃっ! さすがだにゃっ!」
「……とか何とか言ってたら、もう来たみたい……仲間が落とされたらすかさず、他の奴でカバー……嫌になるほど手際がいいね。なるべく、地面に伏せて……静かにして……動かないで!」
さっき抜けてきたばかりの林を超えて、一匹の四角い飛行魔獣がフラフラと飛んできた所だった。
振り切ってから、まだ10分も経ってないのに、もう新手が追ってくるなんて……。
「リ、リネリア……言われなくても、もう一歩も動けないよぉ……。た、大変だにゃ! あっちこっちから、集まってきてるにゃ!」
リネリアが耳を立てて、右へ左と忙しく見渡す。
「いいから黙って……頭も伏せる! 音も極力、立てない……!」
息を殺して、リネリアの頭を手で抑えて伏せさせる。
今、ここで見つかるのは、非常によろしくない……リネリアはもう限界だ。
これ以上は走らせられない……飛行魔獣自体は、さしたる攻撃手段もないみたいだけど、居場所がバレて、動けないと知られたら……。
おそらく、歩兵達に十重二十重の包囲網を敷かれてしまう。
そうなったら、リネリアが動けない以上、潔く降伏するか、思い切って戦って血路を開くしかなくなってしまう……それだけは、避けたい……。
小型魔獣は、合わせて4匹もやってきていた。
断続的な音が辺りに響き渡る中、私達は息を殺して、気配を消して……追手が行き過ぎるのをただひたすらに待ち続けた。