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「……リーア?」
衝撃が抜けきらないまま固まった私を訝しむようなギルの声で、はっと意識を引き戻す。
「っごめんなさい、予想以上に喜んでいただけたのが、嬉しくて」
バクバクと心拍数の上がる胸に再度偶然だと言い聞かせ、私は取り繕うように笑顔を浮かべた。
「物自体は既製品ですし、何か自分で手を加えられないかと思って。初めてだったのですが、うまくいってよかったです」
「そこまで考えてくれてたの?嬉しいなあ、ね、ギル」
「……うん」
ギルはまだ何か言いたげな顔をしていたが、私の笑顔から誤摩化したい気持ちを察したのか、それ以上は何も言わずただレイの言葉に肯定を返した。
そしてそのまま、手に持つ箱の中へ視線を落とす。
「リーアは、すごいね」
「いえ、そんな。褒めていただけるとしたら、きっと教えてくれる先生のお陰です」
「アイリーンももう家庭教師がついているんだっけ?有名な人?」
「セオドア・マレット氏です。ギルも面識があるとお聞きしました」
「ああ、セオか。僕達も測定の時にお世話になったなあ」
というか、このあたりの子供なら大体は彼だろうね。そう言ってレイはひとり納得したように頷いた。なるほど、エリア担当のようなものだろうか。
「ギルの先生は、セオではないのですね?」
測定の時に、と前置きされたことから推測してそう尋ねた私に、ギルはあー、とどこか言いづらそうに視線を泳がせた。
「その、やっぱり国的にも色々あるみたいで。僕は王宮魔術師の人から、習ってるんだ」
「お、王宮魔術師ですか!?」
驚いたあまり思わず声が大きくなってしまった、はしたない。
しかしその道の国内最先端にいるような人とマンツーマンレッスンとは。さりげない囲い込みではないだろうか、それ。約束されたエリートはやっぱりひと味違う……。
感心しきりな私と気まずそうなギルを見て、レイは笑いながら紅茶を口に運んでいた。
「ねえギル、そんな妙なところで謙遜なんてしなくていいと思うけど」
「だって、今の流れで言うとか自慢してるみたいで」
「いえ、自慢していいと思いますよそれ!すごいです!」
「ほら、ね?」
「……リーアがそう言うなら」
そう言ってしぶしぶながら頷くギルに、私とレイは顔を見合わせて笑った。ああ、可愛いなあ。
テンションが上がったそのままに、普段どのような授業をしているのか差し支えない範囲で聞きたいとせがんだ私に、彼は「特に変わったことはしてないと思うけど」と言いながらも内容を話してくれた。思った通り、一年の差がある分やはり進行が私のはるか先を行っている。
嬉々として話を聞いている最中、内輪ネタのようになってしまった申し訳なさを感じてレイを見れば、私が何かを言うよりも先に綺麗な手をひらひらとさせながら気にしないでと声をかけられた。知らないことについての話を聞くのは何でも楽しいから、と。この11歳、大人すぎやしないだろうか?
