冬の女王と氷の靴
冬の女王が塔から出られない理由、それは女王が靴をなくしてしまったからでした。
女王が一歩でも塔の外に出てしまえば、次の季節がやってきてしまいます。
冬の女王が塔の外に出てしまえば、もう春の女王がやってきます。
だから、裸足のまま地面に降り立てば、冬の女王の体はたちまち溶けてなくなってしまい、二度と冬が訪れることはありません。
国王は、冬の女王が望む靴を作れるものにはほうびを与えるというおふれを出しました。
国中から優れた靴職人がたくさん集まりましたが、誰も冬の女王を満足させるような靴を作ることはできませんでした。
そして、最後にやってきたのは国のはしっこの貧しい村に住む、靴職人見習いの少年でした。
田舎者の靴職人見習いに、高貴なご婦人が気に入るような靴が作れるはずがない、と多くの人が馬鹿にしていました。
それでも少年は、年老いた親方の代わりとして立派に働いてみせると意気込んでいました。
少年が塔の中に入ると、そこは経験したことがないほど、とても寒いところでした。
あまりの寒さに体がぶるぶると震え、歯ががちがちといっています。
震えながら立っていると、奥から美しい女性がやってきました。
ほっそりとして、どこもかしこも真っ白な女性です。
頭にはきらきらと輝く宝石の冠が乗っています。
少し怖そうなその女性が、冬の女王でした。
冬の女王は裸足のままです。
「お前が、最後の靴職人らしいね。」
「はい、僕が最後の靴職人です。必ず女王様の気に入る靴を作ってみせます。」
「いままでたくさんの職人たちがやってきたけれど、誰も私が満足するような靴を作ることはできなかった。お前のような子供に素晴らしい靴が作れるとは思わない。帰るといい。」
「待ってください。話だけでも聞かせてください。女王様はどんな靴が欲しいのですか?キラキラ光る宝石がたくさんついた靴ですか?それとも見たこともないような美しい色をした革でできた靴ですか?」
「私が欲しいのは、氷の靴だ。」
「氷の靴とはどんなものですか。」
「氷でできた靴だ。私はそれしか履けないんだ。」
「そうでしたか。ところで今まで履いていた靴はどうしたのですか?」
「食べてしまったから、なくなった。」
「食べてしまったんですか?いったいどうしてそんなことをしたんですか?」
「かき氷というものが食べてみたかったのだ。夏にはそういうものを食べるのだと聞いたことがある。とてもおいしいものらしいので私も食べてみたくなった。その時はこの塔の中には氷は無く、外に取りにいくこともできなかった。だから氷の靴で作ったかき氷を食べた。おいしいものではなかった。」
「そうだったのですか......。」
少年はびっくりしてしまいました。
靴を食べてしまうなんて!
それと同時に、冬以外の季節を過ごすことができない冬の女王が少しかわいそうに思えました。
「それでは、女王様が欲しいのは、氷でできた靴なんですね。僕が作ってみせます。」
「どうせ無理だ。あきらめなさい。」
冬の女王はそう言って去っていきました。
「見習だけど、僕だって靴職人なんだ。氷でできた靴を作ってみせるぞ。」
少年ははりきって、近くの川に浮かんでいた氷をたくさん集めて、氷を削って靴を作りました。
だけどなかなか冬の女王が気に入る靴を作ることができません。
あたりはすっかり夜になっていました。
へとへとになった体に鞭を打って、少年はまた川に氷を取りに行きました。
しんと静まり返って真っ暗な川べりを、淡い月の光が照らしています。
氷を運ぶのがとてもきつくなったので、少年は氷を川から取り出して、そこでそのまま氷を削ることにしました。
あまりのも寒いので、手が震えてなかなかうまく削れません。
「それにしても、おかしな女王様だな。かき氷が食べたいからって、自分の靴を食べてしまうなんて。」
ふう、と息を吐くと、視界が真っ白になりました。
「だけど、夏を知ることができないのはかわいそうだな。夏は暑いけど、とっても楽しいことがたくさんあるから。」
少年は自分の夏の思い出を思い浮かべながら氷を削り続けます。
花火、虫取り、海水浴......。
そうしていると寒いのもだんだん忘れて夢中になって靴作りができました。
「やっとできたぞ、今度こそ気に入ってもらえるといいな。」
まるでガラスでできているかのような、今までで一番きれいな氷の靴ができました。
「さあ、急いでこれを女王様に持っていこう。」
ところが、あわてていた上に手がとてもかじかんでいたため、靴は手からポロリと落ちてしまい、かしゃんと音を立てて壊れてしまいました。
「そんな!せっかくうまくできたのに!」
泣きそうになりながら氷のかけらを集めていると、あたりが急にキラキラと輝き始めました。
