最終話「とある勇者達の異世界争奪戦」①
「こ……これが、新世界……異世界なのか」
思わず、そう呟く。
日本、それも帝都、立川航空軍基地の敷地内に出来た転移門を抜けた先は、レデュスレディアとも全く違う別の異世界だった。
こうなるという話自体は聞いていたが、本当にそうなるなんて……。
正直、異世界と言われても、全くその実感は沸かなかった。
「はい、そうですよ……皆さーん! この世界のマナはどんな人間でも問題なく過ごせる無色のマナで満たされた世界ですから、そんな大仰なマスクなんて無くたって、問題ないはずですよ!」
加奈子嬢が隣で、俺の袖を握りしめながら、そんな風に気楽そうな様子で話す。
言われて、念のために装着していた酸素マスクを外して、深呼吸する。
「おいおい、猛部の兄貴……陸自の観測班が大丈夫って言うまでは、マスク付けてろって話だったじゃねぇか」
隣にいた宇良部君が慌てたように告げる。
彼らについては、日本政府が正式に争奪戦に参戦しないことを明言した事で、すでに付き合う義理もなくなっているはずなのだけど、当たり前のように俺に同行してくれていた。
「うん、問題なさそうだな……宇良部君もそんなもん被ってたら、邪魔だろ? ……加奈子嬢が大丈夫だって言うんだから、ここは信じていいだろう」
「まぁ、そうだな……おい、加奈子ちゃんよ。ここは一体何なんだよ……感じとしちゃ、うららかな春の丘って感じじゃけど……。ホントにここが異世界なのか? 猛部の兄貴達はともかく、俺達は誰一人として、異世界なんて行った事もねぇんだが……あまりに普通の光景だよなぁ……こりゃ、いったいどういうことだ?」
確かに言われてみれば、ものすごく普通だった。
暑くもなく、寒くもなく……太陽だって、一個だけだし、空だって澄んだ青空に、白く棚引く雲と……まぁ、普通。
大気汚染とか縁がないらしく、物凄く澄み渡ってて空気も美味い気がする。
柔らかなそよ風が吹き、どこからともなく、甘ったるい香りがするが……これは多分、そこら中に咲いてる花の匂いだろうな。
むしろ、なんとも乙女チックな世界。
蝶なんかもヒラヒラと飛んでて、絵に描いたような平和な世界……。
戦争よりもむしろ……ゴザでも敷いて座り込んで、弁当でも広げて、まったりしたくなるくらいの光景だった。
「最悪の厄災」なんて呼ばれる魔王が管理していた世界という話なので、もっと地獄の底みたいな殺伐とした世界を想像してたんだけど……この風光明媚な光景は、全くそんな感じがしなかった。
穏やかで、優しげで、暖かな……もし、天国というものがあるのならば、きっとこんな所だろうと。
そう思わずには居られなかった。
「正真正銘、異世界ですよ? 過去には異世界転移の技術を持つ、それなりに高度な文明が栄えていましたけど、今はもう綺麗サッパリ滅びちゃってるんで、何も気にしなくていいですよ」
振り返ると、確かに風化しかかった巨岩を積み重ねた巨大な鳥居みたいな人工物があった。
日本側にあるのは、もっと洗練された形のおばけ鳥居みたいな代物だったのだけど。
同一機能を持つことはすでに実証されている。
政岡君たちの話だと、転移装置の起動には莫大な魔力が必要という話だったが。
加奈子嬢は無造作に転移装置を起動し、俺達をここまで導いてくれた。
思えば、最初に会った時、この娘がそんな大仰な神にも匹敵する存在の家臣だなんて、思っても居なかった。
つくづく……彼女には、お世話になってしまった。
レディスレデュアで滞在中は、彼女の側を離れられなくて、必然的に裸の付き合いをする羽目になったり、文字通り四六時中一緒にいて、寝食を共にしたものだから、なんだかもうすっかり気安い関係になってしまっている。
