第九話「とあるおっさんの危険な夜」④
それから……。
ちび娘共は二人仲良く呉越同舟お風呂タイム中。
いくらなんでも、ヨミコを一人にさせたら脱走とかされかねないんで、当面終日アルマリアが付きっきりで見張る事になった。
なので、お風呂も二人一緒……となったのだが。
実際、どうなんだこれ?
アルマリアはお父様もご一緒にどうぞ! なんて、大真面目な様子で言ってたけど、ヨミコが涙目になって首振ってたし、祥子さんの目が怖かったしー。
なので、きっぱりお断りしました。
と言うか、いくら協力的になってきたからと言って、敵の捕虜と一緒に風呂はいるって意味が判らんし。
そもそも、ヨミコ……さっき所持品チェックした時に、学生証を見た限りだと。
どうも、中学校一年生らしい。
歳も13歳……さすがに、親子でもアウトだと思うし、赤の他人なんて、もっと駄目なんじゃないの?
なので、却下です。却下、却下でーすっ!
俺、健全紳士路線で生きたいと思ってますから。
なので、祥子と二人きりでちゃぶ台で向かい合って、お茶とか飲んでる。
風呂場からは、アルマリアとヨミコがそれなりに仲良くやってそうな感じの会話が聞こえてくる。
どうも、むしろヨミコがシャワーの使い方とか、身体の洗い方だのをアルマリアに色々教えてくれているらしい。
さっきまで、ガチな殺し合いやってたクセに、戦い終わればノーサイド。
ヨミコ……常識あるし、意外といい子。
どうも俺達と仲良くしたいと言うのは、本当らしい……まぁ、自分で長いものには巻かれるとか言ってたしな。
平和的に決着が付いたのは、多分お互いにとって幸せな事だったのかもしれない。
出来れば、他の魔王の子供たちとも、ヨミコみたいに和解出来れば良いんだけど……。
連中と和解出来れば、ひいては向こう側の世界での魔族と人族の和平すらも実現できるかもしれない。
そうなれば……俺が成し遂げられなかった本当に意味での平和ってものが訪れる。
それにしても、そんな風に考えるなんて、かつての俺からは考えられないような話だった。
そもそも、向こう側の世界では魔族達との交流なんて論外だったし、基本的に顔を合わせれば、命がけの殺し合い……それが俺と奴らの関係だった。
なにせ、目的も利害もまるで正反対……奴らは、向こうの世界の大陸各地に設置された要石と呼ばれる巨大魔法陣を全て破壊し尽くすのが目的だったし、こちらはそれを守る為に戦っていた。
要石が破壊されるとその周辺は魔族たちの領域のように不毛な大地と化し、それが続けば人は、生活領域を奪われて、滅びの道へまっしぐら……そう聞いていた。
実際、魔族との戦いで、要石の多くが破壊され……豊かだった土地が僅か数日で、不毛の土地と化して行くのを俺もこの目で見たのだ。
魔王の主張としては、大陸から要石が全てなくなれば、マナの流れが正常化し、世界は本来あるべき姿に生まれ変わる……そんな風に言っていたが。
……とても、信じられるような話ではなかった。
だからこそ……魔族達とは決して相容れることもなく、言わばお互いの存亡を賭けた争いとなっていたのだ。
そこには、一切の許容も容赦もなく……お互いへ慈悲すらなかった。
あったのは、敵意と憎しみの連鎖、積み重なっていく悲しみと幾多の滅び。
そして、そんな中でも、たったひとつ失われなかった誇り高い強き敵へのささやかな敬意のみだった。
あれから考えると、つくづく、俺も丸くなったのだなぁ……。
向こうの世界で、さんざん魔族達の命を奪い、多くの人の死に携わったと言うのに……。
魔族のヨミコを殺さずに済んだ事を俺は素直に喜んでいたし、向こうの世界で殺し合っていた二人が仲良くしていると言うこの現状を……尊いものだと感じていた。
罪滅ぼしからか? いや、これは単に、歳を取ったから……なのかも。
最近は、昔と違って人と競ったり、争ったりとかむしろ、面倒くさいと感じるようになっていた。
若い頃には、うだつの上がらない中年サラリーマンの悲哀とか、ヘコヘコと頭を下げて、争いを回避する情けない親父の後ろ姿とか。
とても理解できないし、情けない……そう思っていたのだけど。
今では、そう言うのも理解できる気がした。
