第六話「とあるおっさんのときめきショッピング」①
……目が覚めると、とっくに夜も明けていた。
完全に熟睡していた……不覚。
抱きまくら状態だったはずのアルマリアが居ないと思ったら、何故か玄関の扉の横に張り付いている。
その手には、どこから持ち出したのか刃渡り50cmくらいあるような剣が握られていた。
ピンポーンとチャイムが鳴る……なるほど、これで目が覚めたのか。
半寝ぼけの頭でぼんやりそんな事を考えていると……アルマリアが扉の向こうの訪問者へ突き立てるべく、剣を構えて、ドアにあてがうのが見えた……慌てて、飛び起きると全力でダッシュ!
「って、何やってんだぁああっ! アルマリアーッ!」
後ろから飛びかかって、羽交い締めにして制止すると、とりあえず、扉から引き剥がすっ!
剣も没収して、奥の方に放り投げる……クルクルと回転しながら吹っ飛んだそれは、畳にざっくりと突き刺さる!
その切れ味と重量感で、余裕で人を刺し殺せるものだと理解する。
「何、騒いでんのぉ? 起きてるなら、ドア開けてよ! 荷物で両手塞がってるんだからさ!」
……祥子だった。
そういや、今日は土曜日で休み……時間も、もう8時過ぎてる。
このおせっかい焼き……来るなら来るで電話なり、メールなり寄越せってのっ!
「お、おう……ちょっと待て!」
言いながら、アルマリアを解放する……ムスッとして、すごく不満そうな様子だった。
「……悪い……知り合いだから、大丈夫だ……普通にその辺にいればいいから、大人しくしててくれ! あと、剣はしまっとけ! どっから出したんだ……そんな物騒なもん!」
彼女としては、得体の知れない訪問者=敵とでも思ったらしかった。
全く危ない所だった……もうちょっと、止めるのが遅かったら、祥子……ドア越しに串刺しだった。
……と言うか、この3日の間に通りがかりの人をぶった切ったりしてないよな?
まぁ……別に通り魔事件とか起きてないから、大丈夫だとは思うけど。
アルマリアもコクコクと頷いてるので、納得はしてくれたようだった……ひとまず、問題無さそうだった。
祥子がいきなり来るとか、予想外だったけど……通い妻の如く、休みの日に部屋の掃除や飯を作りに来ることもあったから、別に特段珍しい事じゃない。
一応、子供を預かってるって話はしてたから、アルマリアを見られても問題ないと思うのだけど……。
……ドアを開けると、両手に紙袋を持って、デカいリュックを背負って、もこもこのコートに手袋、マフラーと完全防寒装備の祥子がいた。
「お、今回は思ったより片付いてますなー! お邪魔しまーす! ああ、寒かった! って、中入っても寒いっ! ありえなーっ!」
入っていいと言うより早く、ドアを開けるなり、部屋の中に入ってくると第一声がそんな調子。
確かに寒いが……山の中で毛布一つで野宿するよりマシだろ。
この程度の寒さで寝る時にストーブを点けるほど、俺は軟弱じゃない。
アルマリアは……と言うとキッチンと部屋の間のすりガラスの引き戸の影に隠れてる……つもりのようだけど、すりガラス越しにシルエットが丸見えなので、全然隠れてない。
祥子は、勝手知ったると言った調子で、台所の隅っこに置いてある石油ファンヒーターのスイッチを入れると、まだ温風もでてないのに、手をかざしてる。
「まったく、大げさだねぇ……そんな寒いかね」
呆れながら、そう言ってやる。
「なんか、今朝は氷点下行ってたみたいだよっ! 日陰の水溜りとかまだ凍ってたし! 猛部さん……なんで、そんな格好で平気なのよ……昔から、ほんとタフよねぇ」
ちなみに、俺は……下着の上にフリースのルームウェアの上下を着込んだだけ。
ぶっちゃけ、冬場寝る時はこれで十分だった。
夏場は、エアコンも使わず、Tシャツとトランクスだけで過ごすのが常。
人間、暑さ寒さも慣れるもんなのだよ。
