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第十二話「とある母親の最後のメッセージ」①

作者注:第十二話については、テッサリア寄りの三人称視点となります。

タイトル、これまでの話から展開はお察し。

 ――ガウロン神殿の奥深く。

 

 そこでは越界の門と呼ばれる多重巨大魔法陣がおよそ10年ぶりに起動していた。

 魔法陣を起動させたのは、テッサリアだった。


 それは、すでにいつでも世界の壁を超えられる状態になっており、魔法陣の周囲に虹色の池のようなものが広がっていた。

 

 先遣隊として、魔王軍の残置部隊を一瞬で殲滅してしまったテッサリア達も時間があったので、事前準備の一環として、正常か動作するかどうかのチェックとして、魔法陣を起動させていたのだが、何の問題なく起動出来た。

 

 ここまでは、何の問題もなかった。

 

 けれども、この場に招かざる客が訪れた事で、事態は急変した。

 

「なんでぇなんでぇ……せっかく、人がお膳立てして、待ってやってたのに……来たのが、お前ら二人だけかよ。ったく、やりがいないねぇ……。こっちも、お前らの準備が出来るまで待ってやってたんだ……ひとまず、ご苦労とでも言っておいてやるよ」


 2m以上もある筋骨隆々のクマのような大男が小馬鹿にするように、そんなセリフを口にすると不敵な笑みを浮かべる。

 

 その男と対峙するのは、テッサリアとアルマリアの二人。

 

 二人共、すでに戦闘態勢で身構えている。

 

 パルルマーシュから伝えられた魔王十二貴子がタケルべに迫りつつあると言う情報。


 そして、降って湧いたような魔王軍の撤退によるガウロン神殿奪還の好機。

 

 パルルマーシュの働きかけがあったとはいえ、さすがに、美味すぎる話だと、テッサリアも警戒はしていた。


 それもあって、罠の可能性を考えた上で、敢えてアルマリアを連れて先行したのだが。

 

 案の定、罠だったらしい。

 すでに、ガウロン神殿はどこからともなく湧いてきた魔王軍の大軍により包囲されていた。

 それも元々居た2000どころか、倍以上の5000もの大兵力。

 

 ……それだけなら、まだなんとでもなった。

 飛空魔道士相手に数などあまり意味は無いから。


 しかしながら、現れたのがよりにもよって、魔王十二貴子第二位、鉄拳のアークボルト。


 こちらは軍権を握る魔王軍の事実上のトップ。

 そんな大物中の大物が直接、一気呵成に神殿の最深部にまで乗り込んできたのが、テッサリアにとっての誤算だった。

 

 神殿の周辺監視は怠りなかったし、念のための時間稼ぎ用として、神殿の防衛機構も稼働させていたのだけど……どうやらアークボルトは、神殿内に潜伏していたようだった。


 テッサリアもアルマリアも気付いたときには、神殿の最深部への侵入を許してしまっていた。

 

 完全に想定外、状況は圧倒的に不利。


 相手は、純然たる戦闘力では、かつての魔王や勇者タケルベすらも凌駕すると言われるほどの、魔王十二貴子のきっての武闘派。

 

 「殲滅魔人」の異名を取るアルマリアも大概なのだけど、彼女は機動力を使って、相手との距離を取りながら、高火力で制圧するタイプ。

 

 白兵戦も出来なくはないが……三人の娘達の中では、恐らく一番弱い。

 閉所で、こうも間合いが近いと彼女の戦闘力は激減する……。


(この状況……アークボルトが相手では、アルマリア一人ではとても勝てない……私も直接的な戦闘力はさほど高くない……どうすればいい?)


 勇者一族の家長を自認するテッサリアも、この状況が絶体絶命の窮地だという事を理解していた。


 頼みの聖騎士団を率いるラーゼファン達は、未だ到着していない。

 通信魔術の妨害を受けている以上、向こうでも、異変に気付いて急行してくれてるはずなのだけど。

 

 自分達のような超高速飛空魔道士は、騎士団には一人も居ない。


 俊足を誇るリネリアやラファンが獣化したとしても、彼女達の推定現在地から計算すると軽く2-30分はかかる。

 

