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第十二話「とある母親の最後のメッセージ」②

「思い上がるなっ! アークボルト! ここがお前の死に場所だッ! 覚悟ッ!」


 そう言って、アルマリアが愛用の精霊銃フレイ・アスターを召喚し、構える。

 

 ……即座に魔力チャージプロセスに突入。

 周辺のマナが寄り集まって、フレイ・アスターが赤く輝き始める。

 

 ……竜撃の嚆矢の前兆だった!

 

 けれど、テッサリアは手を横に差し出し、アルマリアを制止する。

 

「待ちなさいっ! こんなところで、そんな大技……この神殿ごと吹き飛ばす気? それに、こんな距離だと自分もタダじゃすまないよっ!」


「ここで、この男を始末できるのなら、本望です! お母様っ! この場はお逃げください……あとの始末は私がっ!」


 明確な殺意を込め、アークボルトを睨みつけると、アルマリアはテッサリアの制止を振り切り、前に出ると狙いを定める。


 この場でアークボルトを仕留める……供回りも連れず、相手を侮っている今こそ、好機……そう判断したのだろう。

 

 どうやら、アルマリアもテッサリアと同じ結論に達したらしい。

 彼女は捨て身で、この場でアークボルトを仕留めるつもりだった。

 

 けれど、それを認めるわけにはいかなかった。

 

「おーおー、物騒だねぇ……さすがの俺もてめぇの竜撃砲なんぞ食らったら、ちょっとやべえな。でも、そりゃこんなところで使えるような代物じゃねぇだろ……なまじ火力があると、使い所も難しい。もうちょっと頭を使えよ」


 内心は冷や汗くらいかいているのかもしれないが。

 そんな様子は微塵にも見せず、むしろ呆れたように自分の頭をコンコンと指で叩くと、鼻で笑うアークボルト。

 

「こ、このっ!」


 激情に駆られたアルマリアが「竜撃の嚆矢」を放とうとしたその瞬間……集中していた魔力が瞬時に霧散する。

 テッサリアは、間一髪で、フレイ・アスターの制御権を奪取することに成功していた。


「……アルマリア、無茶しないで……あなたは少し短気に過ぎる。……それは直しなさい。いかなる時も頭の中に冷えた部分を保ちつづけること。これはこの先、生き残るために大事なことだから覚えておきなさい。精霊銃フレイ・アスター……本来の所持者たる私の制止に応えてくれて、ありがとう。今後も我が娘アルマリアの力となり……共に戦って……」


 冷静に告げると、アルマリアに制御権を返すテッサリア。

 自滅同然の攻撃を仕掛けようとしていた事に、アルマリアも気付いたのか呆然としている。

 

「アルマリア……あなたの師として、親として命じます……行きなさい! 行って、あの人……勇者タケルベの元へ!」


 簡単なことだった……逃げ場はあった……向こう側の世界だ。


 アルマリアは向こうの世界でも問題なく行動できるはずだし、元よりそのつもりだったのだから、何ら不都合はなかった。

 

 超界の門は、すでにテッサリアの制御下にあった。

 その気になれば、今すぐ二人で向こう側の世界へ逃げることだって可能だった。

 

 けれど……自分が向こう側に行っても、恐らく数日の命。

 その間に再びこちら側に戻れる可能性は限りなくゼロに近い。


 超界の門は一度稼働させると、再稼働まで相応の時間が必要なのだ。

 

 言わば片道切符……向こう側の世界に赴いた時点でテッサリアの死はほぼ確定する。

 

 そうなると、アルマリアだけを転移させて、テッサリア自身は降伏する。

 超界の門の仕組みを説明すれば、生命を奪われることはないだろうから、これがもっとも現実的な選択肢と言えた。

 

 だが……アークボルトはテッサリアをこの場からみすみす逃がすような事も無いだろう。

 虜囚の身となった上で、自我を破壊され転移門代わりに使われる……恐らくそんな運命が待っている。

 

 何より、アークボルトを向こう側に行かせるわけにはいかないし、これはアークボルトを倒す千載一遇の好機でもあるのだ。


 今の魔族達の情勢も考えると……この男には、確実にここで消えて貰う必要があった。

 

 ……命捨て所は、今をおいて他に無し!


 テッサリアはそう、悟る。


「アークボルト! あなたは……この場で私が倒しますッ!」


 思わず膝が笑いそうになりながらも、テッサリアは己が決意を告げる。

 覚悟を決めたからと言って、怖いものは怖い……テッサリアもそこまで超越はしていない。


「おいおい……お前なんぞ、お呼びじゃねぇっての……俺を殺るってか? 笑わせんな……そんなブルってて、出来るわけねぇだろ! 手足の一本でもへし折ってやらねぇとわかんねぇのか?」


 アークボルトの哄笑が響き渡る中、テッサリアは超界の門の稼動式の詠唱を開始する。

 

 ……それに反応して、部屋中の壁が天井が……淡い光に包まれていく。

 もう後戻りは出来ない……そう思うと、不思議と膝の震えが消えていく。


「お、お母様ッ! 私が……私が時間を稼ぎます! この場はお退きください!」


「おだまりッ! このバカ娘! アークボルト……お望み通り、異世界に連れて行ってあげるわ! 開けッ! 越界の門! 我らを異界へと導けッ!」


 テッサリアが告げると、魔法陣の輝きが一際増すと、強烈な閃光があたりを包み、その場の全員を浮遊感が包み込む。

 