「ところで、子供預かってる聞いてたけど、どこにいるの? ……ふっふーん、そこねっ!」
祥子も当たり前のように、アルマリアを見つけると止める間もなく駆け出す。
「おおっ! ホントに女の子っ! それになにこれっ! めっちゃ可愛いっ!」
アルマリア……逃げる間もなく速攻、捕まって抱きしめられてる。
なんか、逃げようとしてるみたいだけど、祥子も割りと体格は良いほうなので、捕まった猫みたいになってる。
「お、お父様! た、助けて下さーい!」
助けを求めるアルマリア。
けど、その言葉に祥子がビキッと固まる。
あ、しまった……親子とか説明してなかった。
「え、え? お父様って……た、猛部さん? それどういう事?」
引きつった笑みを浮かべながら、その目は直ちに洗いざらい説明しろと訴えていた。
もはや、やむを得ない……それなりの言い訳くらいするとするか。
……俺も覚悟を決め、祥子に事情を説明する事にしたのだった。
「……えっと、そうなると……この娘は、その外国の女の人との隠し子って事? なにそれ……超引くんですけど」
さすがに、嫌そうな感じで祥子が告げる。
親子なのは、もう見て解ったそうなので、下手に誤魔化すよりはと、異世界と言う部分だけをボカシて、東南アジアで知り合った女性と、部族の掟で引き裂かれる羽目になったと説明しておいた。
その後、俺との子供が生まれていたのだけど、こっちには全く知らせもなく、俺もまったく解っていなかったと。
ちなみに、アルマリアもこちらで言うところの南方系の雰囲気があったので、ミャンマー出身ということした。
あの辺りは、仕事で訪れた事もあったから、それなりに説得力があったらしく、一応納得してくれたようだった。
……日本の土建屋は、世界でも有数の技術を持つので、結構海外の発展途上国に呼ばれたりもするのだよ。
うちの会社も国内だけじゃ食っていけないので、海外事業にも手を出していた……意外とグローバルな会社なのだ。
「まぁ、そう言う事……どうも、向こうで母親が亡くなったらしくてな……。イザとなれば、俺を頼るように言われてたようで、それなりに苦労して俺の所にたどり着いたって訳さ。さすがに、これで面倒見ないわけにはいかないだろ?」
「……ミャンマーの現地妻……ねぇ」
……不潔! とでも言いたげな様子のジト目で見られてる。
そらそうだろうさ……幼稚園児の頃から、兄貴分のように慕っていた相手に隠し子がいたとか……。
これで平然としていられる方がおかしい……。
ブチ切れて、もう帰る! とか言われて、当分口すら聞いてもらえない……それくらい覚悟してたのだけど。
祥子なりに、納得はしたようだった……。
「言っとくが、俺は向こうに骨を埋めるつもりだったし、本気だったんだぞ! でも、結局、滞在期限切れで日本に強制送還されちまったから、しょうがねぇだろ……」
……一応、嘘は言ってない。
ミャンマーも異世界も、異国の地と言う意味では大差ないだろう。
「そ、そうですっ! お父様は悪くありません! 私が勝手に押しかけて、一方的に迷惑をかけてしまって……だから、お父様を責めないでくださいっ!」
……アルマリアは、出来れば黙ってて欲しいんだけど……。
この娘、真面目なんだけど、わりと融通効かないと言うのが、何となく解ってきた。
ちなみに、祥子はなんだかんだで、気に入ったらしくアルマリアを膝の上において、抱きしめて離してくれない。
この辺も、俺の言葉を受け入れ納得してくれた理由の一つなのだろう。
「まぁ……色々言いたいことあるんだけど、アルマリアちゃんに免じで許す! その代わり、あたしの事は祥子おねーさんと呼んでねー!」
そう言って、アルマリアのほっぺにチューする祥子。
俺の娘なんだけど……それ、いますぐ返して……っ! 俺もそれやりたいからっ!