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7.開会式その3

 暗く静まり返った通路を通っているマークは、目の前に小さな光を確認した。闘技場は大きく、選手達が実際に戦う「アリーナ」と呼ばれる壁に囲まれた円形の広場と、壁の上の観客席に分けられている。マーク達選手は、そのアリーナに向かっていた。歩を進める毎にその光は少しずつ大きくなっていき、やがて通路を抜け、マークは太陽光を全身で受け止めた。その瞬間・・・


 地鳴りのような音が闘技場全体に響き渡り、大地が揺れているような感覚に襲われた。闘技場の大観衆5万人の合わさった声により、マークは脳に直接音を叩きつけるような錯覚に陥った。丁寧に鳴らされた黄土色の土、所々大きな傷のある高さ5m程の壁、その壁上の人・人・人・人。一部を除いた参加者は、闘技場の異様な雰囲気に圧倒されていしまい、頭の中が真っ白になっている様子である。無論、マークを含めて。


 係員が全参加者の誘導を終えると、闘技場の丁度北側に設置された銅鑼がけたたましく鳴り響く。その瞬間、先ほどまで地鳴りのように響いていた歓声がピタっと止まった。司会らしき男が会場が静まり返ったことを確認すると、会場全体に声が通るよう星術を使用する。


「これより、第97回クラフト・オブ・アリーナ開会式を行います。まず始めに、アーグランド帝国第一皇子より開会の言葉をいただきます。」


 そして先ほど鳴った銅鑼の下部に位置する、他の観客席よりも数倍は豪勢な席から、一人の蒼い髪の青年が姿を現す。アーグランド帝国の第一皇子、ゼクス・ベガ・アーグランドである。長身で細身な体格からは想像もつかない威厳のある言葉で、選手を含む会場の全員に話し始めた。


 「選手諸君並びに多くの観客達、よくお集まりいただけた。今年もこの闘技大会が無事に開催される運びになり、私も嬉しく思う。さて、私もあまり長い話をするのは好きではない。なので手短に述べさせてもらう。今回で97回のクラフト・オブ・アリーナの歴史の中、皆も知っているよう多くの激戦があり、そして多くの英雄が生まれた。此度の大会でも、歴史に名を刻む英雄が誕生することを私は心待ちにしている。誇りを賭けろ!死力を尽くせ!そして・・・頂点を目指せ。以上だ。」


言い終えてから一瞬間を置いてから、会場全体が熱狂の渦に巻き込まれる。観客は4年間待ちに待ったお祭りというべき大会の開催に熱狂し、選手達は皆静かに心の内の刃を研ぎ澄ませていた。観客席とアリーナ、同じ闘技場のはずが、その温度は大きく違っていた。




 開会式は予定通り進んでいき、遂に開会式の一番の目玉である、組み合わせ決めが始まろうとしていた。クラフトでは一回戦で戦う1組のみ開会式の直後に行うという伝統がある。つまり、今日の時点で勝利を手にする者、負けてこの大会から弾き出されてしまう者が出るわけである。そのため多くの選手が、組み合わせが決定する瞬間を固唾を飲んで見守っていた。


「これより、開会式の最後、組み合わせ決めを始めます。選手各位は係員の誘導に従って、円形になるよう並んでください。」


司会の言葉とともに、係員が大勢アリーナに現れ、選手たちをアリーナの壁際へ、円形になるよう誘導し始めた。選手達の誘導が終わると、再び司会の紹介とともに、第一皇子・ゼクスが右手に特殊な形状の杖を持って現れる。


「さて、再び大役を務めさせていただこうかな。」


そうつぶやくと、右手の杖を大きく前方に掲げる。


「女神・ステッラの名のもとに、アーグランドの礎とならん英雄誕生を祝福す。その栄に選定を受けしものは・・・」


ゼクスが言葉を切った瞬間、杖の上部の突起から天使の輪っかのような光り輝く物体が出現した。物体はゆらゆらとアリーナの中心に降り立ち、その形を変えていく。やがて、32本の剣へと形状を変えた。突然、そのうちの一本が大きく上空に飛翔した後、一人の出場者目掛け弾けるように飛んでいく。そしてある男の足元に突き刺さった。


 「一回戦、栄えある開幕戦に選べれたのは・・・ハミルトン・サリアス!!」


 司会が声高々に叫ぶ。観客も開幕戦に選ばれたのが4大公爵家の一人だと知り大いに興奮する。


「おい、サリアスってあのサリアス家だよな?」


「ああ、確か前回クラフト優勝者、フェイル・サリアスの弟だろ?いきなり4大公爵家の試合が見られるなんてラッキーだぜ。」


マークの耳に観客席からの話し声が否応なく耳に入る。チラリとハミルトンの方を見ると、顔に不気味な笑みを貼り付け、ゆっくりと消滅していく光の剣を見つめていた。


 マークはアリーナ中央の光の剣に目を戻すと、2本目の剣が上空に飛翔しているのが目に入った。そして剣は上空で停止し、選手の元へと弾き飛ばされる。マークは光の剣の行く末を眺め・・・自身の足元に突き刺さったことを確認した。