最近はすっかり熱意とか、そう言うのとは縁遠くなってしまった。
いきり立ってる若いチンピラまがいのヤツとか、路上で大声で笑いあう学生だのを見てると、元気だなぁと思わずにはいられない。
この田舎特有の静かで時間がゆっくりと流れるような感覚。
この空気にいつの間にか馴染んでしまったのかもしれない。
昔だったら、こんな退屈な所……さっさと捨てて、もっと便利で賑やかな都会で暮らしたがってただろう。
けれど、こう言うのも悪くない……そんな風に思い始めていたんだ。
やっぱ、年食ったんだなぁ……俺。
「祥子は……帰らなくて良いのか? なんなら、送っていくぞ」
ふと気づけば、時刻はもう夜の9時過ぎ。
いい加減、親御さんも心配する時間だった。
「あはは……もう冬休みだし、今日は泊まりって言ってきちゃった。お泊りセットも持参済み……駄目?」
どうやら、初めからそう言うつもりだったらしい。
どおりで、荷物もやたら多かったわけだ。
多分……俺の事を心配してくれたんだろうな。
慣れない子供の世話とか……俺一人じゃ、問題ありまくりだから、手伝う気満々だったのだろう。
こいつは、そういう世話やきたがりな奴だからな……。
実際、今日も色々世話になったし、さっきも祥子……サンがいたから楽勝だっただけで、ヨミコとまともに戦ってたら、危なかった。
あの調子だと、祥子サンがいればヨミコも迂闊な真似はしないだろうから、泊まって行ってくれるなら、俺としても安心して寝られるし、アルマリアも大分楽が出来るだろう。
「別にいいけど……どこに寝るつもりなんだよ」
「一応、マイ毛布持ってきてるよ! 見て、クマのポーさん毛布! こないだゲーセンでゲットしちゃった!」
嬉しそうに黄色くてケツのデカいクマのイラスト入りの毛布を広げる祥子サン。
ちなみに、祥子の呼び名がサン付けなのは多分気のせいだ。
コイツに逆らっちゃ駄目とか、魂に刻まれたせいとか別にそう言うのじゃないから。
「はぁ……好きにしてくれ。そうなると、俺は寝袋で寝るか……まぁ、こたつ出して、ストーブつけとけば、なんとかなんだろ」
言いながら、テレビのリモコンを操作して、TVを点けると適当なチャンネルに合わせては変えていく。
話はまとまったし、今は二人きりだから、色々と間が持たない。
「……そういや、猛部さんの部屋に泊まるのって、お久しぶりだよね。昔はよく泊まりに来てたけど、あれ……お泊まり会みたいで結構楽しかったよ。えへへ……あの頃とこの部屋、ちっとも変わってないね」
確かに、こいつが俺の部屋に泊まるとか、久しぶりなんだよな。
祥子の両親やケンゾーさんが揃って家を空ける時がたまにあって、小中学生の時とか、夜女の子一人じゃ物騒だからって、預かることもあったんだ。
なんせ、コイツの家って山の中のお寺の離れだからな……子供一人で留守番なんて、とてもさせられない。
結構な頻度だったもんで、歯ブラシやらお風呂セット、着替えや布団なんかも置かれてたくらいだった。
詳しいことは、聞かされてなかったのだけど……「お役目」って言葉をよく聞いた。
もっとも、さすがに高校生になったら、それもなくなってた。
まがりなりにも女子高生がこんな中年のおっさんの部屋でお泊りとか……さすがに外聞がよろしくないと思っていたし、その「お役目」に祥子も連れて行かれるようになったからだ。
ぼんやりと、そんな事を考えていると、祥子はちょっと照れたように、胸元を隠すとさっと目線を逸らされる。
いかんいかん、ついついその豊満なバストとかに目が行ってしまった。
昔は、こんな立派じゃなかったのに……高校生になってから、急激に育ちやがった。
いつも胸元はだけてるのも、ボタン全部止めると、ちょっとした拍子でボタンがはじけ飛ぶかららしい……どんだけなんだよっ!
おまけに典型的な安産体型でお尻もドーン! まさに、ボンキュッボン!
まったく、けしからんっ! 本当にけしからんなっ!
とりあえず、なんとなく気まずくなったので……慌てて、俺もTVの画面に目線を変える。
『中国縦貫道に巨大猫ライダー現る?!』
適当に合わせたチャンネルに、そんなテロップが表示されたのを見て、思わずチャンネルを変える手を止める。
すまない……まず、日本語で頼む。