「ほう……やっとその気になったか。俺は別に異世界なんぞ興味ねぇが、これが世界転移って奴か……兄弟共から聞いてたのとはちょっと違うようだが……。安心しな……テッサリア、どうせてめぇ一人じゃ、大したことは出来ないだろう? だから、おめぇは殺しゃしねぇよ……。だが、アルマリア、お前は別だ……向こうに行ったら、存分に相手をしてやる。それまでは休戦って事にしておいてやるよ」


 余裕たっぷりといった様子でアークボルトはどっかりと腰を下ろす。

 けれども、テッサリアはそんなアークボルトを冷めきった目で見つめるとニヤリと笑う。

 

「あら、何を勘違いしてるのかしら? この部屋の転移先は……異世界は異世界でも……地獄の底よっ!」


 その言葉の意味を理解したのか、アークボルトは立ち上がり駆け出すと、テッサリアの首を掴むとそのまま持ち上げる!

 

「答えろ! それはどう言う意味だ!」

 

「お、お母様ッ! おのれっ! アークボルト! その手を離せッ!」


 剣を抜き放ち激昂するアルマリア……けれど、その姿が急速に薄れていく。

 

「お母様……これはっ!」


 半ば透明になりながら、必死に手を伸ばすアルマリア。

 テッサリアはかろうじて、アルマリアの方へ顔を向けると優しく微笑みかける。


「……いってらっしゃい。お父様に会ったら、10年分たっぷり甘える事……私の分までお願いね」


「ま、待ってください! 私は……」


 ……最後まで言葉を言い終わる前に、アルマリアの姿は完全に消え去る。


「おいっ! 答えろっ! テッサリア……貴様、一体何をしやがった! なぜ、奴だけ消えたっ!」


「ふふっ……途中下車ってところかしらね。超界の門は私の意識とリンクしてるから、この部屋にいるものはいつでも異世界に飛ばせたの。でも、私達の行き先はどこでもない……さしずめ時空の狭間ってところかしらね。この部屋も自壊するように設定したわ。アークボルト……残念ね……あなたはここで、私と共に亜空間を漂うチリのひとつとなるの……どんな気分かしら? 言っとくけど、私を殺したって無駄よ……もう誰にも止められないから」


「ふ、ふざけるなっ! 自滅覚悟だと……貴様にそんな真似……この鉄拳のアークボルト様が貴様なんぞと共倒れだと! そんなもん納得できるか! お、俺はいずれ魔王になる男だぞ……それがこんなっ!」


「……潔く諦めるのね。魔族達だって、変わりつつある……お前のような奴はもう時代遅れなのよ。お前さえ居なくなれば、きっとこの世界も少しはマシになる……私の命と引き換えなら、安いものかしらね……」


「馬鹿な……何故、なんの躊躇いもなく生命を捨てられるんだっ! 貴様なんぞ、勇者の背中に隠れて、震えていただけの取るに足らない臆病者ではなかったのか!」


 光る粒子となって、加速度的に狭くなっていく部屋と、その外側に果てしなく広がる漆黒の無の空間に、アークボルトも己の運命を悟る……。

 

 アークボルトは、歯ぎしりしつつ、血走った目でテッサリアの首を締め上げ続ける……。

 けれど、テッサリアは苦悶にあえぐこともなく、心底嬉しそうに笑っていた。


「……アハハハハッ! あ……あなたには……絶対解らないでしょうね……これが……母親……なの。我が子の為なら生命なんて、惜しくない……あなたの敗因は、私を侮ったこと……勇者の血族の長を舐めた報いと思い……なさい……」


 その言葉を最後まで言い切る前に、不意に空から自由落下するような感覚に捕われる。

 見るとすでにアークボルトは、彫像のように固まった状態で、光る粒子となって虚空へと消えて行く所だった……。

  

 テッサリアの身体も光る粒子状になっていくのが見えた……けれど、思っていたような苦痛も恐怖もなかった。


 空を落ちていく感覚も飛空魔道士なら、日常のようなものであり、この感覚は嫌いではなかった。

 

 テッサリアの胸に去来するは、大きなことを成し遂げた達成感のみだった。


(……エリン、ラナ……随分待たせちゃったけど……そっち行くね。けど、どうせ死ぬなら、タケルベのいる世界で……なんて考えてたけど……案外、いざとなると出来ないもんね……)

 

 かつて、志半ばで倒れていった友の名を呼ぶと、ほっと、ため息を吐いて目を閉じる。


 その瞬間に、テッサリアはとても懐かしい気配を感じた気がした。

 それはかつて先に逝った友であり、愛する人の気配のようでもあった。


 テッサリアは……満ち足りた思いだった。










テッサリアの生死は不明って事にしといてください。

彼女の退場……それが物語の重要ファクターなので……。


モヤッとするって人は、エピローグ前の幕間でも、先に見ればよろしいかと。

それ見れば、二人がどうなったかが何となく解るかと。

……ネタバレ必至なんだけどね。

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