一体どうしたのだろうと見まわすと、それは月から降り注いでいる光でした。
やがてその光は氷の靴のかけらにもたくさん降り注ぎ始めました。
すると、みるみるうちにかけらがもとの氷の靴にもどっていきます。
そしてすっかり元通りの氷の靴になりました。
「ああよかった。お月さま、ありがとうございます。」
どこか欠けているところがないかよく靴を見てみると、そこには不思議なものが閉じ込められていました。
風に揺れるヒマワリ。
真っ青な空に入道雲。
打ち上げられては消えていく花火。
いろんな夏の姿が現れては消えていきます。
「すごいなあ、夏の靴ができてしまった。」
少年はすっかりうれくなって、急いでこの靴を冬の女王に見せたくなりました。
これならきっと、女王様も気に入ってくれるはずだ。
今度は壊さないようにそうっと靴を抱えて、走って塔へと戻りました。
塔に戻ると、もう朝になっていました。
起きたばかりの冬の女王に、少年は自信満々で氷の靴を渡しました。
「なんだいこれは、変なものが映っている。」
喜んでくれると思っていた女王様は、嫌そうに顔をしかめました。
「女王様、これは夏が入った靴なんです。どうですか?とっても素敵だと思うのですが。」
「見たこともないようなものばかりだ。これが夏なのか。」
移りゆく夏の風景を見ても、冬の女王の表情はさえません。
少年は今度もダメだったのか、と肩を落としました。
「おや、この子供たちはなんだい?」
聞かれて見てみると、そこには友達と川遊びをしている少年の姿が映し出されていました。
「ああっこれは去年僕が友達と遊びに行った川です。ここで魚を取ったり、泳ぎを競争したりしたんです。楽しかったなあ。」
「そうかい、お前たちかい。」
冬の女王の顔が少しだけゆるみました。
「おや、今度は真っ暗になったと思ったら、何か小さなものが光りだした。これは一体......。」
靴のかかとのところが黒くなり、蛍が光っている姿が現れていました。
「これは蛍という虫なんです。夏の短い間しか見ることができないんですよ。そういえば、蛍も見に行ったなあ。」
「蛍とはどんな虫なんだい?」
少年は知っていることを思い出しながら、一所懸命に説明しました。
そして大人になっても1、2週間で死んでしまうとも説明しました。
それを聞いて冬の女王は、涙をぽとりと落としました。
「なんとはかない。」
「女王様、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。夏というのは、命が輝いているのだと感じた。冬は多くのものたちが眠りについていたり、枯れ果ててしまったりしているからな、少し夏がうらやましい。」
「夏も楽しいですけど、僕は冬も好きですよ。雪だるまを作ったり、氷が張った湖でスケートを滑ったりするんです。」
そういうと、冬の女王は驚いていた。
「冬はすっかり嫌われているのだと思っていた。寒いばかりで何もないから。そうかい、冬も好きなのかい。」
少年は元気よく
「はい。」
と答えた。
「この靴を履かせてもらおう。夏の靴なんて初めてだ。不思議と心が温かくなる。」
夏の氷の靴は、冬の女王の足にぴったりと合いました。
「これはお前の思い出なのだな。素晴らしい靴をありがとう。」
「よかった!女王様に気に入っていただけてうれしいです。」
「さあ、塔の外に出るとしよう。春の女王が、自分の出番を今か今かと待っているはずだ。」
少年の作った靴を履いた冬の女王が塔の外に出ると、ちらちらと雪が舞っていました。
「おや、これは名残雪。」
冬が去り、春がやってくる便りだ。
「そうだった、私を塔の外に出してくれたお前になにかほうびを与えなくてはいけなかったな。何が欲しい、望むものを与えよう。」
少年は困ってしまいました。
特に欲しいものが思いつかないのです。
「欲しいものはないんですが、ああ、そうだ、また僕に女王様の靴を作らせてくれませんか?今度は春や秋のつまった靴を作ってみせます。」
「それは楽しみだこと。また冬にここへ来るのが待ち遠しくなった。そうだ、お前に小さな冬をあげよう。」
少年は冬の女王の手から、雪が舞い散るスノードームを受け取りました。
「わあ、すごいなあ、ありがとうございます。」
「それじゃあ、また今度の冬に会おう。」
そう言って冬の女王は消えてしまいました。
そのとたん、春一番がぴゅう、と吹きました。
強い風に乗って現れたのは、あわただしく塔へと向かう春の女王でした。
「ああ、忙しい、忙しい。動物たちを起こして、植物たちを芽吹かせて、春の嵐をおこさなくては。」
こうして無事に王国は春を迎えることができた。
お読みいただき、ありがとうございました。