新たな俺の嫁になってしまったパルルマーシュとヨミコ、レディスレデュアの嫁さん達と娘達、全員で撮った家族集合写真でもちゃっかり、正装して隣りに写ってる。
これだけ見たら、彼女も立派に勇者一家の一員みたいな感じだった。
レティシア陛下辺りは、現地妻の一人だと思ってたらしく……事情を知った後も、家族の一員扱いで、普通に受け入れてしまった。
なお、レデュスレディアでも結婚の年齢制限くらいはあって、15歳以上でないと駄目って事にはなってるんだが、加奈子嬢は自称永遠の19歳らしいので、なら問題ないじゃないの一言で納得された。
加奈子嬢も嫌がったり、否定もしないで、これがホントの幼妻! なんて言ってはしゃいでる始末。
娘達や奥方達は言うに及ばず……。
おかげで、もう側にいるのが当たり前みたいになってしまった。
レデュスレディアに行かせてもらえなかった祥子辺りは、随分ヤキモチを焼いていたし、ファザコンのケがあるアルマリアなんかとは、事あるごとに衝突していたけれどな。
この三ヶ月……いろんな異世界や、いろんな国々を加奈子嬢と共に駆け巡った。
もちろん、遊び回っていた訳じゃない。
加奈子嬢の言う所の「魔王様主催の異世界争奪戦を台無しにした挙げ句に、心底驚かせて、誰にとってもハッピーエンドを目指す方法」
当初、その計画を聞かされた時は、絵空事だと思っていたのだけど……。
……とにかく、やれるだけの事はやった。
後は野となれ山となれ……ってところだ。
「予定通り、周辺地形の観測を開始する……。そうだっ! ドローンと式神でいくぞ。GPSは使えないから、まずは電波ビーコンの設置からだ! アメリカ軍とT&T社、それに魔王軍とレディスレデュア軍の方から連絡はないか?」
通信機のヘッドセットを付けた正岡君が、日本側の特地調査協力隊員へ指示を出していく。
その構成員は、正岡君の部下や自衛隊の連中、それと笹川さん達。
日本側は、かなり早い段階で、この異世界争奪戦には参戦しないことを国際公約として明言していたのだけど。
なんだかんだで、異世界との商売にすっかり味を占めてしまったらしく、異世界の利権は欲しいってんで、各種最新装備の提供はもちろん、例え死んでも葬式もお悔やみも一切出ない裏の特務部隊なんてのを出してきていた。
この戦場に立つからには、命の保証なんてまったくないのだけど、連中は日本国のためにいつでも死ぬ覚悟の出来ている本物の軍人達だった。
俺なんかとは、気概からして違う……笹川さん達だって、ただのお役人ではない。
いつものキャリアウーマン然としたスーツではなく、迷彩柄の野戦服姿。
銃だって扱えるとかで、志願して俺の副官役を務めてくれることになった。
とにかく、日本側とは正式に国レベルで協力関係を結んでいるので、頼もしい味方と言ったところだ……。
俺や娘達は、レデュスレディアの代表ながら、彼ら日本勢と同行する形でこちらの世界にやってきていた。
「そっちは、シロがガイドに付いてるから、問題ないと思いますよ。まぁ、電離層なんかも地球とは違うから、無線もすぐには繋がらないでしょう……のんびり構えましょうよ!」
相変わらず、緊張感のない様子の加奈子嬢。
……本来、この娘は俺達の戦いの審判兼、ガイド役のようなもの……。
状況次第では、敵にもなりかねない存在ではあったのだけど。
本人は初めから味方する気満々で、俺はもう全面的に信頼すると決めていた。
ちなみに、見た目は、昔の国鉄の車掌さんのような黒い軍服に、大きくローマ数字の14と言う数字の赤い刺繍が施されたやたら渋いカッコイイ姿。
長い黒髪に真紅の瞳。
まるで日本人形のような雰囲気。
背丈がもっとあればサマになっているのだろうけど……雰囲気的には学芸会?
