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 婚約する未来を考えていなかったわけではない。貴族の娘として生まれた以上、いつかくる話であることは当然理解していた。

 覚悟もしていた、つもりだった。


 目に見えて動揺してしまった私を落ち着かせようと慌ててクラリスが紅茶を入れ、「この子はもしかして今の話を理解していたのか」とお父様が目を丸くし、それに対して「お嬢様はたいへん聡明でいらっしゃいますから」とどこか自慢気なテレーゼが説明をした――のは、わずか10分ほど前の出来事である。

 私はというとその間、納得するお父様に聡明という言葉の万能ぶりを知り、ソファーで渡された紅茶を飲みながらそれでいいのかと内心突っ込みを入れていた。

 今更ではあるものの、ここまで都合良く解釈されるとなんとなく怖くなってくる。


 相手は誰なのか、いつからそんな話が出ていたのかなど色々と聞きたいことはあったのだけれど、執事のミスターレインがお父様を呼びに来たことでそれは叶わなかった。

 私の婚約話の件を除いても、伯爵というのはやはり忙しい身なのだ。


「テレーゼ、クラリス」


 お父様が去った後の部屋で、私は2人の名前を静かに呼んだ。毒を食らわば皿までである。

 今後の参考になれば僥倖、そうならなかったとて、少なくとも私の精神衛生は一時保たれるだろう。今のままではあまりに焦れったい。


「なんでございましょうか」

「あのね、ふたりのしってること、おしえて」


 私の言葉に、テーブルを挟んで向かいに立つ2人の顔つきが変わった。テレーゼは眉根を寄せて考え込むように、クラリスは口をきゅっと結んで困ったように。

 最初に口を開いたのはテレーゼだった。


「……お嬢様にお話できるほど私どもも詳しくお聞きしているわけではないのです」


 うん、まあそれはそうだろうね。確定案件でもないみたいだし。


「でも、わたしよりはくわしいでしょう?」

「それは……」

「おねがい。おとうさまとおかあさまを、こまらせたりしないから」


 嘘は言っていない。あくまで現状把握が私の目的だ。それ以上のことは考えていない……今のところ。

 懇願する私に2人は顔を見合わせ、やがて諦めたように頷き合うと代わる代わる話してくれた。


「まずお相手ですが。ブラウン伯爵家の次男だそうです。歳はお嬢様より1つ上で、昨年の魔力検査で100年に1人の逸材と言われるほどの高い適性があると診断された方だと有名です」

「ブラウン伯爵家の長男は優秀だけれど病弱という評判ですので、一部では家督はその次男が継ぐのではないかと言われております」

「ブラウン家についてですが、伯爵家でありながら宰相……王族の方々のお側で政をなさる方を何人も輩出している名家で、現宰相もブラウン家の当主のはずです」

「そして今回のお話ですが、セシリア様と伯爵夫人がご友人であることから持ち込まれたとお聞きしております」


 ……とりあえず私には勿体無いくらいの方だということは理解できた。もはや王族の姫のお相手に望まれるレベルなんじゃないの、それ。魔法の天才なんて宮廷で囲い込むのがお約束では?

 自分から聞いたくせに、予想の30倍くらいスケールが大きくて頭が痛くなってきた。私の未来の旦那様候補は超エリートらしい。

 黙ったままの私を見てどう思ったか、クラリスが焦ったように続けた。


「ええと、ちょっと難しすぎましたね。申し訳ありません」


 うん、たしかに子供向けの内容ではなかった。でも残念ながら全部理解しちゃってるんだな、これが。


 その後も「まだ決まっているわけではありませんし」「旦那様にお任せしておけばきっと大丈夫です」と謎のフォローを受け、私は分かっているんだかいないんだか曖昧な笑顔を浮かべてその場をやり過ごした。

 何も知らないのは嫌だけれど、知り過ぎるのも考えものかもしれないと思いながら。






▽▲






 そこからの半年は実に穏やかだった。

 魔力が暴発したらどうしようなどと密かに危惧していたりもしたのだけれど、特にそんなことはなく。

 テレーゼとクラリス両名に教育を施され、両親にはとことん甘やかされる。舌ったらずな喋り方も、少しずつしっかりしていった。


 そんなルーチンを繰り返しているうちに季節は新しい春を迎え、私は3歳になっていた。




 このファンタジー世界は、言語が同じなら暦も日本と同じらしい。

 よくよく考えると屋敷から一歩も出たことがないため確認できないが、四季の訪れる間隔も同じなのだろうか。箱入り娘の目下の疑問である。


 自室の大きな窓から庭を眺めると、若々しい緑の葉が木々や地面を覆っているのが分かる。本格的な暑さも梅雨も訪れない5月は心地良い。

 部屋に吹き込む爽やかな風に鼻をひくつかせていれば、扉をノックする音が響いた。返事をして入室を促す。

 入ってきたのは若い従僕だった。扉からすぐのところで一礼して彼は口を開いた。


「失礼いたします。お嬢様、まもなく検査士の方がお見えになります。階下でお迎えのご準備をと旦那様からのお達しです」

「分かりました、すぐにまいりますとお伝えください」


 私の返答を受け取ったその従僕(たしかジェムという名前だ)は、再度一礼すると退室していった。

 それを見届けた私は扉の横に控えていたテレーゼ達を呼ぼうとして――そうする必要のないことを悟った。なにせ私の侍女達ときたら、言葉にせずとも察してくれるのだ。

 私は姿見を運んできたクラリスにお礼を言い、その前に立った。


 一点の曇りもない鏡に、西洋人形のような女の子が映る。

 私が微笑みかければその子も微笑み、手を振れば振り返してくる……つまり、私だ。

 初めて見た時の衝撃は忘れられない。あの親にしてこの子ありと言わんばかりの恵まれた容姿を持っている。今の時点で分かるくらいなのだから、成長したらより顕著になってくるだろう。

 緩やかなウェーブのかかったブルネットはお母様譲り、グレーの瞳はお父様譲りだ。

 白い肌はぽんぽんとチークを乗せたように頬だけが赤く、大きな瞳は綺麗にカールした長いまつ毛に縁取られている。

 パーツが整い過ぎているせいで、薄い唇は意識的に口角を上げないと少し無機質な感じすらする。

 

 鏡の前でくるりと一周。身に纏うシンプルなモスリン地のドレスが揺れた。

 裾にだけ重ねたシフォンと細かな花模様が刺繍されたウエストのリボン、フレンチスリーブの袖口に控えめにあしらわれたレース。ドレス自体が白地な上に背丈がないため、一歩間違えたらネグリジェだ。

 ハーフアップに結われた髪を結ぶのもドレスと同色のレースのリボンであり、全体的に儚げな印象となっている。


「とてもお綺麗ですよ、お嬢様」


 フローラルの香水を付けた後、手に持つブラシで私の髪を整えたテレーゼがにっこりと笑ってそう言ってくれた。


「変なところ、ないかしら」

「大丈夫ですよ」

「よかった。ありがとう」


 2人からの確認を貰い、目を閉じて深呼吸をする。

 いよいよこの日がやってきた。初めての魔力検査、なんとしてもうまくやらなくては。


 気合いを新たに、私は一歩を踏み出した。



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