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第十一話「とある勇者のいい日旅立ち」④

「……シャーロット、少し良いか?」


 お母様が馬を寄せて来ると小声で話しかけてきた。

 私も周囲に悟られないように、頷くだけに留める。


「お母様……どうかされましたか?」


 小声で顔を向けず、返事をする。

 お母様も同じように正面を見つめたまま……現時点で、周りに聞かせたくない話なのだろう。


 お母様は仮にも聖騎士団長……些細な言葉でも、騎士団の者達の士気を左右しかねない立場なのだ。


「いや……正直、上手く行き過ぎてる気がしてならんのだ。お前は現状をどう見る? 何か感じたことは無いか? 心配症なのは自覚しているのだが、妙に落ち着かなくてな……お前の意見を聞きたい」

 

「お母様もそう思いますか? 私も先程から胸騒ぎがして……嫌な感じがしてなりません」


 上手く説明できないのだけど、嫌な予感……そうとしか言いようがなかった。


「あまり自慢にもならないんだが、私はいつも悪い予感ほどよく当たってな……。聞いた話だと私達の祖先は、未来を見る予知能力を持つと言われた竜の巫女だったらしい。だが、私だけならともかく、シャーロットも……となると、ちょっとまずいかもしれないな。と言っても現状、進軍ペースをあげるくらいしか出来ないのだが……ラファン、ちょっと来てくれ!」


 呼ばれて、リネリアとラファンお母様が近づいてくる。

 

「なぁにかな……ラーゼちゃん。あ、そうそう……後方の副団長から、一人落馬しちゃってけが人が出たから、少しペースダウンして欲しいって、伝令が来てたよ!」


「すまないが……むしろ、進軍ペースを上げると伝えて欲しい。あくまで私の勘なんだが……少し嫌な予感がしてな。それに私だけではなく、シャーロットも同じようなことを言っているんだ。これは……罠かもしれない」


 その言葉だけで、全て理解したらしくラファンお母様の表情が真剣なものに変わる。


「にゃにゃっ! 罠って……シャーロットの勘って、めっちゃよく当たるのにゃ! そうなると、先行してるアルマリア達が……危ないって事じゃにゃいのかにゃーっ!」

 

 リネリアが叫ぶ……それを聞いた供回りの騎士達がざわつき始める。

 

 ……お母様が額に手を当てて、空を仰ぐ。


 こらこら……要らない動揺を広げてどうするんだっての……こうなるのが解ってたから、お母様も皆に悟られないように話していたと言うのに……。

 

「……総員傾注ッ! 伝令ッ! たった今、緊急事態の発生を宣告する! これより、女王親衛聖騎士団は、全軍戦闘態勢を取りつつ、進軍速度を最大戦速まで引き上げ、目的地ガウロン神殿へ急行するっ! 落伍者は置いていくからそのつもりでいろ! 後続の従士隊は切り離す故、今のままの行軍ペースを維持! 急ぐ必要はない……落伍者の救援と物資の警護を最優先とせよっ! 伝令諸君は、今の言葉を各級指揮官へ伝達! 復唱の要なし……急げっ!」

 

 さすが、ラファンお母様。

 

 供回りの騎士達の動揺が一瞬で静まってしまった。

 その声が聞こえた者達は一斉に行動を開始したようだった。

 

 ……いつも緩い調子なんだけど、ラファンお母様は、女王近衛騎士ロイヤルガーズの称号を持つ最高位騎士の一人だ。


 その言葉は、騎士団長であるお母様に次ぐ……言わば、女王陛下の代理人のようなものでもあるのだ。

 

「すまないな……いつも助かるラファン」


「うんにゃ……普段、ラーゼにばっかり苦労かけてるしさ。あたしもたまには真面目にやらないとね!」


 一方で、二人が話している間に、私も急いでテッサリアお母様達へ連絡を取ろうとしていたのだが。

 遠話の水晶球からは何の応答もない……映像の代わりに砂嵐のような模様が映るだけだった。

 

「お母様っ! テッサリアお母様との連絡が……強力な妨害波によるものかと」


「……なんだと? おのれっ! 奴らもう動き出したのか……向こうはたった二人……或いは、これが狙いだったか? いずれにせよ騎士団に合わせていては、到底間に合わん……。ここは我々だけでも先行すべきだな。すまないが、ラファン……獣化して、乗せていってくれないか? お前の足なら、間に合うかもしれん」


「了解よ……まぁ、乗り心地は保証しないけどね! なーんか久しぶりって気もするけど、振り落とされんなよー?」


「ふん、誰にものを言っているのだ。我らは10年来の友であり、家族でもあるからな……信頼しているぞ? 白き雷光と呼ばれたその俊足……よもや衰えておらんだろうな?」


「ふふん……王国最速と呼ばれたラファンさんを舐めないでよね。でも、相変わらず、真面目さんだねぇ……ラーゼはっ! テッサリアやアルマリアが危ないってのなら、ちょっと本気だすよ!」