 どうやら俺は開幕戦に当たってしまったらしい・・・


「そして、一回戦開幕戦に選ばれたもう一人の選手は・・・マーク・アルタイル!!開幕戦はハミルトン・サリアス対マーク・アルタイルに決定しました!」


 司会がそう宣言すると、またしても会場はすさまじい熱気に包まれた。


「おい、マーク・アルタイルだってよ。ブレンデッド・タイムスのランキングだと最下位だったやつじゃねーの?」


「確か星術が使えない奴だろ。対してハミルトン・サリアスのランキングは6位。勝てる訳がねえな。死なないだけでも拍手もんだろ」


 観客席から聞こえる自身の低評価をよそに、マークは再びハミルトンの方に目を向ける。先ほどの不気味な笑みが一層強くなっているようにマークは感じた。


「さっきのことと言い、完全に舐められるな。まあ星術が使えない以上、出場者中最弱なのは確かなんだししゃーないか。」


 マークはぼやきながらも、決してハミルトンの一挙手一投足から目を離さなかった。

 



 アリーナの中央にあった最後の光の剣が、残りの選手の足元に突き刺さった直後、司会が開幕戦の案内をするために話し始める。


「これにて開会式を終了いたします。なお、皆様お待ちかねの開幕試合はこれより1時間後からの開始となります。アリーナにいる選手の皆様は係員の指示に従い出口へと向かってください。また、サリアス選手及びアルタイル選手につきましては専用の控え室を用意しております。係員の指示に従いそちらへと移動願います。」


 司会が話終わると、マーク達選手がアリーナに入場してきたゲートと、その対角線上にあるもう一方のゲートから係員が現れる。彼らは選手を二人ずつゲートへと誘導し始めた。


 マークは係員に連れられてアリーナを出て行くハミルトンからようやく目を離す。そして自身も係員に導かれゲートへと向かう途中、偶然ハルトとタイミングが重なった。


「よ、マーク。開幕戦とは災難やったなあ。おかげであんまハミルトンのこと研究できんとちゃんの?お前の戦い方でそれが出来んひんのはエライキツイで。」


 ハルトは同情を示すような態度でマークの左肩にポンと手を置く。両者は同じ会場で州予選を戦っていたため、お互いの戦い方を熟知しているのだ。それに対し、マークはおどけるように返した。


「まあ想定の範囲内・・・とかっこよく言いたいところなんだけど、実際はキツイな。もうちょいハミルトンの情報が欲しいところだけど、時間がねー。どうしよう(笑)」


「なんや、意外と余裕そうやな。心配して損したわ。」


「余裕なんてねーよ、なんたって俺は新聞記者殿によると”今大会最弱”だからな。まあでも今更焦ったってしょうがねーだろ。それよりハルト、お前は俺の心配ばっかしてていーのかよ。このまま俺とお前が一回戦を勝ち抜けば2回戦であたるぞ。」


「俺としてはハミルトンよりマークに勝ち上がってきて貰った方がええんやけどなー。ほら、あの胡散臭いランキングやとハミルトンは6位やん?俺19位やし、32位のハルトと戦った方が気分が楽やわ。まあいずれにせよ、頑張れよ。2回戦戦う戦わない抜きにして、俺は観客席でまったりマークのこと応援してるわ、同郷やしな。ほなサイナラ。」


 ハルトはそう言うと早々にゲートをくぐり、姿を消してしまった。マークは言い返す間もなく逃げられてしまったと思いながらも、不思議とハルトの言葉に不快さを感じなかった。

 




 係員に案内され、ゲートから再び静まり返った通路へと戻り、先ほどとは違った選手控え室へと戻ってきた。開会式前に選手全員が集められた控え室から、自身の荷物はこの部屋に移動してあると伝え聞いたマークは、係員にお礼を言いつつゆっくりと扉を開けた。シンと静まり返った部屋の片隅に、宿から持参した大きめのバックが無造作に置かれている。マークはそのバックの元へ行き、これから約1時間後に行われる、ハミルトンとの開幕戦のことを考え始めた。

 

 相手は4大公爵家、ランキング6位。普通に考えたら俺に万に一つも勝ち目はない。


 冷静に考えれば考えるほど、いかに自分が無謀な挑戦をしようとしているのかが分かる。そして、その事実にマークの気持ちは押しつぶされそうになり、両足が震え始めた。しかし、すぐさまマークは考えを切り替えた。



だが、「普通に考えたら」だ。ようは普通ではなく、普通を超えた「なにか」をもってして戦えば良い。俺はそのために十分過ぎる程の準備をしてきた。



 マークはバックから1冊のボロボロなノートを取り出す。そこには、クラフト本選出場者の全参加者のデータが詳細に記載されている。自身の予選の合間を縫って、他の州の予選を見に行ったり、情報屋から買ったりし、かき集めたデータである。


 マークは星術が使えない、その揺るがすことのできない事実を受け止め、それでもクラフトの優勝を目指す彼の考えた戦略の一つ、それがデータだ。とある古代の思想家が「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉を残している。彼はこの大会を勝ち抜くために「敵を知る」ことに多くのリソースを裂いたのである。


 ノートを右手でペラペラと開いていき、ハミルトンの情報が書いてあるページで手をとめる。ボロボロになるまで何回も見て、ノートのすべてを頭の中に叩き込んでいたが、再度復習のために見直す。十分では不十分、完璧のその先を目指して情報を己の脳内にすり込む。そして、ノートに書いてある対ハミルトン用の「戦術」。それに必要な道具をバックの中より引っ張り出し、入念に状態の確認を行った。

 

 一回戦開始10分前になり、マークは最後にバックから1本の瓶を取り出す。彼の故郷、ガラパ島原産のラム酒である。ゆっくりと蓋を空け、軽く一口酔わない程度に飲み込む。



 大丈夫、やれることはやった、後は・・・勝つだけだ!



 決意を新たにし、マークはアリーナへ続くゲートへと向かうために、控え室の扉をゆっくりと開ける。扉の重さは控え室に入る時と違い、鉛の如く重かった


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