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「こんな格好でごめんね、折角来てくれたのに」


 外の寒さを一切遮断したあたたかな部屋の中、レイモンドは薄手の毛布を肩からかけた状態で申し訳なさそうに私に謝罪を述べた。白いシャツの袖から覗く手首は、少女のそれのように細い。


「い、いえ!こちらこそ急にお時間を頂いてしまって……アイリーン・ロジャースです。初めまして、レイモンド様」


 緊張しながら礼を執った私に、彼はくすくすと上品な笑い声を漏らした。

 病弱であるという話をあちこちから聞いていたせいだろうか。瞬きのうちに、どこかへふっと溶け消えてしまいそうな印象を受ける。

 促されるままに1人掛けのソファへ座れば、2人も同じように私の右隣と向かいのソファへそれぞれ腰を落ち着けた。


「そんなにかしこまらないで。正式な場でもないんだし」

「兄さんの言う通りだよ、リーア。もっと気楽にしていいんだから」

「リーア?可愛い愛称で呼んでいるんだね、ギル」


 からかうような響きをもってレイモンドが笑いかけると、ギルはやってしまったというような顔をして私を見た。


「いつも僕に話してくれる時はアイリーンとしか呼んでいないのに」

「それは今は関係ないだろ」

「僕もそう呼んでいい?」

「だめ」

「子供っぽい独占欲は嫌われるよ、ねえ?」

「えっ」


 こちらに話題を振られると思っていなかったので、思わず動揺した声が口をついて出てしまった。

 何と答えるべきだろう。単なる愛称であるから別に誰に呼ばれて困るものでもない、のだけれど。

 ギルの反応を見る限りあまり呼ばせたくなさそうだし、それなら許してしまうのは折角つけてくれた彼に悪い気もしてくる。


「あはは、ごめんね。そんなに悩ませると思わなくて。無理しないでいいよ」


 考え込む私を見かねたのか、レイモンドはとりなすように明るくそう言った。


「あ、いえ!すみません……」

「リーアは何も悪いことしてないからいいんだよ。とにかく兄さんはだめ」

「いじわるな弟だなあ。仕方ない、じゃあアイリーンって呼んでもいい?」

「それはもちろん、どうぞ」


 私の返答に「ありがとう」と微笑んだ彼は、柔らかなソファに座り直すと、くつろいだ様子で私達を見た。


「それにしても弟の婚約者に会える日が来るとは思わなかったなあ……長生きはしてみるものだね」

「兄さん!」

「はいはい冗談が過ぎたよ、ごめんね」


 にこにこ笑うレイモンド本人が、どこまで本気なんだか分からない口調で言うものだから、返すべきリアクションに困ってしまう。11歳で長生きって。

 隣に座るギルは少し不機嫌そうに眉をひそめていた。

 一方のレイモンドは、そんな空気を気にも留めない様子で紅茶に口をつけている。ちなみに茶葉は私が持参したものだ。病気がちで食も細い彼が好んで飲んでいると聞いて持ってきたのだけれど、口に合っただろうか。


「会えて嬉しいのはほんと。ギルはほら、さ、有名だろう?なにかと。僕がこんな身体なのもあって色々と難しくてね。同世代の女の子とこうやって楽しそうに過ごせていてよかった、安心したよ」


 私達を交互に見ながら、レイモンドはそう言った。

 取り立てて特別なことはしていない自覚があるだけに、改まってそんな風に言われるとなんとなくむずがゆい感じがする。

 ただ、家族の目にもギルが楽しそうに映っているのなら、それはとても嬉しい。


「はい、いつも仲良くさせていただいてます」

「おや、焼けちゃうな」


 そう思ったままに返答すると茶化すような声が返ってきて、少しばかり顔が赤くなった。もしかしなくても今のは惚気になっていたのだろうか。

 恥ずかしさを誤摩化すようにして、慌てて話題の転換を図った。


「レイモンド様は」

「ああ、レイでいいよ。呼びにくいでしょ」

「レイ様、は」

「うん」

「普段はどのようなことをなさっているのですか?」


 私の質問にレイモンド――レイは、「そうだなあ」とのんびりした声をあげた。


「本を読んでいることが多いかな。この通り体力が無いからあまり外は出歩けないし、魔力もないからね。勉強くらいしかやることがないんだ」

「魔力が……?」


 初めて耳にした事実に、思わずぽろりと言葉が零れた。ギルのお兄さんだから、てっきり同じように魔力の才能に恵まれているものだとばかり思っていたのだ。

 そして失言にはっとした時にはもう遅く、どこか困った表情のレイが小さく頷いていた。


「ごめんなさい、私、その」

「ああ、うん。慣れてるから気にしないで。そっか、ギルから聞いてなかったんだね」

「……わざわざ話すことでもないから」


 硬い声を出すギルに、思わずびくりと身体がはねた。彼にとってこれは触れてはいけない話、だったのだろうか。不用意に傷付けてしまった可能性を考えて、思わず両手をきつく握りしめた。


「お前ねえ……ああ、アイリーン、本当に気にしなくていいんだよ。別にタブーな話題ってわけじゃないから。魔力がないことは別に珍しくもないしね」


 半ば呆れたような声でギルに何かを言いかけたレイは言葉を途中で止めると、私の方へ向き直って何でもないことのようにそう説明した。


「うちの家系全体で見ればいたって普通の結果だよ。そうだ、アイリーンは?」

「え?」

「前にギルから魔力あるって聞いたから。適性、何だったの?」

「あ――か、回復です」


 特殊に関しては口外しないように、ときつく言い聞かせてきたセオの顔を思い浮かべながら、私はひとつの答えを返す。

 レイは私のその言葉を聞くと、目を丸くしながら嬉しそうに笑った。


「アイリーンも回復なんだ。珍しいね」

「も……?」

「ギルも同じなんだよ、知らなかった?」


 秘密主義が過ぎるんじゃないの?とレイが冗談めかして言うと、ギルは気まずそうな顔で私を見た。


「ごめん、別に隠してたわけじゃなくて」

「えっ、いえ、大丈夫です。話すようなタイミングもなかったですし」

「うん……攻撃と回復なんだ、僕の適性。攻撃の方が第一?らしいけど」

「なるほど」


 攻撃もできるとかオールラウンダーだなあなんて感想を抱きながら、初めて知った事実にふむふむと頷く。


「……おそろいですね?」

「!」


 へへへ、とマナーの先生に見つかれば怒られてしまうような声で私はギルに笑いかけた。思わぬところに共通点。話題が増えそうだ。嬉しい。

 ギルは一瞬固まった後、そわそわと視線を彷徨わせながら小さな声で「うん」と返してきた。めちゃくちゃ可愛い……。


「……なるほどねえ」


 レイはといえば、私達を見ながら何やら訳知り顔で頷いていた。ちょっと、にやにやが隠しきれていませんよ、お兄さん。

 反応したら負けだと思いつつ、照れが滲み出るギルを見ていたらじわじわと私の方まで顔が熱くなってきた。


「あ、紅茶が冷めてるね。淹れ直してもらおうか。頼むよ」


 レイの合図で扉近くに控えていたメイドが再度紅茶の支度をして持って来てくれるまでの間、私とギルはそろって赤い顔をどうにかするのに精一杯だった。



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