第十話「とあるおっさんと新しい出会いの予感」①
頭の悪そうなテロップに、てっきり胡散臭いバラエティ番組か何かかと思ったら、中国地方のローカルニュース番組だった。
TVに写ったその映像は、どうも車載カメラか何かのようなのだけど。
のっけから、高速道路の追い越し車線を750ccの大型バイクくらいあるような巨大なクロ猫が疾走しているというぶっ飛んだ光景だった。
その大きさもトラとかライオンサイズくらいあるように見えるのだけど、あいつら黒くないし顔はどう見ても猫。
それに、白い1mほどの布切れをマントのように体に巻いているらしく、白いのがひらひらと踊っていた。
更にその上に、真っ白なフルフェイスのバケツみたいな兜を被って、同じく白い甲冑を着込んだ小柄の騎士のようなのがまたがっていて、長い槍のような物を威嚇するように振り回している!
直後、その車のドライバーが急ハンドルでも切ったのか、いきなり左手側の土手に向かって突っ走っていって、カメラの視界が一回転……そのまま、ブラックアウト。
……なにこれ?
「な、なんですか? これは……B級映画のワンシーンかなにかですか?」
俺の声を代弁するかのようなアナウンサーの狼狽したセリフ。
「いえいえ、斉藤さん……これは、今朝起きた縦貫道の玉突き事故。その現場で偶然撮られた事故車両の車載カメラの映像なんですよ……我々、CHKのスタッフが独自のルートで入手した映像です」
「またまたぁ……どうせ、ネットのフェイク動画とかでしょう? この時間のニュースで流すような動画じゃないですよ! 何やってんですか! まじめにやらないとまた苦情が来ますよっ!」
「私もそう思うんですけどね……実は別の車で撮影した映像もあるんですよ……こっちはトラックですかね。とにかく、見てくださいよ。中島アナ、それに視聴者の皆様もこの映像を見て、真偽をご判断ください! どうぞっ!」
今度は追い越し車線を走っていると思われるトラックの車載カメラ。
どうやら、巨大猫のすぐ後ろを走っているらしく、猫のお尻とブンブンゆれる尻尾が見える。
運転手も気になったのか、そろそろと距離を詰めていっている。
……やっぱり、デカいクロ猫だ。
こっちはさっきのより、格段に鮮明な映像で尻尾に赤いリボンっぽいのが付いてて、赤い首輪、複雑な模様が描かれた白いマントみたいなのを羽織ってるのがはっきり見える。
それに……なんだ? このトラ猫の周りをクルクルと回ってる光り輝く紋様は?
……こっちのカメラには時速も表示されてるんだけど、時速90kmとの表示。
トラックが巨大猫に近づくとその背中に乗った騎士が振り向いて、槍を振り回してトラックを威嚇し始める。
その鎧にも複雑な紋様が刻まれている……なんか見覚えある紋様のような……。
けれど、威嚇されたことで、トラックのドライバーも驚いたようで、急ブレーキをかけたらしい。
急速に巨大猫との距離が空いていった。
前方では、走行レーンを走っていた乗用車が土手へ向かって、暴走して宙を舞い、そのままひっくり返って走行車線に転がってくる。
それに向かって、後続車が突っ込んでいって……盛大に事故る。
さらに、トラックは停止しかかっていたようなのだが、突如、急加速したように画面が激しくブレると、右側のガードレールが迫り、真っ白になってブラックアウト。
どうやら、急ブレーキをかけたせいで、後続車に追突された……そんな感じだった。
高速道路で、こんな一瞬で全車線が塞がれたら、玉突き衝突事故にもなる……大惨事じゃねぇか。
やがて、TVの画面がスタジオに戻る。
アナウンサー達も思わず、スタジオの画面を見つめながら、無言になっているようだった。
BGMもナレーションも流れず、ただ奇妙な沈黙だけがその場を支配していた。
軽く放送事故なんだけど……誰もそれをツッコめない。
なんと言うか……フェイクで片付けるには、あまりに臨場感がありすぎた。
同じ現場で撮られた別々の二台のカメラの映像。
恐らく見比べてみても、矛盾も編集の痕跡も見つからないだろう。
手近にあったノートパソコンを立ち上げて、ネットのニュースサイトを見ると、どうやら今日の夕方頃にはこの動画が流出していたらしく、すでに話題騒然と言った様子。
幸い死者は出なかったようなのだが……多数の怪我人が発生し、この事故の影響で中国縦貫自動車道は、作州ICと佐用IC間が上下線ともに完全に通行止め。
おかげで、並走する山陽道が大渋滞になった上に、色んなところに波及しまくって、県内各地で渋滞が起こっているらしい……。
そう言えば、帰り道……国道180号がやたら混んでたんだが……コレが原因だったのか。
すでに、有志や自称専門家による動画の検証もおこなれており、現地在住の野次馬によりドローン撮影された縦貫道の多重事故現場あとの写真も公開され、車が突っ込んでえぐられた土手やら、トラックが突っ込んで破壊され対向車線にまで散らばったガードレールの残骸など、それは動画の状況と一致していたようだった。
