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第八話「とあるおっさんの本気、でも娘にゃ勝てそうにない」①

「馬鹿野郎っ! お前が出しゃばって、なんとかなるような相手じゃない! 引っ込んでろって!」


 そう言って、下がらせようと肩を掴むとむしろ払い退けられる。

 

「うっさい! オッサンは黙っとりぃや!」


 振り返ったその目付きは、近眼で良く見えないのを目を細めて見ようとしてるもんだから、凶悪そのもの。

 眉間にも皺がよってて、マジで怖い……子供が見たら、多分泣く。

 

 おまけに、ネィティブ岡川弁は、普通にやくざ言葉と大差ない。

 ドスの利いたその口調は、帝都在住の連中あたりが耳にしたら、それだけで凍り付く。

 

「あっ、はい」


 思わず、マヌケな返事を返してしまう。

 

 直後に祥子の背後で爆発……けれど、熱風も衝撃波も一切来ない。


 どうやら火炎球が空中で炸裂したらしいのだが。

 今の間合いだと確実に爆風に巻き込まれるはず……なんで?

 

「ちょ、ちょっとまちぃや! そこのメガネ! なに結界なんて張ってんのや! どっこが一般人なんねん!」


 ヨミコの切羽詰まった声。


 やっぱり、結界だったよね……今の。

 ひょっとして、最初のファイアボールも俺が叩き落としたんじゃなくて、祥子が結界でも張ってくれた?

 

 ……祥子ってなんなの? 寺生まれだから?

 破ァーッ! で、かめはめっぽいビームとか出せたりするの、もしかして?


「うっさい! こんチビガキッ! そもそも、人様を見下ろすとかその時点で気に食わん! まずはそっから降りてきぃや! 話はそれからっ! はよしねやっ!」


 ……一応、解説しよう。

 

「はよしねっ!」と言うのは、岡川の女言葉の方言として有名。

 標準語だと、はやくしろよと言ったニュアンスで、どちらかと言うと「はよしんさい」とかやんわりとした表現の方が多用される。

 

 けど、いい加減ブチ切れたり、切羽詰った時は、こっちの方が出るらしくて、他県の人が聞くとドン引きする言葉のナンバーワンだ。

 

 福井あたりでも同じような方言があるらしいのだけど、用法はほとんど一緒。

 関西弁の「はよせい」が乱雑になったものとも言われている。

 

 別に、さっさと死ねと言う意味じゃあないのだけど、自分の子供相手に使うご婦人方も多くて、要らない誤解を与えるケースが多いと言う……かく言う俺も昔、モタモタしてるとおふくろにそんな風に怒鳴られたものだ。

 

 いわば、岡川女子の最終警告的な言葉だな。


「死ねだのなんだの、んな物騒な事言ってる上に、そんな殺気むき出しの奴の目の前に誰が降りるかいっ! このバァーカッ! あほかっ! うちは、自分では戦わん主義なんや! もうええわっ! ゴーレムにでも潰されてろっちゅーねん! このブスメガネッ!」


 案の定通じてない。

 微妙に噛み合ってない会話なのだけど……ヨミコとやらの罵声の数々に、祥子さんの怒りゲージはもはやフルMAX!

 

 その背中からにじみ出る殺気に思わず、身体がすくみ上がる。

 俺だったら、もう土下座だね! こえぇ! 祥子サン、マジパネェ!

 

 けれど、祥子の目の前のアスファルトにヒビが入ると、下から土塊がもこもことと盛り上がって、クレイゴーレムが生えてくる!

 

 それが動き出すより早く、祥子を突き飛ばして、俺も駆け出すと、その頭の部分にポールを突き刺す!

 

 アルマリアも言っていたが、クレイゴーレムは頭部にコアと呼ばれる魔力塊が仕込まれている。

 生成時にも頭が真っ先に作られており、アルマリアも頭部を破壊することで無力化していた。

 

 立ち上がられてしまうと、飛び道具以外で頭部を狙うのは至難の業となるのだが。

 生成中なら、狙い放題! これならっ!

 

 ……と思ったのだけど。

 

 ポールは地面に突き刺したような微妙な手応えだけ残して、あっさり突き抜けてしまい……ゴーレムが止まる様子もなかった……どうやら、全く意味がなかったらしい。

 

 やっぱり、魔力を込めた攻撃でないと意味がなかったか……。

 そうこうしているうちに、見る間に腕が形作られて、横薙ぎでその電柱のような腕が迫る!

 

「くそっ! マズった!」


 仕留められると思って踏み込みすぎたっ! このタイミング……回避は間に合わない!

