最終話「とある勇者達の異世界争奪戦」②
……とまぁ、オチが付いた所で、辺りの様子を見渡してみる。
転移門からは、続々と人員、車両、物資やらが、ものすごい勢いで搬入、展開されている。
この世界の安全が確認され次第、48時間以内に付近を恒久基地化する言う話で、立川基地でも日々設営訓練みたいな事をやっていたのは知っていたが、ものすごい手際の良さだった。
俺だって、軍隊の先頭に立って将軍の真似事みたいなことをやったことあるので、この練度が尋常じゃないと言う事はよく解る。
なんと言うか……こいつら、精密機械か何かみたいだ。
これからやることもちゃんと説明したのに、なぜベストを尽くしたのか? 日本人って妥協を知らないって言うけど、ホントだよな……。
俺は邪魔しないように、隅っこに立ってる事にする。
この段階では、俺も特にやることなんて無い。
……やがて、各勢力が展開したらしく、空の上には偵察機やらドローン、ドラゴンなんぞが飛び交い始めていた。
一番強烈なのは、雲の上に浮かぶ推定1000m級の宇宙戦艦みたいなヤツ。
宇宙を彷徨う流浪の民。
故郷の星が滅んだ後、かろうじて生き延びた生き残り達で安住の地を求めて、長い間宇宙を彷徨っていたらしいのだけど、この度の呼びかけに藁にもすがる思いで参戦してきたのだと言う話だった。
もっとも、艦長は割と気さくな気のいいやつだった。
一斉に銃を向けられるなか、放ってきた第一声が「お前、酒は飲めるか?」だったからなぁ……。
あの時、酌み交わした異国の酒の味は、生涯忘れられそうもない。
何人もの異世界の英雄やら、異国の代表と出会い、話し合ってきた。
気難しい頑なな奴も多かったけど……どいつもこいつも立場抜きで、同じ目線で一杯やれば気心も知れる。
……ちょっと忘れがたい体験ってとこだ。
やがて……全通信回線に強制割り込みがかけられ、空に超巨大なモニターのようなものが浮かび上がる。
そこには、エラく大時代な古城の謁見の間みたいなのが映し出され、その玉座に何やらちんまりしたのが座っていたのだが……。
もったいぶった感じで、ゆっくりと立ち上がると大きく腕を広げる。
「ふははははっ! 幾星霜の時空を超え、集った戦士諸君! 我の声が聞こえるだろうか? 我の姿を見ているだろうか? 我が名は『最悪の災厄』! 最古にして、最強最悪の魔王の中の魔王であるぞ!」
……紫の縦巻きツインロール。
血のような深く赤い瞳。
紫基調の豪奢なドレスを着た……ちんちくりんな幼女。
第一印象はそんな感じ。
一度、会わせてもらって一言、二言挨拶くらいはしたのだが。
この見た目に騙されてはいけない。
神々よりも古く、神々より高みにいる存在。
――『最悪の災厄』――
その恐るべき存在が、ついに表舞台に出てくる日がやってきたのだ。
「……我が所有物たる世界のひとつへようこそっ! 貴様らには、これよりこの地を巡って、思う存分戦争をしてもらう! その熾烈なる戦に勝ち残った暁には、この地を自由にする権利を与えようっ! ……せいぜい我を楽しませてくれることを期待しようではないか! では、健闘を祈ろう! 最悪の厄災祭りの始まりじゃっ!」
……酷く短いながら、物騒なスピーチが終わったようだった。
「……ホントは、一時間コースのフザけた演説だったんですけどね。シロのヤツが長っらしい原稿に片っ端から赤ペン入れて、いっそ要約しましょとか言って三行演説にしちゃったらしいです」
加奈子嬢がいたずらっぽく微笑みながら、告げる。
やらせるだけやらせて、事実上の全ボツ……いじめか、それは!
