第六話「とあるおっさんのときめきショッピング」③
そして、例によって、アルマリアの腹の虫がなったので、荷物をおいてファミレスへ……。
別に歩くのは苦にならんけど、これから何かと物入りで買い物も嵩張るようになりそうだし、学校行くようになったら、雨の日とか送り迎えくらいしてやりたいから、中古の軽でいいから車くらい買うかな……なんて事を考える。
最近はネットとかでも見繕えるみたいだし……幸い免許もあるし、仕事で社用車位乗ってるから、運転も問題ない。
それに、アルマリアにはこの街だけじゃなく、色んな所……海とか夜景なんかも見せてやりたい。
ああ、なんか色々夢が広がるなぁ……。
「猛部さん、何ニヤニヤしてるの……冷めちゃうよ?」
食事をしながら、思わず物思いに耽っていると、祥子から声をかけられる。
アルマリアは……お子様ランチのハンバーグを一口食べるたびに幸せそうにトリップしてる。
普通のを頼んでも良かったのだけど、何故かお子様ランチに惹かれたらしかった。
ある意味とっても子供らしいし、至って満足そう……なんかそれ見てるだけで、俺としては満足だった。
「ああ、これからの事とか考えてたんだ……。車も買いたいし、お役所とかにも行かないといけないしなぁ」
「そうね、このままだと不法滞在扱いになっちゃうから、認知とか色々やらないといけないんだよね……大丈夫なのその辺?」
「ちょっとややこしい事になりそうだけど、問題は無さそうだ。一応弁護士でも雇おうかと思ってるけどな」
ちなみに、外国人女性と未婚のまま子供が出来た場合。
幾つかの条件を満たせば、その子供も日本の国籍を所得出来るらしい。
かなり、面倒な手続きを踏んだり、色々ややこしい書類を書いたりしないといけないのだけど、その辺はプロに任せればいい。
確か従兄弟が弁護士やってたはずだから、この辺は身内のコネを活用させてもらう。
自動的に親にもバレそうだけど、早く孫の顔を見せろとか顔合わせるたびに言ってたから、ちょうどいいんじゃないかな。
問題は、アルマリアが外国どころか、この世のどこでもない異世界出身と言うことなのだけど。
そんなもん、日本の法律では想定してないし、外国……それも発展途上国では、国籍とか戸籍とかは恐ろしくいい加減。
気楽に国境を行き来して、冬と夏で違う国にいる……なんて人々だって普通にいる。
政府の統治が及ばないスラムの住民なんかは、国民としてカウントしていない国すらある。
だから、その国の政府に確認したところで、特定個人がどこで生まれ育ったとか証明のしようがないようなケースがほとんどなのだ。
であるからこそ、日本人の父親が自分の子供として認知する事が重要で、育った経緯が良く解らなくても、なんとでもなるらしい。
意外と温情に溢れた対応と言える……俺はこの日本という国が改めて好きになった。
「アルマリア……それだけじゃ足りないだろ。育ち盛りなんだから、もっと食べていいぞ」
お子様ランチを完食して、どことなく物足りなさそうだったので、そんな風に言ってみる。
「よし! 父ちゃんがああ言ってるから、次はスイーツでも行ってみようぜい! あたしのお勧めはこれかなーっ!」
言いながら、トロフィージャンボパフェなんてのを頼む祥子。
入る時、サンプル見たけど、サイズ感がおかしかった……食うのか? あれを。
……お値段1280円が高いかどうか良く解らんけど、まぁ……いいか。
俺は……ドリンクバーのエスプレッソを飲む。
コクの有る苦味に思わず、タバコが吸いたくなるけど、禁煙すると決めたのだから、意地でも吸わないぞ!
やがて、ジャンボトロフィーパフェと称するヤバそうな代物がやってくる。
思ったよりデカい。
ビールジョッキにこれでもかとばかりに、フルーツやら生クリームを詰め込んで、ロールケーキだのシュークリームが丸ごと、突き刺さってる。
これ考えた奴……ばっかじゃねーの?
けど、アルマリアも恐る恐ると言った様子で一口。
「んんーっ!」
なんかもう、言葉が出ないっぽい。
……感動したようにプルプルと震えて、更に一口……どうやら、気に入ったらしい。
そっからは、もうアルマリアと祥子、二人がかりで目を輝かせながら、その見てるだけで甘ったるくなるスイーツをみるみるうちに食い尽くしていく。
うーむ、女子にとって甘い物は別腹とか言うらしいけど。
納得だ……大いに納得だ。
もうねっ! 見てるだけでお腹いっぱい! ご馳走様っ!
