第五話「とあるおっさんのドキドキトゥナイト」⑤
……それから、風呂から上がって、祥子のジャージを着せてやって、ドライヤーで髪を乾かしてやる。
会ったばかりの時は、割りとボサボサで荒れ放題だった髪も、ちゃんとした女性用のシャンプーとリンスで洗ってやって、櫛でとかしてやったら、フワフワのサラサラになった。
つか、凄い……髪の毛に天使の輪っかが出来てる……ツヤツヤじゃないか。
なるほど、ペッタリしてたから、ショートカット風に見えてたんだけど、リンス効果だかなんだか、よく知らないけど……ボリュームアップしたら、ボブ・ショートみたいになった……可愛いな。
それに、お肌もツルツル……顔も薄汚れてたのだけど、奇麗にしてやったら、思った以上の美少女になった。
ほっぺたの感触がスベスベでなんとも心地よい……なんかいつまでも撫でていたい。
「あわわ……なんですか、これ! 髪の毛がツヤツヤです! まるで、姫様の髪みたいです……」
うっとりとした感じで、鏡を見ながら自分の髪を撫で回すアルマリア。
「うん、なかなか綺麗になったじゃないか……」
「ハイッ! それにこのジャージと言う服。なかなかいい感じですね! すごく動きやすいです」
いや、むしろ、この使い古して野暮ったいジャージのせいで色々台無しなんだけど。
これ……それなりに可愛らしい服で着飾らせれば、相当可愛くなりそうだ。
うーん、自分の娘に色々着飾らせる親の気持ち……なんか解るなぁ。
ただこの娘……今もノーパンなんだよな。
まさか、俺のトランクスなんて履かせる訳にも行かないし、あっちじゃ下着履くような習慣ないし……。
祥子にお古の下着寄越せなんて言ったら、絶対ぶっ飛ばされる。
とりあえず、裸にジャージ直ってのも微妙だったので、俺のLLサイズのTシャツを下着代わりに着せてやった。
首周りとかデロンデロンで、半袖なのに肘丈のような有様で、ブカブカもいいところだったけど、その上から無理やりジャージを着せた。
なんか、物凄く動きにくそうで、動きもトロ臭くなったのだけど……ちゃんとした服買ってくるまでは、我慢してもらわないとな。
色々考えることはあるのだけど……さすがに、いい加減日付が変わりそうだった。
もう寝るっ! 明日は明日の風が吹く! って奴だ。
……そのつもりだったのだけど。
「お父様! 眠っているときが一番危ないんです! 私が寝ずの番をしますので、安心してお休みください!」
そう言って、寒そうな感じで部屋の隅っこで、正座待機してるアルマリア。
寝る時は、暖房を切るようにしてるので、部屋の温度は絶賛急降下中。
隙間風があちこちから入るので、寒い日だと室温が氷点下切るらしく、コップに入った水がうっすら凍ることだってある。
山の麓だし、このアパート、築30年モノ……そりゃもう、ボロすぎるぜ!
家賃、ちょっとくらい上がってもいいから、引っ越しも検討するかなぁ……。
「いや、お前こそ疲れてるんじゃないのか? さっきも言ったけど、今夜くらいは大丈夫だろうし、何かあったら俺もすぐ目が覚めるからな……勘も鈍ってないみたいだし、そこまでしなくていいぞ。俺の寝床を貸してやるから、ちゃんと休め」
そんな俺の言葉にも首を振って、頑として寝ずの番とやらを続けるつもりらしかった。
こいつの母親もなかなかの頑固者だったけど、どうやら同じらしい……。
自分でそうと決めたら、ちょっとやそっとじゃ曲がらない……血は争えないな。
「じゃあ、こうするしかないなぁ……」
そう言って、正面からガバッと抱きしめる。
真っ赤になって、逃れようとするのだけどお構いなしにヒョイと肩に背負い込むと、布団の上にドサッと下ろす。
「くくくっ……親の言うことを聞かない悪い子には、お仕置きをしないといけないな」
なんか、怯えたような顔をされるのだけど、そのまま布団を被りながら、覆いかぶさる。
そのまま、ギュッと抱きしめながら、背中をトントンと叩くと、アルマリアも諦めたのか体の力を抜く。
それは良いんだが……目を閉じて、いかにも好きにしてと言わんばかりの様子。
ジャージの上着のチャックも半分しか上げてないから、ダボダボのTシャツから地肌が見えそうになっている。
なんか、微妙な部分もチラリしてたのだけど、ハンサムな俺はさりげなく、そっとしまってやる。
お父さん、こう言うけしからんのは許しませんから。
と言うか、この様子……絶対何か勘違いしている……俺、なんか早まった?
ひとまず、そのままアルマリアをヒョイッと脇にずらすと首の後ろに腕を通して、改めてギュッと抱きしめる。
いわゆる腕枕した上での抱きまくら状態……でも、このアルマリアと言う抱きまくら。
子供特有の体温の高さも相まって、やたら温かい上に、なんかすごく抱き心地が良い。
すごく柔らかいし、髪の毛からシャンプーのいい匂いが漂ってくる。
目が合うと、真っ赤になって胸に顔を埋めてしまう……かわいい。
「……無理矢理で、悪いけど……こうやって、一緒に寝ればいいんじゃないかな……お互い、温かいし」
「は、恥ずかしいですよぉ……こんな……」
「照れるなって……お父さんと一緒に寝るのは嫌か? 割りと皆、普通にやってるらしいぞ……これくらい。布団も一組しか無いんだから……我慢してくれ」
しばし、沈黙……おずおずと顔を上げると目線が合う。
「……い、嫌じゃないです。その……もっとぎゅっとして……ください」
そんな風に照れ照れで言われると……何とも言えない気分になるけど、負けない!
素数だ! 素数を数えろ! 1、2、3、5、7、9……あ、いきなり間違えた。
そんな事を考えていると、向こうもためらいがちに抱きついてくる。
俺もぎゅーっと抱き返す……なんか、イチャラブな感じだけど……。
違う……これは、親子のスキンシップって奴だ。
大丈夫だ問題ない。
それにしても……隣に誰かいるって、こんなにも安らぐものだったのか……。
……改めて気づく。
昨日まで感じていた息苦しさや身体の重さも感じなくなっていた。
なんとなく、頭もスッキリとクリアーになったような気もする。
アルマリアが頑張ってくれたおかげだ……感謝する以外、何を思えというのか。
それに、心の何処かにずっとポッカリと空いていた大きな穴が埋まったような……。
なんとも満ち足りた気分になっている事に気づいた。
……この10年……俺に足りなかったもの。
それはきっと……人生の光と言うべきものだった。
それが今、俺の腕の中で静かに寝息を立てていた。
なんだかんだで、すぐに寝てしまったらしかった……無理もない。
色々頑張りすぎだろ……アルマリア。
俺もふっと目を閉じると、あっという間に眠りに落ちていった。




