第八話「とあるおっさんの本気、でも娘にゃ勝てそうにない」②
「おおお……な、なんだそりゃあ……」
もう、むちゃくちゃだった。
テッサリアだって、ここまでの大技は使ってなかった。
同名の弓魔術「七つ落星」自体は知ってるが、あれはせいぜい一発の矢が七つに分離するくらいだった。
コレはあれをさらにパワーアップさせ、二段分離、総計49連なんて無茶な規模の代物。
これはもう、対個人用なんかじゃない。
対軍勢殲滅用……「殲滅魔人」の二つ名通りの超必殺技だ。
正真正銘、アルマリアの本気ッ! ヤバイ! ヤバすぎるッ!
連続する爆発音と辺り一帯を吹き飛ばすほどの勢いの連撃……もはや、そこは地獄絵図。
こんなもん食らったら、俺の軽気功だって、意味をなさない。
この軽気功も万能無敵の防御なんかには、ほど遠い。
身体を掴まれた上で、当て身でも食らえばまともに衝撃を受けるし、軽くなる以上踏ん張りも効かないから、さっきみたいに紙きれのように吹き飛ばされる。
狭いところで使うのは、自殺行為だ。
こんな広範囲攻撃なんて食らった日には、四方八方からの爆圧に押しつぶされるのが関の山。
これを防ぐような手立ては、少なくとも今の俺にはない。
アルマリアが味方で良かった!
「げふっげふんっ! こんにゃろーっ! よくもやりよったな! アルマリアッ! こんなもん、うちじゃなかったら即死やぞ!」
もうもうたる爆煙の中から、割りと元気そうなヨミコが姿を見せる。
どうやら全周防御タイプの防壁を張っていたらしい……アルマリアの攻撃も尋常じゃない威力のようで、流れ弾で路上の車が跡形もなく吹き飛んで、道路にも大きなクレーターがいくつも出来ているような有様。
文字通り爆撃でもされたかのように……見慣れた街の風景が瓦礫の山にしか見えないような無残な姿となっている。
そんなものの直撃を平然と受け止める辺り、このヨミコとやらもやはり相当なものだ。
けれど、本人は無事でも足場にしていた建物は無事で済むはずもなく、すでに半壊状態……端の方からガラガラと崩壊を始めていた。
だが、当の本人はそのことにまだ気付いていないようだった。
いや……正確には、アルマリアが容赦なく放つボウガンの矢を防ぐのに手一杯な様子。
「わっ! わっ! アルマリア、あんた……加減ってもんを知らんのかっ! う、うちはドラゴンちゃうで! こんなもん、食らったら死んでまうがな! ちゅうか、いい加減にせいやーっ!」
ピンポイントタイプの防壁で、巧みにアルマリアの攻撃を防ぎながら、ヨミコも火炎球を連続投射!
その一発一発が人間に当たれば消し炭になる程度の威力はある。
けれど、アルマリアも次々に矢を放って、その尽くを空中で迎撃する!
どっちも殺意に満ちた技の応酬……アルマリアも一歩たりとも引く気はないらしい。
双方の砲撃戦は、互いに拮抗した状態となり、一進一退の撃ち合いが続く。
「お父様は絶対に私が守るんだっ! お父様を苦しめたお前を、私は許さないっ!」
アルマリアの叫びとともに、目に見えるほどの魔力の奔流がアルマリアに集まっていく!
これは……大技の前兆っ!
「喰らえっ! 奥義ッ! 竜破の嚆矢ッ! この一撃は、龍の鱗すらも穿ち砕く竜破の一矢! 止められるものなら止めてみせろ!」
アルマリアが構えるボウガンから、一際、強力そうな赤く光る矢が放たれる!
