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 セオとの再会は思っていたよりも早く叶った。

 私の検査結果を知った両親が、彼を魔法の先生として就けるよう薦めてくれたからだ。

 『遅かれ早かれ誰か雇うのだから、見知った相手の方が安心』といったところだろうか。


 私が何かをするまでもなくトントン拍子に話は進み、検査からちょうど1週間が経った頃にセオは我が家に再訪した。




 授業を受ける場として用意されたのは、私の自室から少し離れたところにある2階の1室だった。

 入口から入って左手の壁にはわざわざ運び込まれたらしい黒板が備え付けられていて、その正面には重厚な造りの教卓と学習机、それぞれの椅子が一揃い置かれている。

 前世の見慣れたものとは似ても似つかないが、環境としては生徒が1人しかいない教室だ。


 そこに現れたセオは以前と同じ、もったりとした鈍色のローブに身を包んでいた。相変わらずの無表情である。

 侍女以外の人と2人きりになるのは随分と久しぶりの感覚で、少し緊張する。

 案内してきたジェムが退室すると、私はおもむろに礼を執った。


「おひさしぶりです。またお会いできてうれしいです、セオ」

「こちらこそまたお目にかかれて光栄です、レディ」


 能面のようなその顔がほんの少し、優しく緩む。

 促されるままに椅子へ腰掛けると、薄手のドレス越しに柔らかいクッションの感触がした。これなら座りっぱなしでも問題なさそうだ。

 私は何から尋ねようかとはやる気持ちを抑えて、教壇の前に立つセオを見つめた。


「どうやら疑問を解決するまでは授業をしても聞いてくれそうもありませんね」


 ……彼は人の心を読む魔法でも使っているのだろうか?

 驚く私に、「顔に書いてありますよ」と苦笑いしながらセオが言う。やだ、恥ずかしい。


「今日は顔合わせ日ということにでもしましょう。前回ご説明できなかったことがたくさんありますしね」


 何からお話しすればよろしいでしょうか。

 そう問いかけられて、私はせき止めていた水を一気に流すようにして質問を口にした。


 魔法の性質の種類について。

 どうして私の性質が厄介なのか。

 私の使える魔法というのはどんなものなのか。

 セオの性質は何なのか。

 お父様やお母様はどうしてセオと何度も会ったことがあるのか。

 この前のセオは一体誰なのか。


 興奮のあまり何度かつっかえてしまった部分もあったけれど、彼は順番に答えてくれた。

 それらを1つも聞き逃すまいと、私は手元に広げたノートへ回答を書き込んでいく。


 まず、性質は全部で5種類。

 『甘い、辛い、苦い、酸っぱい、塩っぱい』が、それぞれ『防御、攻撃、回復、特殊、補助』に対応する。

 防御は物理的なものに対して障壁を張ったり、精神系への干渉を防いだりする魔法。

 攻撃は恐らく魔法と聞いて最も連想しやすい、火の玉や水の玉を出したり嵐を呼び起こしたりする魔法。近距離・遠距離の得意不得意に関しては個人差があるという。

 回復は言葉の通り傷ついた物を修復する魔法、ただし死は覆せないし程度によっては癒せない損傷もある。

 補助はこれ以外のすべての魔法の効果を高めたり、複合魔法の際のサポートができたりする魔法。

 そして特殊――これは精霊や悪魔といった地上での肉体を持たない者達を召喚・契約できる他、次元に干渉することもできる魔法、らしい。


 らしい、というのもそれぞれの性質持ちの人数に偏りがあるため、しっかりとした計測ができていないのだとセオは言った。

 現在国内で確認されている魔力持ちの性質は、攻撃=防御≧回復≧補助>特殊といった具合に発現している。

 サンプル数の多い攻撃や防御に比べて特殊は謎が多いのだとか。一言で言うと、レア属性だ。


 私の検査結果を厄介と言わしめた原因は、まさにこの特殊魔法にある。

 たとえば、召喚呪文は魔力総量の多い人にしか扱えない上級魔法に区分されている。

 魔力が足りなければそもそも召喚できないし、無理を通すと召喚したモノに逆支配され命を奪われる危険性があるからだ。

 魔力と引き換えに地上に顕現させるのは一種の等価交換でもあるのだろう。

 つまるところ、魔力が豊富な特殊魔法持ちを欲しがる人や機関は腐るほどいる。私が女であることから、有力者が自身の権力を磐石なものにするため妻や妾に望む可能性すらあるだろう、と。


 ……ここで流石に頭が痛くなってきて、私は一旦ペンを置いた。

 脅しの意味を込めて多少誇張されているにしても、とんでもない能力を持っているんじゃないだろうか私。


「回復だけなら変な話、そう珍しくもないので問題はありません。まあ、この場合も魔力が強いので欲しがる人はいるでしょうが」

「……あ」


 そこまで聞いてふと、ある出来事が頭に浮かんだ。首を傾げるセオにぽつりぽつりとそれを話す。


「あの、じつは私、2歳のときにまほうを使ったことがあるんです」

「ほう」

「ちょっとしたケガをなおしたり、こわれたおもちゃを元にもどしたりしていて……てっきり私、時間をまきもどせるんだと思っていたんです。でも、あれってただの回復だったんですね」

「うー、ん……特殊持ちなので時間の巻き戻しが出来ないとは言いきれませんが……その例は恐らく、そうですね、回復魔法な気はします」

「やっぱり……」


 何これ魔法少女!?ヒロイン!?と舞い上がっていた過去の自分を思い出して思わず赤面する。うん、実際思っていた以上にチートではあるみたいだけど。勘違いって恥ずかしいよね。ほむぅ。

 穴があったら入りたいと顔を覆う私を不思議そうに見つめるセオの視線が心に刺さった。何も聞かないで欲しい。続きの説明を、どうぞ。


「……あとは、そうですね。どうしてセオドア・マレットが(・・・・・・・・・・)ご両親と面識があるのか、ですか。端的に言えば検査をしたから、そしてお2人にもお嬢様と同じように家庭教師としてついていたからですね」


 淡々と語るその口調は、おおよそ自分について喋っているとは思えないほどに客観的で、私は首を捻った。

 セオドア・マレットが(・・・・・・・・・・)


 疑問に思うのも当たり前だという風にセオは言葉を続けた。


「残りの質問の答えにもなるかと思うのですが――そもそもセオドア・マレットというのは複数にして1人なのです」


 お分かりになりましたか?と、笑うその顔が段々と若返っていく。否、変化していく。

 アハ体験をしているかのような数秒を経て私の眼前に現れたのは、あのセオ(仮)だった。


 ちょっと待って。意味が分からない。



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