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レイと会った数日後、ギルからクリスマスパーティーのお誘いを記した手紙が届いた。何やら、ブラウン夫妻の都合がつかず帰って来られそうにないが、レイの体調はこのままいけば良い状態でクリスマスを迎えられるので折角なら一緒に、ということらしい。
元々クリスマスの前後1週間は全てのスケジュールを無くして休暇の予定だったから、私の方は特に問題はない。
ぜひ伺わせて欲しいという旨の返事をしたためて、私はふとあることに気が付いた。
クリスマスプレゼント、どうしよう。
さすがに招待される身でカードだけというわけにはいかない。年齢的に、周りも彼らも気にしないだろうけれど、如何せん私がいたたまれないのだ。
あの年頃の男の子が欲しがるものを私が作れるとも思えないし、街に出れば何か見つかるだろうか。
ダメ元でテレーゼ達に相談すると、意外にもあっさりと許可が下りた。
「旦那様からお嬢様の外出に関しては言付かっておりますので」
詳しく話を聞くと、どうも私が今まで一度も市街地へ行ったことがないことを気にしていたらしい。だからもし行きたいという要望があれば連れていくように、と。
なんにせよ許しが出ているのはありがたい。早速次の週末に予定を入れながら、私は初めての買い物に胸を高鳴らせていた。
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家から馬車を15分ほど走らせれば、我がロジャース領の市中へ入る。窓にかかるカーテンをこっそり開けて外を覗いていると、すかさずテレーゼにたしなめられてしまった。ちぇ、残念。
景色を諦め、プレゼントはどんなものがいいか二人にアドバイスを貰いながら座っているうちに、やがて馬車が止まり目的地に着いたことを理解した。先に出たクラリスに助けてもらい、そうっと外へ降りる。
あたたかなコートに身を包んでいてもぶるりと身震いするような冷たい風が、私達の間を通り過ぎて行った。白い息を吐きながら、目の前に建つ店を見上げる。
「マーティン洋裁店?」
「はい。奥様がご贔屓になされていて、お嬢様のドレスの多くもここの仕立てなんですよ。店舗では装身具も取り扱っているそうなので、いかがでしょう」
「うん、少し探してみる」
ちょうどカフリンクスを道中勧められたことだし。
扉に付けられたベルが入店を知らせる音を聞きながら、私は二人について広々とした店内へ足を踏み入れた。
出迎えた店員らしき男性にクラリスが何事か告げると、彼は一礼してカウンターの奥へ消えて行った。
そして数分後、見覚えのある大柄な女性がゆったりとした歩みで同じ場所からこちらへ向かってきた。
深いワインレッドのフォーマルな印象のワンピースに、同じデザインのノーカラージャケット。首回りから裾にかけてと袖部分には黒色のリボンで縁取りがしてあって、つやつやとした光沢が目に留まる。胸元に控えめに付けられたブローチはオパールだろうか、金色の台座に収まった乳白色の石が店内の明かりに反射して鈍く光っている。
くすんだ金髪は品良く耳元でまとめられ、身に纏う服のイメージとうまく調和していた。
やがて女性は傍へ来ると、私達に向かって丁寧に頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様。お久しぶりでございます」
「ロザリー」
思い出した名前で呼んだ私に、彼女はもう一度頭を下げた。
以前ギルとのお見合いで着たドレスは、採寸から何からこのロザリーにやってもらったのだ。
今思えばあの時から色々段取りは決まってたんだろうなあ……完全オーダーメイドのドレスなんてあれくらいだし。
「本日は何をお求めでございましょう?」
「クリスマスプレゼントを探しに来たの。6歳と11歳の男の子なんだけど、カフリンクスとかどうかと思って」
「まあ、なるほど。そうなのですね、いくつか私の方で見繕ってお持ちしても?」
「うん、お願いします」
「畏まりました。あちらのお席にお掛けになってお待ち下さいませ」
ロザリーに示されたままに、私達はカウンターと入り口の間に設けられた休憩スペースのような場所へと向かった。
少し広めのローテーブルを挟むようにして、3人掛けのソファが2つ。それから少し離れたところへ、小さなローテーブルと1人掛けのソファのセットがもう2つ。
その内、私は壁際に置かれたシックなデザインの1人掛けソファに腰掛けて、改めてぐるりと店内を見回した。
入ってすぐも感じたけれど、高い天井と奥行きのせいか店内はとても広く見える。反対側の壁にいくつか見える扉は多分試着室だろう。1から7までナンバーの振られた金色のプレートが、それぞれに掛かっている。
紳士服と婦人服のスペースは、ちょうど売り場を縦で割った形で分かれているらしい。手前側に男性ものと思しきジャケットやハット、奥側に手袋やハンカチといった女性向けの小物が陳列された棚。ちらりと見える豪奢な生地はドレスだろうか。幾重にもレースを重ねたスカートは今冬の流行りだと聞いた気がする。
店内は明るすぎない照度で照らされていて、その光源は魔力を込めた魔法道具であることを私は知っている。
魔力の無い人々にも魔法を身近なものとして認識させる、というのが開発理由だったそうだ。今や日常のあちこちで使用されている道具の数々からするに、その狙いは十分果たされているように思う。
街にはこうした光源用の魔法道具や、火元代わりの魔法道具を扱う店がいくつかある。専門店でしか買えないような代物ならともかく、その程度の機能の魔法道具なら日用品ということで値段もそう高くないそうだ。
魔力を補充すれば半永久的に使用できることもあり、結果的にランタンや薪を使い続けるよりコストパフォーマンスが良いのだろう。
控えめな音量で店内を流れるクラシックは耳に心地よく、つい微睡んでしまいそうになっているところへ、何かを抱えたロザリーが戻ってきた。
「お待たせいたしました。あまりお嬢様と変わらない年齢の方ということで、若めのデザインのものをお持ちしました」
そう言いながら彼女が手から下ろした物は、黒いベロア生地を敷かれた15センチ四方ほどのトレーだった。上には、等間隔を開けていくつものカフリンクスが載っている。
造りこそばらばらだけれど、よく見るとどれも落ち着いた色合いで揃えられていた。
あれこれと見比べながら、ロザリーやテレーゼ、クラリスの意見を聞きながら、1時間近くかけて私はそこから二つのデザインを選び出した。
編み込みを模した金縁が、海の底のような深い藍色の硝子を囲う円形デザインのものがギル。
正方形のシンプルなシルバーの台座に収まった淡い空色の石が、緑がかった偏光パールのような反射できらきらと輝くものがレイ。
二人それぞれのイメージに合う物を選んだつもりだけれど、気に入ってもらえるだろうか。
「こちらでお包みいたしますか?」
そうラッピングの有無を問うてきたロザリーに、私は少し考えた後首を振って断った。やってみたいことがあるのだ。
あらかじめ預かっていた財布でテレーゼが支払いを済ませ、品物を持って店の外へ出ると、心無しか人通りが増えているようだった。街へ着いたのが10時頃だったから、ちょうどお昼時にさしかかっているのだろう。立ち並ぶ飲食店らしい店から、良い香りが漂ってくる。
屋台で買い食いとかしてみたいなあ。許されないだろうけど。あつあつの肉まんや焼き芋を、カイロ代わりにしながら食べていた頃がちょっぴり恋しい。
くう、と可愛らしく空腹を訴えるお腹には気付かないふりをして、私は馬車の前で待つクラリスの元へ歩を進めた。