現場についても特定済みで、兵部県から岡川県に入ってすぐの吉野川を渡った先にあるバス停の前。
……まさかの県内だった。
事故の被害者や通りがかった他の車の目撃者などからも、様々な証言が出ているらしい。
それらの情報をまとめると、どうやらこの猫ライダーは、突如高速道路を横断しようとして、唐突に向きを変えて車と併走、多重衝突事故の現場にも、しばらく留まっていたようなのだけど。
そのまま現場を離れると、中国山中へと消えていったらしい。
また、これは定かな話ではないらしいのだけど、現場では何人か瀕死の重傷を負っていたり、挟まって身動き出来ない者がいたようなのだけど、鎧の騎士が冗談のような力技で車を破壊してくれたり、瀕死の者に何かをしたら、その者達も奇跡のように持ち直したらしい。
……アレだけの規模の事故で中には炎上する車も出ていたような有様だったのに、死者が一名も出ていないのは、その白い小さな騎士のおかげ……そんな話も出ていた。
ただ、この話は余りに眉唾で宇宙人説だの異世界人説、集団幻覚、神の使いなどなど……様々な説が飛び交っており、結論は出ていないようだった。
現場付近では、県警のヘリコプターが飛び交ったり、警察が周辺に非常線を張って、山狩りを始めたりと大騒ぎになっているようだった。
ニュースの方は、何かあったのか……アナウンサーが引きつった表情で「それでは! また、この時間で!」なんてやって、強引に締めくくっていた。
事情はよく解らないが、時間が盛大に余ったらしく、どこか外国の広い川をゆったりとボートが進む光景が流れている。
……これが伝説のNice Boat?
「ねぇ、猛部さん……これって……アルマリアちゃんかヨミコちゃんの関係者なんじゃ……」
祥子が恐る恐ると言った調子で、そんな事を言い出し、俺も我に返る。
……確かに、騎士の身体の大きさもアルマリアをちょっと大きくした程度だった。
それに、鎧に刻まれていた紋様……あれは、聖刻だった。
向こう側の世界の聖騎士と呼ばれていた連中が好んで使っていた文字自体が魔力を持つ……こっちで言う所のルーン魔術に近い代物だ。
聖騎士と言えば……俺の嫁の一人ラーゼファンもその一人。
真面目でお硬い娘だったのだけど、デレるとそりゃあもう甘々で……っと、これは関係ないか。
それに瀕死の人間を治癒したと言う話も……テッサリアの治癒術なら、それくらい訳ない。
魔術による身体強化を使えば、車を素手で持ち上げるくらいの事は軽く出来る。
巨大猫の方も同じようにでかい猫に変身できる奴を俺はよく知っていた。
それにクロ猫の体の周囲を巡っていた紋様。
……アルマリアが使っていた空中の足場にしていた魔法陣。
アレを発動する時に、同じような紋様が空中に描かれていた……あの独特の魔術と体術は、双剣士のラファン直伝だろう。
となると……こりゃ、もうアルマリアに聞くのがてっとり早いな。
「……少なくとも巨大猫の方には心当たりがある……鎧の騎士も……たぶん」
まるで嫌な予感しかしない状況に、思わず頭を抱える。
少なくとも……俺の日常というやつは、どこかに行ってしまったらしい。
かつては、あれほど異世界に帰りたいと願っていたのだけど。
違う! こうじゃないだろっ!
俺はもっとこう……のんびり、まったりとだなっ!
「大変やっ! タケルベはんっ! アルマリアが蛇口ぶっ壊してしもうた! 水が出っぱなしで止まらんのやっ! 早く何とかせんとあかんでっ!」
風呂場から、スブ濡れで胸だけタオルで隠したヨミコが飛び出してきた。
思わず、飲みかけていたお茶を吹く!
もうっ! 次から次へとっ!
「ヨミコちゃん! 下ぁっ!」
祥子が慌てて、手にしていた毛布で隠すのだけど……。
手遅れ……。
「何や? って、ぎゃぁあああああっ! やってもうたぁああああっ!」
真っ赤になって、しゃがみ込むヨミコ。
……なるほど、俺と一緒に風呂とか言われて、嫌そうな顔した訳が何となく解った。
「……タケルベはん……見た? うちの……ばっちり、くっきり見られてしもうたんか?」
恥ずかしそうに、上目遣いで俺を見つめるヨミコ。
俺、何のことか解りませーんっ!
……それになによりっ!
「はぅわーっ! お水が止まりませーんっ! お父様、たすけてーっ!」
助けを求めるアルマリアの悲鳴ッ!
「俺は何も見てないぞっ! アルマリア、待ってろ! すぐ行くぞっ!」
かくして、俺は……昨日の再現フィルムのごとく、風呂場に突入するのであった!
この作品、現実の地名や道路名やら、適当にもじった架空の地名とかが混在してます。
一応、パラレルワールド的な世界なので、地名とか微妙に違うけど、概ね一緒って思ってください。
現実の地名出して、そこが戦場になったりとかしたら、イメージ悪いですよね?
その辺、配慮すべきかなと。