 すでに、超界の門は開かれてしまっている……敵を完全に殲滅したと思いこんで、油断していた。


 魔族達の情報を鵜呑みにして、信じ切ったのが、そもそも間違いだったのかもしれないが、アークボルトの方が一枚上手……そうとも言えた。

 

 ラーゼファン達の到着を待たずに、超界の門を先に起動したのは、10年も動かしていない超界の門が正常に起動しない可能性が高いと予想されていたからだった。


 それ自体は、時間の短縮と言う面では、そう悪い判断ではなかったのだが……実際はテッサリアが魔力を通しただけで起動した。

 

 アークボルトは、まさにその瞬間を狙っていたのだ。


 いずれにせよ……現状のままでは、アークボルトが望むように、向こう側に厄災とでも言うべき男を行かせてしまう事になり、自分達も殺される可能性が高い……テッサリアはそう判断していたし、恐らくそれは確実な未来と言えた。


 だが、内心の絶望感をアルマリアにもアークボルトにも、悟らせるわけにはいかなかった。

 

「……アークボルト、なぜ貴様がここにいる? 今、魔界では魔王の後継者争いの真っ最中で、我々にちょっかいを出している場合ではなかったのではないか?」


 テッサリアが前に出て、アークボルトを睨みつけながら、ジリジリと前に出る。

 虚勢以外の何物でもないのだが……テッサリアは、震えそうになりながらも、敢えてそうした。


「なんでかって? そりゃ、お前らがこの門を開けて向こう側へ行くって聞いたからな。俺は向こう側でコソコソやってる奴らと違って、めんどくせぇのは嫌いなんだ……。要はこの先にタケルベがいる……そう言う事なんだろ? なら、向こう側行って、手当り次第ふっ飛ばしちまえば、タケルベも始末できて、晴れて俺が魔王様って寸法さ! 何かと楽でいいだろ?」


 その言い草に、テッサリアも呆れ返る。

 

 ――アークボルト。

 比較的、理性的な者が多いと言われる魔王十二貴子の中でも例外とも言える粗暴な男。

 

 魔王十二貴子も本来は二十人位いたらしいのだが。

 魔界の内戦で、そのうちの半数近くの八人が消えた……その話自体は、パルルマーシュから、王国側にもたらされた情報でテッサリア達も知るところだった。

 

 アークボルトは、身内とも言える者達を容赦なく五人も討ち倒した事で、魔王に最も近い男と言われ魔族たちからも恐れられていた。

 

 向こう側の世界がどんな世界なのか、テッサリア達には詳しい話は解らないのだけど。


 人口は恐ろしく多く、こちらと違って戦もなく、人死すら滅多に起きないような平和で高度な文明を持つ地だと言う話はタケルベから聞いていた。

 

 そんな土地で手当り次第、アークボルトのような男が好き勝手に暴れまわる……。

 タケルベに危険が及ぶのも当然なのだが、どれほどの犠牲者が出るか……。

 

 まさに厄災……タケルベ以外に知るものも居ない異世界と言えども……それだけは、阻止しなければならない。

 

 例え、命を捨てる事になろうとも。

 テッサリアは……覚悟を決めた。

 

 アルマリアが、テッサリアに目配せをするとアークボルトを指差す。

 

 それは親子だけに通じるサイン……最大攻撃による制圧許可を求む……だった。

 けれど、それは許可できなかった。

 

 テッサリアも却下の意を込めて、首を横に振る。

 

 「竜撃の嚆矢」


 ……アルマリアの扱える攻撃魔法の中でも、最大最強の威力を誇る対竜、対城塞用の大技。

 

 ネリッサが基礎研究を重ね、ただひたすらに破壊力だけを追求した結果、強大な竜族をも一撃で消し飛ばすような恐ろしく強力な魔術が完成した。

 

 もっとも、ネリッサが組み上げたその大魔術は、その大火力の割に射程が短いと言う難点があり、放ったら最後、自分も巻き込まれると言うどうしょうもない欠陥魔法だった。


 けれど、アルマリアは、テッサリア直伝の弓魔術と組み合わせることで、その欠陥を独自に克服してしまった。

 

 その実用性と尋常ならざる破壊力は、暴虐で知られた火竜族の長を一矢の元に吹き飛ばしたことからも、すでに実戦証明されている。

 

 そんな大技を神殿内という閉鎖空間で放てば、さすがに回避もしようがない……。

 如何にアークボルトと言えど消し炭になる……それは確実だった。

 