「すげぇ……ネリッサが開発してた対ドラゴン用の大魔術じゃないか……あれの投射タイプなのか?」
それは、まっすぐヨミコへと飛んで行くのだが、カクンと不自然な軌道を描くと、斜め下に向かって飛んでいく。
どうやら、逸らされたらしい……。
「甘いわっ! そんなトロ臭い大技、素直に当たってやるもんかい! 舐めんな! このどアホっ!」
ドヤ顔のヨミコ。
……どうでもいいけど、中指立てんな。
一瞬遅れて、ブワッと強烈な風が吹く。
どうやら、強力な風魔法の結界か何かで逸したらしい……。
あれを防ぐのではなく、迷わず逸らす辺り、なかなかの防御巧者らしい。
あれは、徹底的に魔力を一点集中することで、ドラゴンの強力な魔術防壁と強固な鱗を貫き、その生命を断つ……そう言うものだから、人間の扱えるレベルの防壁では止められない。
ネリッサの使ってた奴は、射程が短いと言う欠陥があって、下手をすると自分も巻き込まれるような代物だったのだけど。
防御はまず不可能……避けるか逸らすのが正解……なのだが。
アルマリアの放ったその一撃は、ヨミコが陣取る建物の一階部分に飛び込むと、ワンテンポ置いて盛大に大爆発を起こす。
『竜破の嚆矢』
文字通り対ドラゴン用の大技! その威力は半端じゃなく、一階と二階部分の窓や扉が一斉に吹き飛ぶと、一階部分だけがペシャンと崩落する。
それをきっかけに、たちまち建物全てが崩れていく。
「あ、ちょっ! タンマーッ!」
叫びながら、傾き崩れていく建物の屋上で、必死な形相で駆け回るヨミコ。
どんどん急角度になっていく足場を駆け上り、完全に足場が崩れ去る前にかろうじて、隣の建物に飛び移り、難を逃れる。
「おおおっ! すげぇっ!」
見事なアクロバットアクションに、思わず感嘆の声が漏れる。
けれど……そこまでだった。
逃げた先の隣の建物も崩落の余波を食らって、連鎖的に崩れ傾いていく。
「こら、あっかーんっ! どっちもこっちも駄目やーんっ!」
絶叫しつつ、ワタワタと建物の屋根の上で、右往左往するヨミコ。
更に、アルマリアの狙撃……と言うよりも、砲撃が続く。
一応、ボウガンから撃ってるのだけど、一撃一撃の威力が尋常じゃない。
コンクリのビルの壁に1mくらいの大穴が次々空いていく。
まるで、戦車か何かが砲撃しているようだった。
殲滅魔人……その二つ名は伊達じゃなかった。
うちの娘……やべぇ。
やがて、崩壊する建物の瓦礫とともにヨミコの姿も消えていった。
もうもうたる埃と煙が迫り、思わず後ろに下がりながら祥子の姿を探す。
……いねぇしっ!
さっきまで、俺の背後にいたはずなのに、いつのまにかいなくなっていた。
……まさか、巻き込まれちゃいないよな……。
と言うか……アルマリアもこんな街の一角を更地にするなんて、どう見てもやりすぎだ。
もう、むっちゃくちゃなんであるっ!
「あいたたたぁ……いくら鏡像空間やからって、こんな対ドラゴンクラスの大技、連発せんでもええやん……空間隔離して正解やったわ……今のうちに逃げてまおう、こんなんやっとれんわ」
真っ白な埃で視界ゼロ……そんな中、唐突に、ヨミコのボヤキが聞こえて来た。
あれに巻き込まれて、無事だった上に……案外近くにいるようだ。
考えてみれば、俺の居た所辺りは建物の崩落の影響も及ばず、安全地帯だった。
無事なところを探して、俺の近くまで逃げてきたのかも知れなかった。
むしろ、これはチャンス! 上手く背後でも取れれば、或いは!
「って! うぎゃああああっ! なんで、お前がおるねーんっ!」
俺が動くより早く、ヨミコの絶叫が響き渡った。
建物の崩落で立ち込めていた煙が晴れていくと、腰が抜けたように座り込んだヨミコの目前に、怒りに打ち震える祥子が立っているのが見えた。
祥子の奴……いくらなんでも無謀過ぎるッ!
奴はああ見えて、魔族のトップクラス……はっきり言って、ライオン相手に素手で挑むほうがまだマシ。
魔族の上級魔術師と一般人なんて、軽くそれくらい……いやもっと、戦闘力に差がある。
いくら知らないからって、無茶にも程があった!
「ふっふふーん、やっと降りてきたわね……いらっしゃいませー! そこのチビ子ちゃん、選ばせたげるわ……グーパンとケリどっちがお好きですかー?」
そう言って、嬉しそうに拳をバキバキと鳴らしながら、笑顔を浮かべる祥子。
その笑顔はいつもと変わらず、イレブンマートでいつも俺を迎えてくれるあの笑顔と何ら変わりないのだが。
……目が笑ってない! ヤバイ! ヤバイ! ヤバイッ!