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第三話「とあるおっさんはのろわれてしまった」①

 呪い……向こうの世界では、呪詛とも呼ばれていた遅効性の魔術の一種だ。


 もちろん、呪詛単体で対象を呪い殺したりする事は出来ない。

 言ってみれば、ほんの少しだけ運が悪くなる……そうとしか形容できない。


 本来かからないような病にかかったり……体力や注意力の低下、凡ミス。

 ……そう言った事が起きやすくなる。

 

 そして、それは周囲にも影響を及ぼし、偶然の形を装って、襲い掛かってくる。


 ……本来かかるはずのない病や怪我、事故。

 ありえないようなミス、偶然……運気とでも言うべきものの低減。


 そう言ったことの積み重ねで、対象の命をじっくりと削っていく。

 

 呪いとはそういうものなのだ……。

 俺は異世界の敵、魔王軍と最前線で戦いながら、そう言うのも散々味わってきたはずなのに……ここが現代日本だからと、その脅威が頭からすっかり抜け落ちていた。

 

「……魔眼……ご存知ですよね? 使えますか?」


 アルマリアに言われて、掌を目に当てて、魔眼を発動させようとするのだけど、やはり上手くいかない。

 この世界にも魔術の源……マナは存在するので、理屈の上では魔術の行使は不可能ではないはずなのだが。

 異世界で覚えたやり方だと、どうしても上手くいかなかった。


 その原因ははっきりしており、根本的に、向こうの世界とこちらの世界では、マナの質が違うのだ……。


 例えるなら、水と空気……マナの性質がそれ位には違う。

 であるからこそ、この世界で魔術を行使するとなると、この世界なりの方法を使う必要があるのだが……。


 こちらの世界ではマナを操り、疑似物理現象を引き起こす技術……魔術なんてものは、事実上存在しない。

 古来、存在したと思われるような記録はあるのだが、公には存在しないと言う事になっている。

 

 もし、魔術なんてものが、そんな一般人でも触れられるところにあるのであれば、こっちの世界も魔法使いで溢れかえっていたのだろうが……。


 残念ながら、こちらの世界では魔術なんて、オカルト扱いだ。


 無いと証明する事は出来ないのだが、あると言える程には、その存在が確たるものでもない。

 使い手が実在するかどうかも定かではない。


 つまるところ、幽霊とかUFOとかと同じような代物だった。

 

「無理だな……向こうの魔術と同じやり方だと、こっちの世界ではマナの質の違いでまともに使えないんだ。知ってるかもしれんが、俺も向こうじゃ魔王と互角にやりあえるくらいの魔術の使い手だったんだが……こっちじゃ、全然だ。でも、その辺りの事情は、君だって、似たようなもんじゃないのか?」

 

 俺の知るこちらの世界の魔術事情をアルマリアに説明する。

 彼女も魔術の使い手である以上、この説明でおおよそ理解できるはずだった。

 

 けれど、彼女の反応は予想外と言えるものだった。

 

「いえ、私はそうでもないみたいです……確かにちょっとマナが薄いので、向こうとはちょっと勝手が違うみたいなんですけど、魔眼程度なら問題ありません」

 

 彼女がそう言うと、その眼が細かい魔法陣の紋様に覆われる。

 見えざるものを見、触れざるものを触れるように出来る……魔族との戦いでは必須と言える魔術……魔眼。


 けれど、それは完全に向こう側の世界の魔術だった。

 

「何故、向こう側の魔術を使えるんだ? 君もこの世界のマナを使ってるはずなんだよな?」


「どうも私の場合、この世界のマナを最適化して、向こう側と同質のものに変えられるみたいなんです。マナ受導器官が恐らく特別なんだと思います。これもお父様から頂いた力……なのかもしれませんね」


 そう言って、アルマリアは照れたように笑う。


 ……自分の娘にこう言うことを思うのも何だけど……それって、ズルくね?

