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 1歳を迎えても、私は相変わらず情報収集に専念していた。


 幼い子供、という立場は便利だ。

 にこにこ笑っているか、不思議そうな顔をしていれば大体の場面は乗り切ることができる。わざと舌ったらずに単語を話すことにも慣れてきた。

 まあ、誰だって1歳の少女の中に21歳の女の意識が入っているだなんて思わないだろう。我ながら可愛くない子供である。




 大事なひとり娘のジョーソーキョーイクのためか、両親を始めとした我が家の大人は基本的に『子供の目の前でする会話』を注意深く選んでいるが、使用人とて一枚岩ではない。

 どうせ理解のできぬ幼子と侮り、口を滑らせることだってある。


「ようやくお世継ぎが、と言われていたのに女の子なんて奥様も大変よねえ」


 ある日、不在のお母様の代わりに私の面倒を見てくれていたメイドが、ぽつりとそう言った。その隣にいたもう1人のメイドがそうねえ、と相槌を打つ。

 私はといえば、何も聞いてませんよ~という態度で人形遊びを続けながら、すかさず耳をダンボにしていた。


「バインズ子爵家の方が男児を生みにくいのは有名だけど、周囲の反対を押し切ってご結婚なされた旦那様にも何か言う方はいるでしょうね」

「旦那様にご兄弟がいらっしゃらないのもねえ。ロジャース伯爵家に縁ができるわけだから、婚約相手は引く手あまたでしょうけど」

「お嬢様がもう少し大きくなったら間違いなく殺到するわよね」


 顔を見合わせてため息を吐く2人を見ないように、私は手元のぬいぐるみに視線を落とした。

 ううん、なんだか我が家って思っていた以上に面倒くさそう?




 メイド達の話をまとめると。


 まずバインズ子爵家、というのはお母様の実家である。

 旧姓、セシリア・バインズ。

 4人兄弟の末っ子として生まれたお母様はそれはそれは可愛がられていたそうだ。上から男、男、男、女とまさに貴族の家の理想とも言える男女バランスだった上に、長男が無事に家督を継ぎ、その後に続く次男、三男も他家へ行ったからだ。

 上とそれなりに年の差がある末の一姫となれば、両親が甘くなるのは必然というかなんというか。

 先代の奥方様は他家から嫁いで来られた方であるため男児が多く生まれているが、バインズの名の元に生まれた女性は男児を産みにくいというのが十数代続く定説らしい。女性だけに発現する遺伝子的な要因なのだろうか?


 そんな、大事に大事に育てられてきたバインズ家の秘蔵っ子たるお母様を娶ったのが、お父様だったというわけだ。

 男児を生みにくいと言われている嫁をわざわざ貰うなんて、という意見は結婚前からそれなりにあったらしい。お父様がひとりっ子だっため、余計に。

 お互い好き合っていれば結婚、とはならないのが貴族の難しいところだね。


 そういった背景を知ると、自分の立場の重さがずっしりと増してくる気がした。

 メイド達の口ぶりからして、家督を継げるのは男児だけなのだろう。つまり私はロジャース伯爵家の嫡子とはなり得ない。

 ……やっぱり政略結婚とかあるのかなあ。

 前世の感覚からすると実感がなさすぎる4文字。なんていったって、元・一般人なので。


 おおよそ1歳児とは思えない哀愁を漂わせながら、私は黙々と手元のぬいぐるみを並べていた。




 そんな調子で地道な努力を重ね、いかに上手く年相応に振る舞うかについてベビーベッドの中で考えているうちに、さらに一年が過ぎ去っていた。光陰矢の如し、である。

 歩けるようになったことで行動範囲が広がったのは大きく、お陰で粗方の知識を得ることができた。


 まずここは、私が以前生きていた世界とは異なる。

 なんとなく分かってはいたけれど、確証を得ることができた。

 大陸の名前が違っていたり国名に全く聞き覚えがなかったり――数多ある理由の中でなによりも決定的な差異は、『魔法が存在する』ということだった。


 そりゃ異世界のド定番ではあるけどまじで?というのが率直な感想である。あくまで存在するというだけで、100人中100人が使えるような代物ではないらしいけれど。

 3歳から5歳にかけて魔力検査を毎年行い、適性を見極めるのだとか。身体測定みたいなノリじゃん。

 その期間に発現の兆候がないと適性なしというのが、一般的な見解だそうだ。私ももれなく3歳の誕生日が来たら検査をするらしい。わお、ファンタジー!




 テンプレ過ぎてどうなのという気はするのだけれど、検査を受けるまでもなく私は魔力持ちだ。

 2歳になるかどうかという頃に体内で燻る熱を感じたことから始まり、今やちょっとした魔法を使えるようになっている。

 こっそり実験した限り、すり傷を治したり壊れたものを元に戻したり――非常に分かりやすく、テンションの上がる能力だった。

 前世で魔法使いの本やアニメに心ときめかせて育ってきた身としては、むしろ上がらない方がおかしい。

 杖を持つこともあるのだろうか?専門店であなたにぴったりの一本を、みたいな。

 さすがに空を飛ぶことはできないようだけれど、それでも治癒能力ってすごくヒロインっぽいと思うのだ、むふふ。なんちゃって。


 とはいえ、この年齢で魔法を扱えるというのは、どのレベルが普通なのだろうかという懸念もある。

 ただでさえ面倒な立ち位置にいるようなのだから、変に目立つのは避けたい。

 検査でどこまで詳しく調べるのか不明だが、『出る杭は打たれる』という日本人としての意識が、はしゃぎ倒している自身にストッパーをかける。

 私は転生者ではあるものの、この世界においてはヒヨッコ同然。不用意な行動は身の破滅を招きかねない。

 慢心、ダメ絶対。


 仮に飛び抜けた才能があったとしても、別にずっと隠す必要はないと思うのだ。

 ただ、今の私には力も立場もなさ過ぎるというだけで。家々の争いに巻き込まれる要因はなるべく遠ざけておきたい。

 もう少し大きくなって、私が個人としてきちんと周りに認められた時にカミングアウトするのが理想。

 まあ、適性検査でバレたらどうしようもないけれど。


「なんとかなる、きがする」


 鮮やかに着色された積み木でお城を建設しながら、私は口の中で小さく呟いた。



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