 しかしながら、この場でそれを放てば、タケルベの世界とこの世界を繋ぐ唯一の道とも言える超界の門をも破壊してしまう……。


 それに、この間合とあの火力ではアルマリア自身やテッサリアも巻き込まれてしまう。

 

 かと言って、他の魔術となると、アークボルトを確実に討ち取れる保証はない。


 なにより、一撃で仕留められず、接近戦になると、アルマリアではアークボルト相手に万に一つの勝ち目もない……支援魔術中心で直接戦闘能力に劣るテッサリアでは、論外。

 

 倒せる手段もあって、敵も目の前なのに、事実上打つ手が無い……。

 アルマリアとしては、悩ましい状況なのだけれども……テッサリアとしては、彼女の生存を最優先とするつもりだった。

 

 それに、このアークボルトと言う男。

 お互い不戦の協定を結び、タケルベのみを標的とした他の貴子達と違って、異世界でタケルベを追おうとせず、単純に武功を挙げるそのためだけに、軍勢を率いて度々王国に攻めこんでくるような男だった。

 

 魔族達の中でも最も好戦的な一派の代表格。


 戦を好み血を見るのが生き甲斐……かつての魔王のほうがまだまともだった。

 

 ただ壊したいから壊す、殺したいから殺す。

 

 そんな全く意味のない戦いで、倒れていった騎士や一般市民の数は膨大な数に及ぶ。


 逆を言えば、この男さえいなくなれば、魔王軍の中でも好戦的な者達は、その求心力を失い内部分裂を始めるのは間違いなく、すでにその兆候も見えているという話だった。

 

 魔族の穏健派の者達とは、テッサリアも直接会ったことがあるのだが、普通に利害関係の計算が出来て、人族側と話し合いに応じる程度には与し易い相手だった。


 魔王国執政のパルルマーシュに至っては、自分で平和主義者と言って憚らないような者。

 実際、彼女が内政を仕切るようになってから、魔王国は急速に変革しつつあった。


 魔王十二貴子達の中でも、タケルベの命を狙って異世界へ赴いた者達は、その異世界の文明に触れたことで、それぞれ何か思うところがあったらしく、多かれ少なかれ理性的になり、その影響が魔族達の間に広がりつつあるのだった。


 元々魔族達は、食料不足に悩まされていて、その解消の為に人族側の領域に攻めてこんできていたのだが……パルルマーシュが実権を握るようになってからは、向こう側の世界から大量に食料を入手して、食糧問題を解決してしまったらしい……。

 

 かつては考えられなかった魔族と人族の共存……その可能性ですら、まんざら夢物語でもなくなりつつある。


 潮目は確実に変わりつつあった……だが、その最大の障害となっているのがこの男……魔王国の主戦派の頭領とも言えるアークボルトだった。

 

 ……テッサリアは自らの持つ手段で、アルマリアを無事に逃しながら、アークボルトを仕留められるであろう方法を探る……けれど、そんな都合のいいものは見つからない。


(せめて、ラーゼかラファンのどちらかでもいれば……いや、シャーロットやリネリアでもいい。彼女達なら、アークボルト相手といえど、勝てないまでも決して遅れは取らない……あとほんの30分……時間が稼げれば……)


 テッサリアも仲間達さえいてくれれば……と思うのだけど、それは叶わぬ願いだった。

 

 だが……ひとつだけ、この状況下で、テッサリア単独でも確実にアークボルトを始末する方法があった。


 超界の門を暴走させ、次元の狭間へ転送させる。

 この方法ならば、如何にアークボルトと言えど逃れる術はない。


 ……けれど、それは捨て身と同義だった。

 

「で……お前ら、どうするんだ? やりあうつもりなら、相手くらいしてやるが……こんな場所じゃ、お前らはろくすっぽ戦えやしないだろ? ……無駄な抵抗は諦めて、降伏するなら、生命くらいは助けてやるよ」

 

 勝ち誇ったような言葉を口にするアークボルト。

 だが……その言葉は、冷静に二人の戦力を評価した上での事だった。

 

 アークボルトは粗暴ではあるが、愚鈍ではない。


 全てが戦に特化した戦いの申し子。


 それが、魔王軍最強と言われるアークボルトと言う男だった。

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