第二話「とあるおっさんの若さ故の過ちと言うやつ」①
「……そうなると、お前は俺の娘で、母親はあのテッサリアってことか」
「はい! 私、アルマリアと言います! あ、あの……お、お父様……初めまして……」
ちゃぶ台の反対側で、ちょこんと正座をし、三つ指付いて彼女はそう言った。
そう言えば、テッサリアに教えたなぁ……嫁入り前はこうしろって。
けど……なんか、いきなり当たり前のようにお父様とか言われてるし……どうしろってんだこれ?
見た目は……悪くない。
黒い髪のショートカットで活動的……もみあげの所だけは長くした感じで、一昔前のロリキャラでよく居たような雰囲気でもある。
……大きな緑味がかった灰色の眼と日に焼けた健康的な浅黒い肌の南国風の美少女って感じだった。
このまま順当に育ったら、相当な美人になりそうな……将来が期待できそうな娘だった。
うーん、子供……娘か。
心当たりがないと、言えば……嘘になる。
……ありますとも、ありますとも。
こちらの世界に戻る前には、テッサリア……俺の相棒とは、色々ありましたから……。
世界を救って、元の世界に戻らざるをえないと解ってからは、色々盛り上がって……だね。
でも……魔王軍との決戦前に、お互い何かあっても思い残すことがないようにって、ちゃんと結婚式だってあげたんだぞ! だから、テッサリアは正式な俺の奥さんなのだ。
もっとも、テッサリアとの結婚式の最中に、他の仲間達の娘達も花嫁衣装で現れて……誰を選ぶって迫られて……。
結論、全員俺の嫁っ! なーんてやらかしたもんだ。
ホント、あの日の俺……爆発しろ。
と言うか、必然的にテッサリアだけじゃなく、他にも何人も身に覚えがある訳なのだが……。
……聖騎士ラーゼファン、魔術師のネリッサ、双剣の猫耳獣人ラファン……。
そして、飛空魔道士にして、治癒術師のテッサリア。
この4人は俺のパーティーの仲間でありながら、全員例の俺の嫁さん達でもある。
さらに、王女様とも婚約していたのだから、あのまま順当にあの世界にいられたら、王様とかなってたかもしれない。
けど……それも10年も前の事。
今の俺……絶賛、独身中年やめも暮らし。
なんか、最近体調が優れなくて、少しは健康に気を使おうとか思い始めた今日このごろ。
年は取りたくないもので、30半ばを過ぎた頃辺りから、色んな所にガタや衰えを感じだした。
ガードレールをカッコよく飛び越そうとして、弁慶をぶつけて悶絶したり……。
終電ダッシュで、あっさり力尽きて、終電バイバイしちゃったり……。
……若い頃は当たり前のようにこなしてた徹夜なんて、もう出来ないねー。
ちょっとハッスルして慣れない運動したりすると、数日間に渡って筋肉痛に悶える羽目になる。
まさにオッサン……進歩したところと言えば、胸毛がもっさもさになった事と、反比例するように微妙に寂しくなってきた頭髪。
顎髭とかも生やして、ちょっと渋めのちょい悪オヤジを気取ってみてるけど、タレ気味の目付きのせいでイマイチ迫力に欠ける。
風呂の排水口にごっそりたまった抜け毛を見るたびに、酷く物悲しくなる……そこら辺によくいる冴えないオッサンである。
けど……。
そんな俺の所に、いきなりこんな、チビ娘が押しかけてくるとか、どう言う展開よ?
押しかけ女房? いや、ちょっと違うか。
お前なんか知らん……と言って、追い出すのは簡単なのだが。
どうにもそんな気になれなかった。
なにせ、コイツときたら、なんとも言えない見覚え感があるのだから。
全然、他人とは思えない……実際、そうらしいのだが……すごく納得。
何と言うか……人間ってやつは、本能レベルで身内だと理解できるのだろうか?
そう言えば、妹の子供……甥っ子がこんな感じだったな。
あのクソガキも初めて会った時、全然他人という気がしなかった。
それに……もう面影も薄れつつある、俺の愛した女テッサリア。
彼女の面影をこの娘は色濃く残していた……。
「お父様……ね。まぁ、それは認めよう……娘だってのもよく解る。とりあえず、これでも飲んで、落ち着け」
俺がそう言うと、彼女は安心したように顔を上げると、ぎこちないながらも笑顔を浮かべる。
とりあえず、冷蔵庫にあったコーラをコップに注いで、目の前においてやる。
大分気が抜けてるようで、かすかに泡立つ程度なのだが。
案の定見たこともないようで、コップを抱えて、じっと泡を見つめるだけで手を付けようとしない。
仕方なしに、俺もコーラをラッパ飲みして見せてやる。
それを見て、彼女もそれが飲み物だと理解したようで、おずおずと一口。
びっくりしたように、パァッと言った感じの笑顔を浮かべると、一気に飲み干してしまう。
やっぱり、のどが渇いていたらしかった。
「お、美味しいです! すごくっ!」
先程までのぎこちない作り笑顔と違って、普通に可愛らしい笑顔だった。
……と言っても、異性としてとかそう言うのとは、なんか違う。
なんだろう? 野良猫とかを可愛がってる時の感覚に似てる。
守りたいこの笑顔……とでも言うのだろうか?
なんだかんだで、無条件で彼女のことを受け入れて、守ってやらねばと妙な使命感に駆られている自分が居た。
それにしても、話が違う……俺はそう思いつつあった。
こいつ……アルマリアは、要するに異世界人だ。
異世界人は、こちらの世界に来ると、生きるために必要なエネルギー……マナの供給が受けられなくなり、急速に衰弱して死に至ると聞いていた。
それは、俺も同様で向こうの世界では、あっという間に衰弱して、せいぜい数日程度しか生きられないのだ。
にも関わらず、俺は向こうの世界の住民同様……それどころか、更にそれを上回る勇者特有の特異魔術を使いこなし、最終的に魔王すらも圧倒するほどまでになった。
俺は、特別な存在。
そう思っていたし、俺はあのまま向こうの世界に骨を埋めるつもりだった。
けれども、それは期間限定のある種の特例のようなものだったのだ。
俺には、神様の加護がかかっていて、その加護のおかげで問題がなかった……そういう事だったのだ。
だからこそ、魔王を倒すと言うその本来の役目を終え、元の世界に戻ることを拒否した結果……。
神様の加護を失ってしまった俺は、嫌が応にもそれを実感する羽目になった。
まず、食べ物も水も受け付けなくなり、急速に身体が動かなくなっていき……やがて、息をするのすら、苦しくなって……。
この世界に留まる以上、神様の加護を失った俺は死を免れない。
死にたくなければ、元の世界に戻るしか無い……僅か3日で、俺はそう悟ったのだ。
当然、周りの者達も手をつくして、方策を探ったのだけど……衰弱のペースを軽減させて、延命させるのがやっとだった。
だからこそ、俺は元の世界に戻るという選択をせざるを得なかったのだ。
今思えば、最初に俺をあの世界に導いた女神様……アレは、俺が第二の魔王になることを恐れたのかも知れない。
魔王を倒した時に、死に際の魔王から語られた言葉を思い起こしても、それは無理もない話だった。
だからこそ、あの世界の人々とも今生の別れとなってしまったのだ。
……そのはずだったのだけれど。
このアルマリアと言う異世界人にして、俺の娘とやらは平然とこの場にいる……これはどういう事なのだろう?