油断していると、いつもの呼び名……加奈子ちゃんと呼んでしまいそうなるのだけど……。
これから俺たちがさせられるのは、ガチな戦争という事にはなっている。
俺は加奈子嬢とあちこち飛び回って、可能な限り種を撒いて来たつもりだったけど。
実際どうなるかは、全く見当も付かなかった。
まぁ……当面は台本通りにやるまで……。
「さて、さっさと準備しちゃってくださいね。そっちは、日本、アメリカ、魔王国とレデュスレディア連合……凄いですね。異世界間の四カ国連合が開戦の時点ですでに実現されてるなんて……魔王様も大したもんだと感心してましたよ! 戦いに望んでの意気込みでも軽くお願いしますね」
なんとも白々しい説明調の台詞だった。
まぁ、魔王様へ実況中継中らしいので、こんな調子らしかった。
「そうだな……まぁ、無理しない程度に頑張るさ。ルールってのは、先に説明されたとおりでいいのか?」
……これも台本通りの台詞。
加奈子嬢の相方のシロってのが、これがまた無駄に凝り性な奴で、台本まで用意してくれて、リハーサルまでやらされた。
「はい、審判たるこのわたしによる戦闘開始宣言後、48時間以内に全戦力を失うか、転移門が破壊、もしくは占拠された勢力は、ご退場って事になりますね。48時間以内に決着がつかない場合は、次の戦闘まで持ち越しですね。インターバル期間は魔王様の気分次第なんで適当です。その日のうちに再開ってパターンもあるけど、一ヶ月くらい開ける場合もあります。この間はこの世界での一切の戦闘を禁じられます」
「ルールある戦争か……まさに茶番だな。場外乱闘についてはどうなんだ? 例えば、地球側で参戦勢力同士が勝手に戦争始めた場合とか……」
「まぁ、魔王様が決めたルールなんですから、茶番とか言わないでくださいな。場外乱闘については……例えば、負けた腹いせに某国が某国に核ミサイル打ち込むとかそんな事があれば、即時失格の上で、わたし達が対応します。この辺は各参戦勢力についてる他の使徒がきっちり説明してるんで、ご心配は無用です。核ミサイルが100発飛んで来ようが、機甲師団が相手だろうが、全部まとめて処理しますよ」
この辺の話は、割とデタラメなんだが、デタラメと笑い飛ばせるような話ではなかった。
魔王の使徒とやら言う加奈子嬢のご同類たちには、俺も何人も会ったのだけど。
どいつもこいつも相対しただけで解る程度には、一騎当千の化物揃いだった。
そんな中でも、加奈子嬢はトップクラスのエース級の実力者だと言うのだ。
だから、彼女がやれると言ったら、やれるのだ。
おそらく、地球人類の総力を挙げても、この娘達に勝てないような気がする……。
彼女達は……神出鬼没で神ですら殺せる存在だ。
神々相手に平気で渡り合う怪物……もはや、なんでもありだ。
「とりあえず、予定では全参戦勢力が展開後、君のご主人様から挨拶があるんだっけ?」
「そうですね。なんかやたら張り切って原稿とか書いてましたよ。観戦用のコーラだのポテチとかも日本で箱買いさせられたし……ホント、皆命がけだってのに、主催者だからってお遊び感覚……困った方ですよ! こっそり、ポテチの中身をバハネロ激辛デスチップスに入れ替えたの仕込んどいたから、食らって死ぬがよい! です! むふーっ!」
……酷いテロの実行宣言だった。
それにしても、ご主人様と言う割には、敬意を払っている様子がないのは……本人聞いてるんじゃないのか?
「おいおい、この会話って、魔王様に実況中継してるんじゃないのか? さすがにそれは、あんまりな態度じゃないかな……少しは目上の者に敬意ってもんをだな……」
さすがに、ご主人様が可哀想になってフォローをするのだけど。
加奈子嬢は涼し気な様子。
「わたし達が魔王様をディスるのは、いつものことですよ。ご主人様を影でメタクソに言う権利は、保証されてますからね! どうせ自分で最悪って言ってるような人なんで、むしろ、悪口言えば言うほど、喜ぶんじゃないですかね」
……なんとも嫌な保証だった。
俺、娘達にこんな風にボロカスに言われたら、泣いちゃうよ?