 唸りを上げて迫る巨大な鉄拳……こんなのを食らって、無事で済むはずがない。 


 だが、俺は敢えて、その場で目を閉じて身体を脱力させる……。

 そして、心を落ち着かせ……空っぽにする。

 

 直後にドンッと突き飛ばされたような感覚……だが、風に舞う鳥の羽のように、軽々と俺の身体は宙を舞う。

 

 ぶっつけ本番で久しぶりだったのだが、上手く行ったらしい。

 

 軽気とも軟功とも言う防御方法。

 

 ……硬功と言われる身体を固く強くさせるものと正反対のもの。

 言ってみれば、風にそよぐ葦の如く、身体を柔らかく軽くさせて衝撃を受け流す体術の一種だ。


 敢えて、目を閉じ、雑念を捨て、心を空っぽにする……いわゆる無の境地。


 その境地に至った時、初めて出来る究極の防御方法。


 鳥の羽を渾身の力で突こうが、殴ろうが何の意味もない。

 それと同様、瞬間的に体重をゼロに近づけて、あらゆる衝撃を無効化する。


 魔術とは一切関係ない純粋な体術の一種だから、こちらの世界でも問題なく使える。

 

 そもそも、この軽気功の元となる気功術自体が若い頃、中国に渡った頃に酔狂で覚えた中国拳法の技でもある。

 こっちに居た頃は、心底胡散臭いと思っていた上に、そんな事、出来るわけがないと思っていて、全く話にならなかったのだけど。


 向こうの世界での、魔王との戦いの最中に、俺はこの技を完成させることが出来た。


 何の事はない。

 出来る訳がない……その思い込みが可能な事を不可能にしていた……ただそれだけに過ぎなかったのだ。


 これに加えて、俺には例の危機察知能力がある。

 この2つの組み合わせは、ほとんど鉄壁の守りのようなものだ。

 

 だからこそ、俺は魔王軍にも不死身と言われ恐れられ、味方からも何があっても絶対に生還する男と言われていたのだ。


 俺、すっかりおっさんになっちゃったし、昔みたいにチートじゃないけど、簡単にゃ死なねーよ?


 目を開けると、完全に立ち上がったゴーレムが鉄拳を振り上げながら向かってくるのが見えた。

 こちらは放物線を描きながら、まだ空中にいる……どうやら、着地点を狙うつもりらしい……。

 

「ちっ……意外と小賢しいな」

 

 結構な高さに吹き飛ばされたから、着地の衝撃を殺すためにどうしても無防備な瞬間が出来る。


 さすがにちょっとこれは、マズい。

 

 景色がコマ送りのように見えるが……これは意識が加速されているだけ。

 物理法則には、逆らえない。

 

 だが……その振りかざした腕が途中からちぎれ飛ぶと、反対側の腕、右足、左足と、ゴーレムがバラバラになっていく。

 

 更に光る矢のようなものが、だるま状態になって、地面に転がったクレイゴーレムの頭に突き刺さると、ごっそりとその頭が消滅する。

 

 ……確か「消失の矢(バニシングショット)」とか言う当たったところの空間ごと消し飛ばす、テッサリアが良く使ってた対装甲用の弓魔術だ。

 

 装甲や甲殻外皮と言った物理防御を無視して、当たった箇所周辺の空間ごと削り取るので、デカイ奴や重装甲の奴に有効……とにかく、やべぇ奴。


 これを防ぐには、対魔術障壁か投射系の攻撃魔術で相殺迎撃する他ない。

 たぶん戦車相手でも戦えるくらいには強力な魔術の一つ。

 

 矢の飛んできた方向を見ると、何体ものゴーレムの残骸の中でボウガンを構えたアルマリアの姿が目に飛び込んできた。

 

「お父様! ご無事ですか!」


「うん、いいタイミングだった……よくやってくれた!」


 軽く20mくらいゴロゴロと転がりながら着地すると、アルマリアへ向かって親指を立てる……ナイス援護ッ!

 出来ることなら、今すぐ抱きしめてやりたいくらい最高のタイミングだった!

 

 もうひとつ、俺を不死身と言わしめていたのは、他ならぬテッサリア達仲間の存在。

 彼女たちの的確な援護、支援があってこそ、俺は幾多の危機を乗り越えてきたのだ。


 あいつらの代わりを俺の娘はしっかりと果たしてくれていた。


「なんや、今ので仕留めたと思ったんやけどな……アルマリア、ええとこで邪魔すんな! なんやねん……ダース単位のゴーレムを差し向けたのに、もう片付けたんか!」


「黙れ! もう許さない! あなたは……確実にここで始末する! 征けっ! 降りしきる雨の如く! 雨に打たれし炎の如く、消え失せろ! 七ツ落星(ななつおちぼし)重連散華(じゅうれんさんげ)ッ!」

 

 空に向かって一本の矢を放つと、それは高い放物線を描きながら7つに分かれて、更にそれぞれが7つに分裂すると、ヨミコの頭上に降り注ぐ!


 推定50発あまりの猛爆撃……ヨミコの周囲は、一瞬で爆炎に包まれる。

 

 「殲滅魔人(エクスターミネイター)


 ……ヨミコは、アルマリアの事をそう呼んでいた。

 

 その意味を俺は思い知ったような気がした。

「はよしねー!」は、大体キレた時の言葉なので、本人解ってないと言う。

方言ってのは、言ってる本人自覚してないのよね。


「軽気功」ってなんやねん? って人は「スプリガン 朧」とでもググってください。

はっきり言ってチート能力なんですが、あそこまですごい技って訳でもないです。

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