8.開幕戦その1
控え室を出たマークは、係員に連れられ再びアリーナへと続く道を歩いていた。一歩、また一歩と歩を進めるうちに、観客席からの喧騒が耳に入ってきて、どんどん大きくなっていく。そして、遂に鉄格子の降りたゲートの前へと到着した。
「さあ、両選手準備が出来たようです。それでは皆様お待ちかね、第97回クラフト・オブ・アリーナの開幕戦を行います。選手入場!」
司会の一言と同時にマークの目の前の鉄格子が勢いよく開かれる。高まる歓声、降り注ぐ初夏の太陽光、視界に小さく映る・・・敵。
ハミルトンもマークと同じように、ゲートからゆっくりとアリーナの中心に向かって進んでいる。その両手には双剣を携え、顔には人を小馬鹿にしたような笑みが張り付いている。両者はアリーナの中心まで進んでいき、立ち止まった。
マークは頭の中でこれから始まる戦いのシミュレートをしている中、不意にハミルトンに話しかけられた。
「まさか初戦の相手が非星術士(能なし)とはな。ボーナスステージを俺に与えてくださった女神様には感謝しないといけねえわ。」
「感謝?懺悔の間違いじゃねーの?なんたってお前は、97回のクラフトの歴史上で初めて非星術士に負けるんだからな。いや、間違ってねーか。非星術師に負けるのはクラフト史上初めての快挙として歴史にハミルトンの名が刻まれることになるんだからな。良かったな、ハミルトン。お前の兄も成し得なかった快挙だぞ。」
マークが言い切った途端、ハミルトンの顔から笑が消え、黒く、冷たい睨みへと変貌していた。
「決定だ。半殺しで済ませてやろうと思っていたが、気が変わった。てめーを殺す。1分だ、1分以内にその口が二度と聞けないようにしてやる、覚悟してろ。」
両者の雰囲気を察した審判はすぐさま二人の間に割って入る。10メートル程離れた位置に移動させられた後、司会が選手紹介をするために、アリーナ中央へと現れた。
「それでは選手の紹介を行います。まず始めに、ヘッセン州代表、前回クラフト覇者フェイル・サリアスの弟にして、4大公爵家サリアス家の次男、ハミルトン・サリアス!使用する星術の属性は火。」
ハミルトンの紹介とともに、闘技場全体に割れんばかりの歓声が広がる。
「対するは、ザールラント州代表、ただの一般庶民、マーク・アルタイル!使用する星術はなし、今大会唯一の非星術士です。」
マークの紹介と共に、今後は冷やかしや嘲笑の声が観客席から聞こえてくる。
「兄ちゃん死ぬなよ~」
「頼むから一瞬で試合が終わるなんていうつまらないことにはしないでくれよな」
マークは周囲の雑音になんの反応を示さず、じっとハミルトンを見つめている。
そして開会式でも鳴らされた、あの銅鑼の音を合図に、遂に戦いの火蓋が切って落とされた。
試合開始の銅鑼が鳴る少し前、ハルトはマークの試合を観戦するために観客席へと来ていた。しかしクラフトの開幕試合とだけあり、どの席もほぼ埋まっていて中々自身が座る席を探し出すことができない。
「あかん、席ないやん。・・・。ん、あったあった!」
10分程探した後、ようやく1席だけ空いている箇所を見つけた。丁度観客席の中段、二人の20歳前後の女性が座っている席の左隣。ハルトは内心しめたと思いつつ、その女性に話しかけた。
「もしもし、そこの黒髪のごっつ美しいお嬢さん?隣空いてへん?今席探してるんやけど中々見つかへんくて・・・」
「ん?もしかしてあたしのこと?美しいなんて嬉しいこと言ってくれるじゃないか。絶賛空いてるよ、兄さん。」
「ほんまか!?良かった~、立ち見なんて冗談やないからな!おおきに!」
ハルトは大げさに安堵し、空いている席に腰を下ろす。先ほど話しかけた女性は右隣のフードを深く被った人、おそらく声からする察するに女性と会話をしている。ちらりと会場の時計を見ると、試合開始時間まであと10分程ある。
(まだ試合開始までは余裕あんな・・・、せっかくの機会や、是非隣の女性二人とお近づきになったろ!)
「お嬢さん二人、君たちブレンデッド出身?おっと自己紹介が先やった、ワイの名前はハルト、ハルト・フリードリヒや。」
黒髪の女性はフードの女性との会話を打ち切り、ハルトの呼びかけに答える。
「あたしはそうだけど、隣の子は違うよ。ハルトね、よろしくね!私はカトリーヌ・ベガス。隣の子はメル・ベアーグね。ハルトは見た感じだとブレンデッド出身ってわけじゃなさそーだね。観光?」
カトリーヌに紹介されたメルはハルトに向かって軽く会釈する。そしてハルトはカトリーヌの質問に対して待ってましたというばかりに応える。
「観光ちゃうで、参加者や。今から試合するマークっていう奴と同じ州の代表や。」
「えっ!?」
女性陣はハルトの予想外の回答に驚愕する。ただハルトが期待したように「選手」であることに驚いたのではなく、「マークと同じ州の出身」であることに驚いたのは想定外であった。
「ハルトさんはマークと同じ州の出身なんですか!?」
「いや~驚いたね、まさか少年と同州出身とは。世間はせまいね~。」
「えっ、驚くのそこ?ちゅうか君らマーク知ってんの?」
女性二人は顔を見合わせると笑い出し始めた。ハルトは頭から疑問符を浮かべながら、二人がマークのどのような知り合いなのか尋ねる。カトリーヌは笑いを抑えながらマークとどのような関係なのかハルトに話した。
「実は・・・」
カトリーヌが話した内容を要約するとこうだ。マークがカトリーヌの経営する宿に泊まっていること。マークがとある事情からメルを昨日宿に連れてきたこと。今朝マークが非星術士であると知り口論になってしまったこと。
それを聞き終え、ハルトはマークを中心とする繋がりについて感慨にふけっていた。
「ほえ~、こんなことってあるんやな~。えらい偶然やで、ほんま。まあでも、試合の方はマークが負けるとは限らんちゃうか?」
「えっ!?」
女性陣はハルトのマークに対する評価に対して再び驚愕の声を上げる。
「確かにマークは星術は使えひん。でもな、あいつにはそれを補う強さがあるんや。ワイはマークと予選が一緒やったさかい、あいつがどんな戦い方するか知っとる。そしてあいつがどうやってあんな戦い方を身に着けたかもや・・・。この試合、対戦相手は4大侯爵家のエリート坊ちゃんやろ。もしかすると、おもろいことになるかも知れへんで・・・。」
カトリーヌとメルは彼の含みを持たせた言葉を深く追求しようとした瞬間、試合開始を告げる銅鑼の音が会場に響き渡った。