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 『君に花束を』――通称『君花』。


 それは19世紀ヨーロッパ風の世界を舞台にした、ファンタジーな学園モノの乙女ゲームだった。

 攻略対象は全部で5人。

 メインヒーローであるサリティア王国王太子のマリウス、宰相の息子のギルバート、騎士団長の息子のレヴィン、司教の息子のユリエル、隣国のバーナン王国第二王子のウォーレン。

 彼らを含む魔力持ちの子供達が通う王立アリストヘイム学園へ、平民の主人公が編入学するところから物語は始まる。


 その中で、アイリーンはギルバートルートにおける当て馬キャラだ。

 もう1度言おう、当て馬(・・・)である。ライバルなんてかっこいいものではない。彼女は常に主人公とギルバートの距離を縮めるだけの存在なのだ。

 そのため、ハッピーエンドを迎えればあっさり退場となるし、その後は文字通り、影も形もない。

 他ルートでのライバルキャラと比べても、スタッフからの憎しみこそ感じないが、愛も感じない。

 見せ場といえば、ギルバートと惹かれ合い始めたところでスチル付きで現れる初登場シーンくらいだろうか?


 そんな色々と不憫なアイリーンだが、私は彼女の容姿がたまらなく好きだった。はっきりと顔の映らない主人公を除いた女性キャラの中では、それこそ断トツ。

 彼女を見るためだけに、当時最推しだったウォーレンの次に多くギルバートルートをこなしていたくらいだ。


 ……まさかそのアイリーンに自分がなっているとは。人生とはかくも不思議なものなり。

 君花を思い出した今の状態で鏡を見たら、確実にナルシストになる気がする。




 それぞれのルートやイベントを書き出して整理をしたい気持ちでいっぱいだったのだけれど、さすがに誕生日を祝ってくれる両親を前に部屋に引き込もるという選択肢は取れなかった。

 そして、嬉しいようなもどかしいような複雑な気持ちで夕食までを終えて部屋に帰ると、明日は早いのだからと早々にテレーゼにベッドに入れられてしまった。無念。


 仕方がないのでベッドの中でつらつらと考えを巡らせていれば、ゲームと現実ではいくつかの差異が生じていることに気が付いた。

 まず第一に、ゲーム中のアイリーンは魔力がそんなに強くない。

 当然だ。当て馬はそんなに目立ってはいけない。稀代の天才と称されるギルバートや彼と同じくらいの魔力を有する主人公とは、天と地ほどの差がなくてはならないのだ。

 第二に、その魔力や魔法について、ゲームの中ではそれほど詳しく説明はなかったはずだ。ストーリーにおけるスパイス的な要素でしかないからかもしれないけれど、覚えている限りでは、私がセオから聞いた性質アレコレの話は欠片も出てこなかった。

 第三に、アイリーンの周りにセオドア・マレットというキャラクターはいなかった。もっとも、当て馬の人間関係にスポットが当てられないのは当たり前だから、これに関しては出ていなかっただけという可能性は否めない。


 あとは、あとは……と考えているうちに、気が付けば私は眠りについていた。




 自分で思うよりずっと、興奮で疲れていたのかもしれない。

 クラリスの声で目を覚ましながら、私はぼんやりと考えた。自力で起床ができないなんて久しぶりだ。体内時計のお陰で、ここ1年ほどは起こされる8時の少し前には目を覚ましていたのに。


「お嬢様、おはようございます」


 寝ぼけ眼のまま、にこにこと笑うクラリスを見つめる。はてさて、彼女はどうしてこんなに楽しそうなのだろうか。

 渡されたモーニングティーに口をつけながら、その原因を探る。


「本日はよりいっそう、お綺麗にしなくてはなりませんね。どうぞ私共にお任せ下さい」


 ……ああ!お見合い!

 思い当たると同時にぽんと手を打ちそうになった。危ない、ゲームの情報とのすり合わせに必死ですっかり忘れていた。そもそも思い出すきっかけになった出来事だというのに。


 紅茶を飲み終わると、テレーゼとクラリスによって支度が整えられていく。人に身支度をしてもらうのが当然の感覚になっている自分が少しだけ怖い。

 午前用のストンとした普段着ドレスに袖を通しながら、このままでも構わないとか言ったら卒倒されるよなあなどと考えては苦笑した。


 着替えを終え、朝食を食べに階下の居間へ入ると、どこかウキウキした様子のお母様と対照的に憂鬱そうなお父様が座っていた。


「おはようございます。お父様、お母様」

「おはよう、僕達の天使」

「おはよう。アイリーン、昨日はよく眠れた?顔色は良さそうね、良かったわ」


 ご機嫌なお母様にはい、と軽く頷いて返す。

 席に着き、テーブルの上に所狭しと並べられた料理に目をやった。

 ふわふわの白パンに固めのベーグル、薄切りにされたコーンブレッド、クランペット、バターに3種のジャムに、とろりと黄金色に輝くはちみつ。山盛りマッシュポテト、厚切りのハム、オムレツ、サラダなどなど。毎日のことながら、朝からボリューミーである。

 それらのいくつかを、少量ずつ自分の皿へ取り分けてもらう。バイキング形式って素晴らしいよね。

 目の前に置かれたオレンジジュースの入ったグラスを口元に運びながら、私はお父様の方をそっと窺う。と、ぱちりと目が合ってしまった。


「どうしたんだい?」

「あ、いえ……お父様のお顔の色が優れないなと……」

「……そんなことはないよ。大丈夫、少し寝不足なだけさ。さあ、早くお食べ」

「……はい」


 どう考えても、今日のお見合いのせいだよなあ。


「アル、心配し過ぎよ。クレアから聞いてるわ、とっても良い子だって。アイリーンも仲良くなれるはずよ」

「いやセシル、僕は何もそんな心配はしていないよ。アイリーンなら誰とでも上手くやれるだろうからね、勿論」

「もう。子供っぽい真似は止めてちょうだい」


 笑いながらたしなめるお母様と、ツーンとわざとらしく顔を背けるお父様。うむ、仲良きことは美しきかな。今日も両親仲が良くて私は嬉しいです。

 咀嚼していたオムレツを飲み込んで、私は再びお父様に声をかけた。


「お父様」

「なんだいアイリーン。もしかしてあまり乗り気ではないのかい?なんとかしてやりたいが、今日は我慢しておくれ。うん、なんたって会うだけだからね」

「違うわ。とっても楽しみだもの。私、歳の近い子に会うのは初めてでしょう?きっと良いお友達(・・・・・)になれると思うの」


 駄目押しににっこりと笑いかけておく。ぐっ、とお父様が言葉に詰まったのが分かった。

 実際、アイリーン目当てに何周も攻略していたせいか、ギルバートはなかなか愛着のあるキャラだ。その貴重な子供時代を見ることができるなんて、オタク的には楽しみ以外の何物でもないだろう。

 まあ、見るだけってわけにはいかなさそうなのがくせ者だけれど。


「そうね、アイリーンの言う通りだわ」

「ギルバート様のお母様は、お母様のお知り合いだって聞きたわ」

「あら、知っていたの?そうよ、クレアと私は学園での同級生だったの。大切なお友達よ」


 よろしく伝えておいてくれるかしら?と続けるお母様に、私は「はい!」と元気に返した。



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