 要するにハイブリッド……両方の世界に適応した新人類って奴なのかもしれない。

 

「こっちの世界で向こうの魔術使い放題とか、とんでもない話だぞ……それ! 少なくとも俺にはそんなマネは出来ない……こっちだと俺はただのおっさんなんだ。言っとくが、俺はもう勇者でも何でもない。剣くらいは多少使えるが……正直、魔術を使えるということなら、君にすら勝てる気がしないよ」


「そ、そうなんですか? けど、どうしましょう……お父様……。あの……はっきり言いますけど……お父様、全身呪詛まみれですよ。よくこんな有様で無事に生きてられましたね……」

 

 アルマリアも心底嫌そうな感じで俺を見つめている。


 彼女の心情を例えるなら、石をめくってミミズやらダンゴムシやらがウゾッと蠢くのを見た時のような感じなのだろう。

 

 呪詛を視覚化すると、黒く蠢く虫の群れ……みたいに見える。

 それに全身覆われてる奴が目の前にいれば、そりゃ引くわな……。


「……ははっ、正直……結構やばいんじゃないかって思い始めてた……そこまで酷い状態なのか?」


「はい……ここまで悪化してるなんて……これは、すぐにでも対処が必要です」


 アルマリアの様子だと、多分致死レベルまで進行しているようだった。

 身体の変調、身の回りのトラブル……死の影とでも言うべきもの……。


 改めてそう思うと、嫌な汗が背中を伝う。


「そ、そうか……浄化の魔術でいけそうかな?」


 呪詛の解呪なら、俺もやった事があるから解るのだが……解呪は自力では出来ない。

 基本的に、他人にやってもらう必要があるから、俺はどちらかと言うと解呪してもらう側だった。

 

 魔王軍の奴らは、散り際とかに何かというと、この呪詛を使ってきて、俺も嫌というほど、これを食らっていた。

 

 呪詛自体は、術者の視界に入っているだけでかけられてしまうので、有効な防御手段もほとんど存在しない。

 更に地雷みたいなのもあって、その場合、術者が近くにいる必要すらない……恐ろしく厄介なのだ。

 

 幸い遅効性なので、戦闘中に食らってもさしたる問題はないのだが……早めに解呪しないと何かと面倒なことになる。


 おまけに、魔王軍の奴らも俺と正面切って戦っても勝ち目が薄いと解ってからは、呪詛や搦手と言った間接的な攻撃を常套手段化させたんで、必然的に呪われ回数もとんでもないことになった。

 

 おかげさまで、テッサリアには何度も解呪してもらったから、やり方も大体解っていた。


「そうですね……。何度も重ねがけされた強力な呪詛ですが……。こちらも複数枚の呪符で薄めれば、行けそうです……大丈夫! 私もお母様から治癒術を直伝してもらってますし、他のお母様達からも色々仕込まれてますから! 上手く出来るかわかりませんけど……絶対、助けてみせます!」


 微妙に不安を覚える言葉と共に、アルマリアがポーチから人形ひとがたを象った呪符を束で取り出す。

 てるてる坊主みたいなシルエットに、五芒星を象った魔法陣が描かれている。

 

「なるほど、呪詛を依代に移してから、依代諸共破壊する奴だな……それなら、俺も知ってる……ちょっと待ってくれな」

 

 それだけ言うと、俺は上着とTシャツを脱いで上半身裸になる。

 

 ……すると、アルマリアが一瞬固まる。

 あわわ……などと言いながら、顔が真っ赤……。


 そんな反応されても困るんだが……と思っていると、やがて意を決したように向き直る。

 俺も自分の髪の毛を抜き取ると、アルマリアに手渡す。

 

 袋のような構造になっている呪符に俺の髪の毛を入れると、俺の胸に貼り付ける。

 うん、やり方は俺の知ってる方法と変わりないらしい。


 ……そこまでは良かったのだけど、おもむろに自分の額に手を当てながら、むにゃむにゃ言いながらちょっと考え込んでいる。

 

 どうも、手順を思い出そうとしているようだった……い、いきなり、頼りねぇな……。

新年、あけましておめでとうございます。

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