 そう言って、ラファンお母様は獣の姿になり変わる。

 成獣ともなると、全長3m近くにもなる大型肉食動物……フォレストデビル。

 

 お父様は、しきりに「デカいネコ」って言ってたらしい。

 どうも、向こうの世界にはフォレストデビルの小型版みたいなのがいるらしい……見てみたいなソレ。

 

 けれど、その俊足は馬より遥かに早く、森の中でも、木々の枝葉の間を駆け巡ることで尋常ならざる機動力を発揮する……地上最速の獣とも言われている。

 

 本来、瞬発力重視の生態故、持久力には欠けるのだけど、彼らを祖とする獣人達は魔術を併用することで、100ヘグダージュを僅か一時間足らずで駆け抜ける程の足の速さを誇る。

 

 飛翔族と言う翼の生えた魔族の血を引くテッサリアやアルマリアの超高速飛行には及ばないまでも、それに次ぐ俊足を誇るのがラファンお母様とリネリアの獣化形態。

 

 お父様をその背に乗せて、戦場を駆け、共に戦ったその姿は、白亜の鎧をまとい勇者の盾と言われたラーゼファンお母様と並んで、王城の謁見の間に飾られたレリーフにもなっているほどだ。

 

「んじゃ、シャーロットちゃん、うちのバカ娘をちゃんと見といてね!」

 

「にゃにゃっ! むしろそこは逆じゃないのかっ!」


「リネリア、一応シャーロットはお前達の中でも年長なんだから、敬う心を忘れないことだ! シャーロット……お前達は騎士団と共に、後から来るように……いいな?」


「年長っても一月も離れてないにゃん……」


「……あ、あのっ! 私も一緒に参ります! リネリア、私たちも行くよっ! 悪いけど、乗せてっ!」


「はにゃっ! リネリア、まだ子供だからママンほど早く走れないにゃ……アルマリアがいれば、魔王軍なんて1000人集まってもあっという間にふっ飛ばされるんじゃないかにゃー」


「私達は物見遊山に来たわけじゃない! アルマリアだって、一人じゃ出来ることに限度がある! 私達は三人揃って、やっと一人前なんだから……急ごうっ! 悪い予感がするんだ……とにかくっ!」


 私がそう言うと、リネリアも真面目な顔になって、獣化する。

 ラファンお母様とは対象的な漆黒の毛並み。

 

 サラサラのその背中を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らされる……大きな目と口元から覗く鋭いキバは相変わらず、迫力ある。

 

 白い毛並みのラファンお母様にまたがる白い騎士鎧のラーゼファンお母様。

 ちらりとこちらを振り返ると、顎をしゃくる……ついて来いと言う意味だった。

 

 そして、王国騎士の双璧と言われる二人が一体となって駆け出していく。

 

「行くよっ! リネリア! お母様達に遅れを取るなよっ!」


「がーんばーるにゃんっ! ママン、それにラーゼ母様もちょっと待ってーっ! うにゃーっ!」


 リネリアが駆け出す!

 あっという間に騎士団の騎兵達がはるか後方へ遠ざかっていく。

 

 相変わらずとんでもなく早い。

 風が強烈で持って行かれそうになるので、リネリアの前方に風防結界を張り、自分自身の軽量化と、リネリアの持久力強化の補助魔法を施術する。

 

 スピードを出すと空気抵抗も馬鹿にならないし、葉っぱや小石程度でも結構痛い。

 アルマリアも空を飛ぶ時は、必須だって言ってたけど、納得。

 

「シャーロットちゃん、ありがとにゃーっ! 風が来なくなったから、楽ちんだにゃーっ!」

 

 リネリアが嬉しそうにお礼を言うので、返事代わりに頭を撫でる。

 

 ショートカットするつもりらしく、お母様達が街道をそれて森へ突入していく……当然、私たちも後を追う。

 

 リネリアも太い幹を蹴りながら、木から木へと飛び移りながら、ノンストップで森の中をかっ飛んでいく。

 時より、いい感じの場所に木がないような事もあるのだけど、リネリアは空中に足場を築く魔術を使える。

 

 それ故に、そんな場合でも、何事もなかったかのように空中を蹴って、地面に降り立つこともなく進んでいく。

 

 初めて乗せてもらった時は、お互い慣れて無くて幹にぶつかったり、木の枝に引っかかって、私だけ地面に墜落したりと色々無様な姿を晒したものだけど、最近はそんなこともない。


 お母様達を見習って、この二心同体と言うべきコンビネーションを二人で特訓した甲斐があったと実感する。

 

 リネリアの背中に顔を埋めて、バランスをとることに専念する……風防結界を突き抜けてくる小枝やら落ち葉なんかが、頬をかすめるのだけど、いちいち気にも止めない。

 

 頭の横30cmくらいのところを太い枝が通過していくのだけど、それすらも気にしない……怖くたって、我慢する……それが勇者っ!


 けれど、相変わらずの胸騒ぎと、嫌な感じが消えない。

 

(二人共……無事でいてっ!)


 止まない嫌な予感に、私は……二人の無事をただ祈り続けた。

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