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「さて、今日は前回の続きより、より実践的な回復魔法の理論と練習を――」

「セオ、待って。お願いがあるの。あの、授業の前に少し時間をくれない?」


 いつも通りの授業日、教壇に立つセオに私はストップをかけた(ちなみに敬語は半年ほど経った頃から、セオたっての要望で止めている)。こんなことは教えてもらっている2年の間で初めてだ。

 そのためか、セオも怪訝そうな顔をしながらチョークを持つ手を止めて私を見る。


「……それは、構いませんが」

「ありがとう」


 ギルとの邂逅から数週間、考えた結果、私はセオにすべてを話すことに決めていた。

 信じてもらえないような部分が大半だろう。けれど、この先のことを考えると私には協力者が必要だと思ったのだ。

 今の私には何も無い。立場も、力も信用も。

 それらすべてを持ち、かつシナリオへ影響の少なそうな――つまり直接的なゲームの登場キャラクターではない――人物、私の身近なところではセオ以上の適役はいない。

 なにより、彼なら私の不確定要素である魔力のこともよく知っている。


 深呼吸を一つして、私はゆっくりと口を開いた。


「セオは転生、って信じる?」


 私ね、前世の記憶があるの。

 そう言った私の目を、セオは黙って見つめていた。




 事故に遭って気が付いたらこちらで生まれていたこと、ここが乙女ゲームのそれとよく似た世界であること、ギルバートもアイリーンもゲームのキャラクターにいたこと、ギルバートとの婚約はいずれ破談にしたいと考えていること。

 順を追って話す度、口の中がカラカラと渇いていった。緊張しているのかもしれない。


「夢でも見たのかって思われるかもしれないけど、でも、本当なの」

「――信じますよ」

「……え?」


 あまりにあっさり言い放ったセオに、呆気にとられた私は思わずぽかんと口を開けたまま、まじまじと彼を見つめた。


「し、信じるの?こんなに、荒唐無稽な話を?」

「信じて欲しいのではないのですか?」

「それは、そうなんだけど……」

「色々としっくりくるところもあったので。きっと以前仰っていた秘密、ではないですか?」

「……すごい」


 目を丸くする私にセオが苦笑いを浮かべた。2年もご一緒していればこれくらいすぐに思いつきますよ、と。


「ですが、なぜそれを突然私に?」

「協力、して欲しくて」

「ふむ……それはブラウン家のご子息の件ですか?私に何か出来るとは思えないのですが……」

「ええと、うん、直接何かしてもらおうと考えてるわけじゃないの。ただ、ただ、ね。少しキャラ変するつもりだから」

「キャラ変?」

「あー……と、別の性格を演じるってこと」


 自慢じゃないけれど、今世の私は超が複数個付くくらいの良い子ちゃんだ。

 20歳を超えた女が駄々っ子のような真似をしても……というストッパーが働くせいか、わがままらしいわがままを言った記憶はない。

 だから、最初の頃は周囲から不自然に思われるかもしれない。それを踏まえて、わがままも小さなことからコツコツと、だ。


「今、セオはお勉強も教えてくれてるでしょう?」

「まあ、算術も読み書きも私が教えるまでもありませんでしたが。一応そういうことになっていますね」

「えっと、それを別の人に頼もうと思ってるの。セオからは魔法だけを学ぶことにして」


 窺うようにセオの顔を見るが、その表情筋はピクリとも動かずイマイチ反応を読み取れない。素の時はあんなに表情が豊かなのに、と見るたびに思う。


「突然頼んだり、止めたり、申し訳ない気持ちはあるんだけど。納得してもらえない?」

「構いませんよ。魔法だけならお教えする効率も上がりますし。週の時間を増やしましょうか?」

「あ、うん、お願いすると思う」

「ではそのつもりで予定を組み直しておきますね」

「…………」


 拍子抜けだ。私が言うのもなんだけれど、順応性高すぎではないだろうか?

 早速手元のノートに何やら書き込んでいるセオをじっと見つめていると、やがてぱちりと目が合った。


「仮に私が信じなかった場合、どうするおつもりだったのですか?」

「え?」


 投げかけられた質問に思わず間抜けな声が出る。

 信じてもらえなかった場合?


「子供の戯れ言と聞き流すか、ご両親にお話するか……可能性がないわけではなかったでしょう」

「……あー」


 言われてみれば、たしかに。


「……そこまで考えてなかった」


 気まずさの滲み出た声でそう告げると、セオの視線が生暖かくなったのを感じた。計画が杜撰すぎますよ、という声が聞こえてきそうだ。

 慌ててその目から逃げるように、そそくさとノートを広げる。中断してしまったけれど授業が待っているのだ、集中、集中!

 素知らぬ振りを決め込んだ私にセオもそれ以上は何も言わず、「では手始めに、前回の終わりに触れました損傷部位に関する――」と黒板へ向き直ってくれた。その後ろ姿に小さく息を吐く。セオが先生でよかったと心底思いながら。




「ご計画通りご婚約がなくなったとして、そのあとはどうなさるおつもりなのですか?」


 「キリがいいので」と予定時刻よりやや早めに授業を終わらせたセオは、ノートを閉じながら唐突にそう言った。室内には、当たり前だけれど私と彼の他に人はいない。つまり先程の質問は私へ向けられたものだ。


「……いくつか、考えてはいるけど」

「まさかと思いますがご出奔など」

「夜逃げみたいなことはしないよ……派手に破談に持っていくつもりもないし。家を出るにしても、お父様たちになるべく迷惑はかけたくない」

「お出になる時点でご迷惑をかけるのは確定事項かと」

「う……」


 正論過ぎてぐうの音も出ない。


「第一、どうしてご婚約を破棄されたいのですか?ギルバート様はご結婚相手として申し分ないと思いますが」

「それは、わかってるんだけど……どうしても庇護対象としか見られないっていうか、そもそもギルにはもっと幸せになれる道が存在してるわけで、それを私は」

「……お嬢様」


 俯きながらごにょごにょと口ごもる私を半ば遮るようにして、セオが硬い声を出した。

 上目遣いにセオを見上げると、真っ黒な瞳が静かに私を見つめていた。そういえば、変化前も後も、この色だけは変わらないんだなあと今更のように思う。

 底の見えない黒はすべてを見透かしてくるかのようで、私は少しばかりたじろいだ。


「私にはお嬢様の生きてきた世界のことは分かりません。先程のお話を信じてはいますが、そのゲームとやらの登場人物たちとお嬢様やギルバート様がまるっきり同じだとは考えていません。なぜなら貴女はひとりの命ある人間です。それはギルバート様も同じです」


 す、と息を吸い込んでセオは続ける。


「人と人とが関わりあえばそこにはいくつもの可能性が生じます。どうかご自身もギルバート様も、生きている人間であるということをもう少しお考え下さい」


 差し出がましく失礼いたしました、そう言葉を結んだセオに私は何も返すことができなかった。



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