そんなレイへの解説を交えつつ、私達は話題に花を咲かせていく。
「王立図書館には一覧が載ってる蔵書があるよ。薬草辞典くらいの厚さのものが……全部で6巻とか言ってたかな」
「薬草辞典って、あの一冊だけで5cmくらいある本ですよね……?」
「うん、そう。補助と特殊はそもそも基礎魔法が存在しないから、その他の属性だけでね。ただまあ、実際使用するには微妙なものも含んでるみたい」
魔力持ちが使える基礎魔法の数を尋ねると、流れるようにそんな回答が返ってきた。
王都になら確かにそういったものがあるのも納得だ。ギルは実物を見たことがあるのだろうか。しかし、なるほど。単に使用できるものという括りであって、有用性は加味していないのか。
侍女が淹れ直してくれた紅茶を飲みながら、私は相槌を打った。
「基礎魔法……つまりアイリーンも攻撃とか使えるってこと?」
「私の場合まだまだ経験が足りないので、実践的なものは使えないですが」
ほっそりした指を顎に当てて首を傾げるレイに、ギルが宙に図を書くようにして私の言葉に補足説明を加える。
「基礎とは言うけど、初級の範囲までが定義上含まれてるんだ。個人のキャパは別として」
「言葉通りの基礎魔法は、魔法道具への入力程度の魔力コントロールを指すんです」
「ああ、それと初級魔法をまとめて基礎魔法って呼んでるのか」
「そう。称呼が同じだから紛らわしいことになってるんだよね」
地頭が良いのだろう、すんなりと理解したレイは納得したように頷いた。
この世界の魔法体系は意外と複雑に枝分かれしている。
まず、適性として割り振られる5つの属性。そのそれぞれには、等級別の区分が存在している。
攻撃魔法においてはさらに、火・水・木・土・風・雷・光・闇という8つの属性が付与されており、攻撃に適性がある、イコールこれら全てを完璧に扱えるという訳ではなく、別途相性や魔力量との兼ね合いがあるらしい。飛距離と同じく、得手不得手があるのだ。
防御魔法は物理耐性と精神耐性の2属性。ただし、後者については初級レベルが存在しない少し特殊なタイプだ。曰く、洗脳・魅了・忘却といった精神干渉を弾く魔法は、それだけで中級以上の技量が必要となるのだとか。
私とギルの適性系統でもある回復は、前述した2つに比べると非常にシンプルだと思う。冷却や痛み止めといった応急処置レベルの魔法道具に変換できる基礎魔法に、主に浅い裂傷治癒や表面的な止血を範囲とした初級魔法。中級では捻挫やヒビ等、筋肉や骨に達している怪我の治癒が行える。上級の使い手ともなれば、瀕死を除いたあらゆる怪我の治癒の他、病の症状緩和すらできるそうだ。
「魔力持ちの扱える基礎魔法っていうのは、簡単に言うとその3タイプの基礎と初級魔法のこと」
「ふうん……あと2つの基礎魔法が無いっていうのは?」
「補助魔法は中級以上でしかバフがかからないし、特殊は確認されてる魔法全てが上級の区分だから」
「ああ、どちらも初級相当のものが無いのか」
時折質問を挟みながら、初めて聞いたとは思えない理解力でレイは話を飲み込んで行く。
「アイリーンが今回使ったのはどの魔法なの?」
「あれは物を変化させる光属性の初級魔法に当たりますね」
「一時的だから目くらましにする使い方が一般的」
変化魔法は、物の本質にどこまで干渉するかがその難しさに比例する。持続性の長さといってもいい。
例えば、私が使ったようなメッセージカードという“有る”ものを別のものと見せかける魔法は触れられたら解けてしまうし、保って数秒だ。本来“無い”ものを“有る”ように見せかけたり、人に触れられても形を保てたりするような変化をさせるには相当のセンスと魔力が必要となる。
そしてもうひとつ重要な点として、この変化の魔法は物にしかかけられない。もしも人に同じような魔法がかけられるとしたら――私は非常に身近にその存在を知っているが――それは特殊魔法であり、幻影・幻覚魔法と呼ばれる類いの全く別系統の魔法となるのだ。
「そうなんだ。魔法ってなんか、思ってたよりも学術的なんだね」
感心したように呟いたレイにたしかになあ、と頷いて返す。
起こる事象すべてが私からしたらファンタジーなのだけれど、その実根っこにある仕組みは前世の学問と何ら変わりはない。原因があって、結果が起きる。何もないのに起きたならば、それは魔法ですらないのだ。
こうして尽きることの無い質問タイムを繰り返しながら、私達のクリスマスパーティーは幕を下ろした。
ただひとつ、胸の奥に巣食った違和感に知らないふりをして。




