第十一話「とある勇者のいい日旅立ち」③
大英雄タケルベお父様。
……私は、お父様とは一度も会ったこともない……。
当然なんだけどね。
けど、肖像画や記録映像で見たその顔は、どことなく妹達やロナンにも通じるものがあって、無条件で親しみを感じるものだった。
かく言う私だって、さりげない仕草とかクセ、表情なんかがそっくり……そんな風にも言われたりする。
私……一応、女の子なんだけどなぁ……男っぽい眉毛とかちょっとは気にしてるんだよね。
この眉毛……お父様そっくりらしいのだけど、正直複雑。
これでも、私は身だしなみとか服装、所作なんかにも色々気を使ってる……。
アルマリアやリネリアは、暑苦しくて動きにくいとか言って履きたがらないけど、私はちゃんとズロース履くようにしてる。
アルマリアは、少しは気にしてるみたいなんだけど、リネリアは全然気にしない。
下着っぽく見える腰回りのモフモフだって、あれ……地毛。
いつも上着やマントを羽織る程度で、限りなく年中全裸で歩いてるようなもんなんだけど、獣人達は私達人族と感覚や常識が違うので、あんまり気にならないらしい……。
アルマリアは……ラファンお母様から剣術を習ったせいか、動きやすさを最優先としているらしく……履かない派だ。
飛行の際は、なるべく軽いほうがいいし、防具や服は最小限にするべきなんだってさ。
……そういうものなのかなー。
テッサリアお母様、そんな事一言も言ってないって言ってたよ?
確かに夏場とか、汗かいて下着が濡れて、気持ち悪いって思うこともあるんだけど。
私の場合、お母様直伝の甲冑剣術だから、鎧を着ている事が戦いの際の前提になってる。
鎧を身につける時はちゃんと下着とかをちゃんと着とかないと、肌に当たって、痣になったり、痛いんだもん……冬場とか超冷たいし、夏はめちゃくちゃ熱くなるし。
私は……二人とは違うのだ。
お母様にも言われてるしね……女の子はお尻冷やしちゃ駄目って。
二人にも、何かにつけて、注意してるんだけど……あんまり聞いてもらえない。
……私が間違ってるのだろうか?
物思いに耽りながら、ふと周囲を見渡してみる。
先陣を努めるのは、私達親子と、騎乗したリネリアとラファンお母様、それに10騎ばかりの供回りの騎士達。
更に後ろには300騎にも及ぶ、騎士団の騎兵が並足で綺麗な二列の行軍縦隊を作って、後続していた。
徒歩の従士隊や荷駄車隊は、更にその後方をゆっくりと着いてきているはずだった。
目的地のガウロン神殿には、今は閉ざされているのだけど、お父様のいる世界へ通じる超界の門が存在する。
神殿自体は数年前に魔王軍に占拠されていたのだけど、撤退の際に封門師達が強固な封印を施していたので、向こう側から開けられるか、お母様達4人のうち誰かが居ないと解除できないような仕組みになっているらしい。
要は、魔王軍にとっては、何の意味もない場所。
これまでは、その戦略的に無意味な神殿に、2000あまりもの魔王軍が駐留していたのだけど。
魔王国執政パルルマーシュと交わされた秘密協定で約束された通り、魔王軍の多くが戦線を縮小するようになり、その一環なのかは定かではないのだが……。
このガウロン神殿からも魔王軍は撤退を開始し、僅か一個小隊程度の兵力しか残存していないと言う千載一遇のチャンスが生まれたのだ。
この門は王国からもほど近く、他はどこも魔王軍に押さえられてしまっていたり、魔王軍に渡すくらいならと破壊されてしまっていた。
何より、10年前お父様を向こうの世界へ帰したのは、この門からだった。
お父様はこの門からこの世界に降り立ったと言う話だったので、そうしたらしいのだけど……。
である以上、向こう側の世界のお父様の近くに出れる可能性が高いと判断されていた。
魔王軍の戦力が激減している隙に、奇襲により残留兵力を撃破し、騎士団と共に一時的に神殿とその周辺地域を占拠。
