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 エマージェンシー。脳内処理可能容量オーバー。

 目の前で理解し難い現象が起こりました。大概のことには動じない自信があったけれど、こればっかりは無理です。威厳のある中年男性が黒髪黒目の青年に変わりました。しかも2回目です。マジックか何か?って魔法があるのにわざわざそんなことしないか、魔法、ああそうだ魔法だよね。


 絶賛大混乱中の私の前でにっこりと微笑むその人は、黒曜石のような真っ黒な瞳でこちらを見つめていた。


「これが私の性質です。まだローブの効果に頼らないと長時間の維持はできない若輩者ですが」

「……特殊、なんですね」


 ようやく絞り出した私の一言に、彼は笑って何も答えない。けれどそれは暗に肯定の意を示していた。今までのは幻覚魔法というやつだろうか。

 セオはセオだけど、セオじゃない?ああもう訳が分からない。


「セオドア・マレット――まあこれもこの数十年で作られ継がれている名前ですが――私達は複数人でこの人物を作っています。私が受け継いだのは5年ほど前のことなので、正確に言えばご両親と面識があるのは先代ですね」

「でも、会話とかでさすがにだれか……」

「ああ、そこは記憶の受け継ぎをしているんです。そもそも接触が最低限に済むよう、保険として『時間をかけることを嫌う』なんて性格設定もありますし」


 よく出来ているでしょう?と言って片目を閉じてみせるセオは、数分前までの表情に乏しい人物と同一人物だとは信じられないほどに茶目っ気に溢れている。特殊メイクでマスクでも被っているのではないかと疑いたくなるくらいだ。

 目を白黒させる私を見て、彼は少し考え込むようにしてからかぶりを振った。


「うーん、やはり混乱させてしまいましたね。申し訳ありません。普通ならこんなこと絶対に話さないんですが」


 そこだ。一体どうして部外者の私にそんな重大なことを話したのか。

 前回、私に今のその姿を見られたことが理由だとは到底思えない。どうとでも誤魔化せる方法はあったはずだからだ。


「貴女のことが心配でしたし、乗り掛かった船というやつでしょうか。その成長を近くで見たくなったんです。あとは……私の力不足な部分も大きくて」

「ちから、ぶそく?」

「本当は何も言わずに確認して封印するつもりだったんですよ。あっさり弾かれちゃいましたけど」


 けろりとした顔で言い放つセオに、そういえばやっぱりダメかとか何とか言われたような……と薄らした記憶を呼び戻す。


「だから、最善だと思った方法を選んだだけです」

「……そう、なんですか」

「貴女が周りに吹聴するようなお方だとも思っていませんしね」


 なんだか言外にバラすんじゃねえぞと圧力をかけられた気がする。言いません、言いませんけど。


「さて、他に何か聞きたいことは?」

「……お父様やお母様の家庭教師をしていたって、2人はどの性質なんですか?」

「ロジャース卿が防御で夫人が回復ですよ。もっとも、強さはお嬢様が100としたらお2人は30程度ですが。先代は早々に教えることがなくなったと聞いております。ご存知ありませんでしたか?」


 いいえ、まったく。私って地味にサラブレッドだったんだなあとは思うけれども。

 首を振る私に、「お嬢様はその点、お教えすることが多すぎて少々不安になりますね」なんていう声が飛んでくる。やはり契約年数とかがあるのだろうか。


「セオって、家庭教師が本業なんですか?」


 私の問いに一瞬きょとんとした後、セオは愉快そうに笑った。


「うーん、本業ですか。難しいですね。検査士はコンスタントにある仕事ではないので……普通、様々な職を手に付けているんですよ」

「じゃあ、ほかにも何か?」

「私は家庭教師だけですね。有難いことにセオドア・マレットの評判は良いのであまり困ったことはないんです」


 言われてみればそれもそうかという気もする。

 3歳から5歳の子供を年に1回なんて、条件が不安定すぎる。それなりに高額でないと、生計を立てるのは難しいだろう。

 かといって、高すぎては一部の富裕層にしか受けられないものとなってしまう。経済格差を埋めるための公的援助という概念は、この世界にあるのだろうか。


「さて、質問はもう大丈夫でしょうか」


 セオの声にハッとして意識を戻す。ついつい考え込んでしまった。

 あとなにか聞きそびれたことはないだろうか。そう考えてふと、大事な質問を忘れていたことに気が付いた。


「あとひとつだけ」

「なんですか?」

「セオの本当の名前はなんていうんですか?」


 セオドア・マレットが作られた名前であるなら、セオ本来の名前は別にあるはずだ。まあ知ったところで人前で呼ぶことはできないのだけれど。気になるものは気になる。

 これまでの質問にすべて答えてくれていたため、これに関してもあっさり教えてくれると思っていたのだけれど、予想に反してセオは少し難しい顔をした。


「……気になりますか?」

「え、はい……」

「うーん……そうですね、今はまだ秘密です。私の役目が終わりましたらその時にお教え致します」


 だから、どうぞ今しばらくはセオとして扱ってください。

 にっこり笑って言うその顔は、有無を言わせない雰囲気を持っていた。

 役目が終わるということは、セオが私に教えることがなくなる時を指すのだと思うのだけれど――一体いつになるのだろう。途方もない時間がかかりそうだ。

 見えない未来を想像して、思わずため息を吐いた。これは、遠回しに断られたということかもしれないな。


「――さて、それではもう少しだけお時間がありますので、魔法を扱うということについてさわりだけお教えしましょう」


 ぱん、とセオが手を叩くと、あっという間にその姿は無愛想な中年男性へと戻っていく。

 最後の最後で疑問を残したままになったせいでモヤモヤしているけれど、駄々をこねたところで教えてもらえるとも思えない。どうあっても彼が私の家庭教師である以上、授業を受けて頑張るしかないのだろう。

 無理矢理に気持ちを切り替えて、私は黒板の前に立つセオへと目を向けた。



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