まぁ、スピーチが終わったなら、次はいよいよ俺の出番だった。
「ああ、魔王様……実に良いスピーチだった。俺の声はそっちに聞こえているかい?」
「だ、誰じゃ! なんで、そっちから割り込みなんぞ出来るんじゃ! 貴様は……確かタケルベとかいう奴じゃな? せっかくのワシの晴れ舞台だと言うのに……ええぃっ! なんじゃっ! 貴様もまんざら知らん仲でもないから、何か言いたいことがあるなら、特別に聞いてやるからさっさと済ませるがいいっ! 開戦時刻がせまっとるんじゃ……ワシは時間にルーズなやつは、大嫌いなんじゃ」
「まぁまぁ、実は今日のために、俺達全員でちょっとした余興を用意したんだ。その名も「平和の創造計画」……これを見てから、開戦の合図をするかどうか決めてくれないか?」
「わ、わたしからもお願いします! 魔王様、一時間の予定のスピーチが、五分も使わずに終わっちゃったんだから、時間に余裕はあるはずですよ?」
「ふむ……筋書きには無いサプライズ企画と言ったところか? よかろうっ! もし、クソつまらんものだったら、ワシ自ら貴様を引き裂いてやって、貴様の血飛沫を開戦の狼煙としてくれるわ……くっくっく」
そう言って、魔王様は鋭く長い爪を見せつけると、それにベロリと舌を這わす。
まぁ、もしこの御方と戦いになんてなったら、俺なんぞ秒で惨殺死体になるだろうな。
「まぁ、そうならないことを祈るよ。それじゃあ、せいぜい楽しんでくれっ!」
そう言って、マイクをオフにすると、振り返る。
「皆、準備はいいか? ここまでは予定通り……「平和の創造計画」! これより発動と言うことで! っと、その前に各勢力の状況はどうです? 笹川さん」
「……各陣営の準備は完了、足並みも揃ってます。使徒の皆様の協力で、リアルタイムで各勢力と連携できていますよ。「平和の創造計画」……間もなく開始です! カウントダウン……10、9、8…………3、2、1……今ッ!」
ゼロカウントと共に上空の宇宙戦艦の舷側に、ずらりと並んだ大口径砲が一斉に火を噴いた!
けれども、その砲弾は地面には届かず、ゆるゆると長く尾を引きながら、尽く空中で弾け、まばゆい閃光と色とりどりのカラフルな煙をばら撒く。
用意してあった大量の風船が一斉に空へと飛び立ち、歓声が上がる。
無秩序に飛んでいた偵察機とワイバーンが合流して、綺麗な編隊をいくつも作り、見事なまでのアクロバット飛行を決めながら、スモークで空に模様を描いていく。
それはいくつもの大きなハートマーク。
そのハートのど真ん中をスモークを炊いた戦闘機が通過する。
地上と宇宙戦艦からの砲撃が正確に空中のひとつところに着弾し、ハートの上に文字が描かれていく。
『LOVE&PEACE』
地上でも、双方向き合って一触触発と言った雰囲気を醸し出していた兵士達が、一斉に武器を捨てお互いの元へ駆け寄ると、ごちゃまぜになって肩を叩き合い笑い合う。
宇宙戦艦がゆっくりと地上へと降り立つと、大勢の人々が駆け寄ってくる。
その手に掲げられたプラカードには、「ようこそ!」「長旅お疲れ様」……そんな文句が描かれている。
実は彼らは、民間人。
「異世界でドラゴンや生の宇宙戦艦を見たくないか!」……そんな呼びかけに応えて、世界中から集まった大きなお友だちだった……その人数は軽く万単位。
国籍もバラバラで、異世界で大戦争に巻き込まれるかもしれないと言うリスクを承知で、この日の為に集まってきちゃったのだから、しょうがない。
ゴツい宇宙戦闘機を背景に写真を取ったり、レディスレデュア軍の美女ぞろいの女騎士達なんかが合流してくると、自前のコスプレを披露して見せたり、もやはコミケみたいな雰囲気になっている。
そんなあちこちで繰り広げられているお祭り騒ぎが映し出されるなか、空に浮かぶモニターには、別の風景が映る。
仰々しい魔王の衣装を着込んだパルルと、法衣を着込んだレティシア女王陛下が頷きあって、唐突に服を脱ぐと、一瞬で花嫁衣装になり変わる。
うん、作戦は第二段階へ移行……そう言うことだった。
「んじゃ、猛部さん……それに、祥子さんも娘さん達も行きましょう! 皆様、あとのことはよろしくです! 祥子さん、シャーロットちゃん達も早く早くっ!」
加奈子嬢がそう言って俺のもとに駆け寄ってくると俺の周囲に転移魔法陣が展開される。