すみやかに、私達を送り出し、然るべき後に再封印を施し、騎士団とお母様達は総撤退。
王国の最高頭脳と言われ、お父様の軍師でもあったネリッサお母様と、その直属のエリート参謀団が練り上げた作戦プランは、それはもう見事なものだった。
現時点で得られている情報から、このプランが最善と言う話だった。
もちろん、ネリッサお母様のことだから、様々な事態を想定して対応策を考えて、準備を整えていてくれるはずだった。
ただし、私達の帰りのことは、現時点では一切考えられていない。
いかんせん、向こう側の情報が少な過ぎるのだ。
同じ門を使って帰れるかどうかも定かではない……。
向こう側に行って、無事に戻ってこれた者なんて、数えるくらいなのだから、仕方がない。
当然ながら、向こう側からこちらの世界に迷い込む者も何人もいたようなのだけど、その多くが治療の甲斐無く死んでしまう事がほとんどで、封門師達も異世界人については、割りと問答無用で強制送還していた。
お父様のような神の加護を受けたような異世界人は、例外中の例外なのだ。
その為、私達は向こう側の世界について、恐ろしくあやふやな認識しか持てていない。
一応、タケルベお父様から、お母様達は向こう側についての話を色々と聞かされていたのだけど。
門の向こう側の文明は、こちらよりずっと進んでいると言うことや、生活面での雑多な知識とかそんなのばかりで、断片的すぎて、あまり役に立ちそうな知識ではなかった。
けれど、大陸には、いくつか一度も開いたことがないと言われている超界の門があって、封門師の一族に伝わる伝承によると向こう側からなら、開けられるらしい。
なので、帰りはそこを使って戻ってくるのが良いという話にはなってるのだけど。
向こう側からの門の開け方とか……正直、解らないことだらけ。
けれど……最悪、魔王十二貴子の使ってる超界の門を利用して、敵中突破しての帰還だって、私達三人なら、やってやれなくもない。
別に向こうに行ったら最後、絶対に帰れないと決まった訳じゃないのだから、何とでもなる!
とにかく……そのような段取りだった。
こちら側での作戦はともかく、向こう側に行ってからは、もはや行き当たりばったりで無計画以外の何物でもないのだけど、情報が足りないのだから仕方がない。
向こうでお父様と無事に会える保証もないのだけど。
もし会えたら、無条件で力になってくれるはずだと、お母様達は全員一致で断言してくれた。
世話好きで義理堅くて、困ってる人を見ると放っておけない人なんだって……。
そして、仲間や愛する人の為なら自らが傷付くことも、その生命すら惜しまない……勇敢な人。
うーん……お父様。
やっぱり、素敵な人みたいだ……初めて会う時はなんて挨拶しよう。
三つ指突いて、不束者ですが、よろしくお願いします……だっけかな?
いずれにせよ……今のところ、作戦は順調。
騎士団の皆も、しっかり休ませることが出来たし、落伍者も今のところ出ていないらしい。
アルマリアとテッサリアお母様が先行してくれた事で、敵戦力を奇襲で瞬時に殲滅したのも大きい。
アルマリアなら、その程度の戦力……文字通り秒殺しただろうから、魔王軍も救援要請どころか、敵襲の連絡すら出来なかっただろう。
となると、神殿もすでに確保した状態と判断していいだろう。
あとは、私達が追いついて、神殿の周囲に騎士団とお母様達で防御態勢を敷く。
守リに徹する前提なら、従士隊をあわせても800人足らずの騎士団といえど、元々の駐留戦力の2000が取って返してきても半日程度は凌げる。
そんな風に予想されていた。
現状、何もかもが想定の範囲内、委細問題ない……そのはずだったのだけど。
……私は先程から、妙な胸騒ぎがしてならなかった。
言い知れない不安と焦り。
これは……一体なんなのだろう?