「何かしらの」メッセージ
なんてことのない帰り道、私は今日もなんてことのない空を眺めながら歩いている。大空に広がるオレンジ色、人々は羨望の眼差しでカメラのレンズを大空へ向ける。いつの日からか私はこう思うようになった、眼球を通してみる空の景色は壮大だけど、携帯の液晶に映る空は保存するに値しないぐらい大層なもんでもないよなあと。私はその日から空の写真を撮るのをやめた
そういえば今日、新人のあの子に声をかけられたんだ。たしか名前は田中くん。よくある名前だったことよりも、とってもきれいな顔をした男の子だったから忘れてない。彼は通り過ぎるや否や「あ、そういえば自己紹介とかしてなかったんですよね。田中って言います、よろしくお願いします」と突然私に話しかけてきた。私は一瞬戸惑ったけど「山本です。よろしくお願いします」と微笑んだ。嬉しかった。あ、でも私自然に振る舞えてたかな?なんだか不自然な喋り方をしてたような気がするぞ?変な風に思われてないかしら……? 些細で不確かな記憶の種はネガティブな妄想を加速させる。
新橋駅、混雑を通り過ぎると満員電車が待っている。ぎゅーぎゅー詰めになるために私は一般車両へ、グリーン車に乗りたいと毎日思ってい。きっとあなたもそうかしら? ふと顔を上げるとグラマーな女が私の目の前に背中向けて立っている。見上げてしまう、あれ?私ってこんなにチビだったかしら? いいや、コノ女がデカいんだ。周りの男達よりも背が高いその女は悲しいかなとっても良い匂いがした。
私にとってこういう満員電車の中で時間をつぶす方法は限られている。私は本を読まないし新聞も取らない。ニュースだって電車内でチェックするほど興味も無い。huluで映画でも見ようかな。私は考える。あ、通信制限で見れないんだ… くだらないトホホを繰り返すのが人生の醍醐味ね。
川崎駅に着くと、スーッと息を吸い込んでからハアーッと空気を吐き出す。息も詰まっちまうぜこんな人生。キザな台詞を心で叫ぶ私って退屈な女ね。
だけど幸い私は女だ。退屈な性分でも男には困らないの。私の器量は中の上だし、もっぱら社会人になってからは女は受け身でも恋が出来るんだということを知った。上目遣いで積極的に男を落とそうと必死だった大学時代が見苦しい。男って社会に出るとデキる男になるのよね、学生くんは弱っちい男が多いし、若者は意味分からない駆け引きを仕掛けてくるからモドカしいわ。
今夜も私はまあまあ好きなイケメンではない彼氏のお家へ泊まりに行く。京急川崎駅まで歩いたら駅前のTSUTAYAで待ち合わせの予定「DVDでも見ながら週末は過ごそう」って彼が言ってくれたからそうするの。でも正直、今は田中君が彼氏候補よ。今私は彼のことを品定めしてる最中なんだから。女はね、どんなに顔が良い男でもそれだけじゃ心は揺れない生き物なのよ。私を惚れさせて見なさい。私ってイヤな女ね。
だれかの本のどこかの一説に「すぐに男を変える女は、すぐに生き方を変える女だ」って書いてあったけど、それって嘘っぱちよ。だって、もしそれが本当なら私は「すぐに生き方を変える女」ってことになるでしょ?でも私の人生に昔から大した変化はないわ。わらっちゃうくらい超平凡よ。
新卒で今の会社に就職して、それなりにイヤな思いをしたけどそれなりに踏ん張って、ふた月に二冊は自己啓発本とか買ったりして、一応全部読んでフムフムとか言いながらそれなりに啓発されちゃうんだけど、一週間後には「あれ、これどんなこと書いてあったっけ?」みたいな感じで忘れちゃう、そんなこんなしてたらいつの間にか忘れたことも忘れてしまう。だから、また同じような自己啓発本を買って一週間だけ意識高い系女子としてさっそうと街を流離うの。
それでもね、年を重ねる毎にそれなりに鍛えられるわね。突然に泣き出したくなる夜も、全部投げ出して逃げ出たくなるような朝も、だんだんと減って行くものよ。衝突も少なくなって来て落ち着いたつまんない日常を手に入れてるのが今の私。ね?どこが生き方をすぐに変える女なのよ?むしろ、こんなとるにたらない人生ならメランコリックに美化したって良いんじゃない? 最終的に私は「あなた(著者)が言わんとすることはきっと、もっと深くて哲学的なところに本質があるから、馬鹿な私には理解出来ないのね」という解釈をしてあげることにした。
そんなことをイライラしながら考えながら歩いていたら、TSUTAYAで彼と待ち合わせるはずが間違って自分のお家帰ってきてしまった。彼から連絡来てたけど全然気がつかなかったわ。「もしもし?ゴメン間違ってお家帰ってきてしまった」「は?なんだそれ」アノ人、苛ついてるわね。声で分かる。だるっ。「ごめんね。今日はこのまま家かって良い?お泊まりは明日でも出来るから」「いやいや、ドタキャンにもほどがあるぞ」そこで私はめんどくさくなって電話を切ってしまった。私って最悪な女ね。
でも私実は知ってるのよね。今日私が彼の家に行かなかったのは、それは間違ってなんかじゃなくて、私の意思だったって。