かくして、そんな調子で、遅めのお昼のひとときが過ぎていくのだった。
……お昼が少々遅かったのと、ファミレスで長居してしまったせいで、時刻は16時くらいになっていた。
冬至が近いせいか、最近は日も暮れるのがめっきり早い。
山に囲まれたこの街は、日没までにまだまだ時間があるのに、場所によっては早々に日陰になってしまう。
空は明るく、場所によっては普通に日も差すのだけど、気の早い車がライトを点け始めてたりする。
山国は黄昏時が長い……夏場はもっと顕著なのだけど。
冬場は、冬場で味がある……。
……黄色くなった陽光の残滓を浴びながら、のんびりと自宅への道のりを歩く。
アルマリアも時々立ち止まると、不思議そうに空を眺めている。
どうも太陽が見えないのに、空は明るいままと言うのが不思議でしょうがないらしい。
そういや、向こうの世界ではゆっくりと空をめぐる小さな太陽があって、夜になっても日が暮れない……なんて、日があったりしたんだよな。
逆に丸一日真っ暗な日が続いたり……考えてみれば、かなり珍妙な世界だった。
天文学とか発達してなかったから、あの世界の空の向こう側がどんな恒星系だったのかとか、そう言うのは結局、解らずじまいだった。
今から考えれば、一方の恒星がかなり遠くにある二重恒星系だったんじゃないかって、気がする。
二箇所も光源があるものだから、影もこんなはっきりとは出来なくて……長く伸びる影法師とか珍しいのかもしれない。
不思議そうに、山の隙間から漏れた日差しを浴びて、長く伸びた自分の影を踏もうとして逃げられてる。
そんな調子で、見るもの触れるもの……何もかもが珍しいようで、なかなか前に進まない。
まぁ、いいさ……とばかりに、俺もゆっくりと歩く。
「お父様! この獣……捕獲しました! 何ていうんですか! 食べられますか!」
一瞬角を曲がって姿を消したと思ったら、すぐに獲物を手に戻ってきた。
……哀れ、蕎麦屋のデブ猫ゴン太……あっさり、捕獲されてた。
でも、持ち方がいただけない……。
両手両足をまとめて、ロックする……タヌキ汁スタイルと言うのであろうか……アレである。
身の危険を感じているらしく、目を見開いて、フシャーと威嚇してるのだけど、この体勢ではもはやどうにならない。
「……いじめちゃ駄目よ……放してあげなさいっ!」
祥子が冷静にアルマリアの後頭部をひっぱたく。
同時に縛めの緩んだゴン太もビチビチともがいて脱出し、背中から落ちていくのだけど……そこら辺はデブっても猫。
華麗にキャット空中一回転をキメると、シュタッと前足から見事に着地。
そのまま脱兎のごとく、逃げていった。
「……すげぇ……アイツ、あんな素早く動けたんだ……」
いつも、のそのそと歩いてるか、寝てるかのどっちかだったんだが……本気出せば、弾丸のような機敏さ……。
でもたぶん、ゴン太は未来永劫、アルマリアに寄り付かないだろう。
「……逃げられました。絶対、美味しかったと思います」
しょんぼりと、しょげかえるアルマリア。
まぁ、野営の時にアレくらいの獲物が獲れたら、喝采物だもんな。
だが……日本では猫は食わない。
「……あのだな……アレは獲って食っちゃ駄目なやつだ……自重しろつったろ? 俺」
とりあえず、ほっぺたをムニムニしてやる。
やべぇ、これ癖になるっ!
「そ、そうねっ! 猫ちゃんは可愛がるものであって、あんな吊るしちゃ駄目だからね! と言うか、この娘! どんなとこに住んでたのよっ! 日本語はペラペラみたいだけど、猫食べるとかどんな国よ! ミャンマーってそんななの?」
「に、日本でも、戦後とかだと普通に食ってたみたいだぞ? それに中国とか……あいつら、机と椅子以外の四本足はなんでも食うらしいぞ」
まぁ……最近は、近代化したから、そうでもないらしいけど。
上海の市場なんかでは、普通に籠に子猫詰め込んで売ってたのを俺も昔、中国を旅した時に見ている。
家で飼うのかと聞いたら……。
「飼ってもいいが、食っても美味いぞ」
とか言われた覚えがある……。
当時はありえねぇと思ったけど、異世界でのサバイバル生活を経験したら、そんな事を思えるのは、先進国の恵まれた生活をしている人間の甘えだと思い知ったのだけどな。
なんせ向こうじゃ、魔族や魔物ですら食い物だったからな……。
ちなみに、ゴブリンは筋張ってて不味いけど、コボルトはまぁまぁ……毛をむしるのがめんどくせぇんだがね。
オークは脂の乗った豚肉みたいで絶品だった。
ドラゴンは、上質の牛肉以上の素晴らしい食材だった……アレより美味いモノはこっちでもお目にかかってない。
まぁ、相手にするのも命がけだったけどな! 命がけの報酬としては、悪くなかった。
向こうの食糧事情なんて、そんなもん。
……だからまぁ……猫を獲物と認識したアルマリアの気持ちも良く解るのだけど。
日本じゃ、猫なんて食わない……猫は愛玩動物だ。
その辺の常識から教育しないと駄目なのか……と暗澹たる思いだった。
空を見上げる……白くなりかけた空に茜色の雲がたなびき……ゆっくりと流れていく。
アルマリアと祥子の笑い合う声が聴こえる……。
とても、とても平和な光景だった。
けれど――。
それは、突然のことだった。
不意に訪れた静寂――。
行き交う車の音、風のざわめき、街の生活音が一切聞こえなくなった事で、俺は異変を察した。
急転直下。