祥子と娘達が慌てて、その中に足を踏み入れる。
次の瞬間、俺達はレティシア陛下達のもとに転送されていた。
何がどうなっているのか解らないが、俺の服装もいつの間にかタキシード姿になっている。
祥子も花嫁衣装になっているし、娘達もドレス姿。
「……スゴい! って言うか、いつの間にこんな格好に……聞いてはいたけど、なんか恥ずいんだけど! これーっ!」
祥子が自分の姿を見ながら、歓声をあげる。
「俺は、もう何があっても驚かねぇぞ。まったく、どれだけ盛大な結婚式なんだか……」
そう言いながら思わず苦笑。
「いいじゃないですか……あ、わたしもお手伝いさせていただきます! こんな無粋なカッコなんて、止め止めっ! 素敵ドレスにへーんしんっ! そーれっ!」
瞬時に、いかつい軍服姿から、黒のナイトドレス姿になり変わる加奈子嬢。
ラーゼファン、ラファン、ネリッサの三人の嫁さん達と、緊張した面持ちのロナン君。
それに魔王の子供達全員は、すでに集まっていて、拍手と笑顔で俺を出迎えてくれる。
田中さんは隅っこの方で、手酌でヤケ酒のようにコップ酒をかっくらいながらも、俺を見て、小さく手を振る。
……なんで、この期に及んで貧乏臭いジャージなんだろう……この人は。
レティシア女王陛下、パルルマーシュとヨミコの新参嫁三人がブーケを握りしめて、真ん中に立っている。
祥子もその中に加わり、三人の娘達とロナン君がその背後に立つ。
俺はゆっくりと、皆の元へと向かおうとして立ち止まる。
「……おっと、一人大事なやつを忘れてたな……いるんだろ? 出てこいよ」
そう声をかけると、何も居なかったところに唐突に、青いドレス姿の仮面を被った女性と甲冑姿のデカい騎士が姿を現す。
魔王の使徒サファイアとスティール。
そう俺には名乗っていたのだが、その正体に俺はもう気付いていた。
「……これは、どう言うことなのでしょう? 勇者タケルベ、それに使徒クロよ……あなた方は何を? こんな茶番、魔王様がお許しになるとでも思っているのですか?」
あくまで厳しい態度を崩さないサファイア。
「……なぁ、魔王様! 聞こえているんだろう? テッサリアは元々俺の嫁なんだ! 悪いけど、返してもらうぞ!」
そう言って、一瞬でサファイアの背後に回ると、有無を言わさずお姫様抱っこで抱き上げる。
「なっ! なっ! なっ! 何をするっ! 離せっ!」
「……もういいだろ? テッサリア……何やってんだかね……お前も」
そう言って、その顔を隠していた仮面を引き剥がす。
……10年に見る懐かしい顔。
当時、18歳だったテッサリアも30近い子持ち……まぁ、それでも俺のほうが年上ってことには変わりないんだがな。
昔は、子供っぽいところもあったのだけど、10年の歳月が大人の色香ってもんを与えてくれたようだった……なんだ、超好みの美人になりやがって!
そして、じっと見つめ合ううちに、みるみるうちに、その蒼い眼に涙が浮かんでいく。
「タケルベ……」
感極まったように俺の名を呼ぶテッサリア。
「久しぶりだな……死んだって聞いた時はショックだったけど、無事だったのなら何よりだ。しばらく見ない間に綺麗になったな……今日のところは、これで勘弁してくれよ」
そう言って、その額に軽くキス。
真っ赤になって、顔を両手で覆うテッサリア。
……加奈子嬢の話だと、彼女は一度次元の狭間で死にかけたみたいなんだが、魔王様に拾われて、異世界の危機的状況を知り……全ての勢力の共通の敵として、討ち取られる役割を演じるつもりだったのだ。
あらゆる勢力から敵意を一身にかき集めて、ラスボス役を演じる……まぁ、悪くない手だと思うんだが。
それだと、テッサリアが救われない。
そんなの、俺が許さねぇ。
だから、軽く台無しにしてやった……残念ながらなっ!
テッサリアを抱きかかえたまま、皆の元へと歩んでいき、そっと地面へと下ろす。
待ってましたとばかりに、アルマリアがテッサリアに抱きついて、リネリアやシャーロット、それにロナンや嫁達も一斉にテッサリアに群がっていく。
「……やれやれ、何をするのかと思ったら。よもや貴様ら、こんな茶番を見せつけてくれるとはな……」
背後で低い声が唐突に響き、俺は振り返る。
「……ま、魔王様」
テッサリアが怯えた様子で、唐突にその姿を現した「最悪の厄災」その人を見つめる。
まさに……ここが正念場だった。