6.開会式その2
闘技場・・・ブレンデッドの中心部に位置し、この街を象徴する建造物として、市民及び多くの観光客から愛されてきた。ここでは毎年多くの武芸大会が開かれており、多くの戦士達が日々しのぎを削っている。中でも最も大きな大会は勿論4年に一度に開催されるクラフト・オブ・アリーナである。96回の歴史を持ち、試合の一つ一つが多くの観客を熱狂の渦に巻き込んできた。クラフトの期間は収容人数5万人を誇るこの闘技場が一杯になるほど、連日多くの人々が押し寄せる。そしてその重厚で威厳を感じさせる闘技場の門を前に、一人の少年が佇んでいた。少年の胸に秘められているモノに、今はまだ誰も気づいていない・・・。
「いよいよここまできたな。」
少年はゆっくりと門の中に歩を進める。少年の表情には、希望・喜び・哀しみ、そして恐怖と様々な感情が内包されていた。
「お、お前マークやないか!」
受付を済ませたマークの背後から、何やら聞き覚えのある声で呼びかけられた。振り返ると浅黒い肌とは対照的に白い髪が目を引く少年が駆け寄ってきている。
「お前は・・・、ハルト・フリードリヒ・・・」
ハルトと呼ばれた少年は、自身の名前を呼ばれたことに感激を覚えていた。
「せやせや、俺のこと覚えてたんやな。州予選やと一緒に手合わせする機会なかったさかい、覚えてくれてて感激や。」
仰々しく喜ぶハルトを見て、マークは白々しく思いながら多少敵意を交えた言葉を投げかけた。
「そりゃー覚えてるさ。クラフトでは優勝を懸けて戦う敵だしな。」
「何怖いこと言うとんねん!せっかく同じ州の代表なんやから仲良くしよーや。それに初戦は同じ州の代表同士はあたらんことになってんねんから、それまでは大丈夫やろ。」
ハルトの言う通り、ハルトとマークは帝国南東部に位置するザールラント州の出身であり、州予選ではブロックが違い手合わせはしなかったものの、多少言葉を交わすくらいの面識はある。
「まあいいや、でもどうしたんよ、いきなり俺に声かけて・・・。」
「どーしたもこーしたもないわ、知り合いに声かけるのなんて常識やろ!というか一緒に開会式行かへん。周り顔見知りいなくてさびしーねん!」
「少し喋ったことのある俺に声かけるのは平気で他はだめなんかよ。まあいーや、一緒にいこーぜ。」
ハルトはまたも大げさに喜び、心の友よ~とマークに面倒がられながら二人は選手控え室へと向かった。
二人は控え室の中に入ると、その重々しい空気に肌が痺れるような感覚を覚えた。部屋を見回すと、目を閉じて精神を集中させている者、集中して自身の得物の手入れを行っている者、選手同士で啀み合っている者。それぞれの選手が放つ雰囲気が、混じり合ってこの部屋の空気が構成されていることが分かる。
二人は部屋全体が見回せるような空き席に腰掛ける。そしてハルトは小さくマークに耳打ちする。
「やっぱ天下のクラフトと呼ばれるだけあるわ~。あの置時計の横におっ掛かってるやつみてみぃ。あれはエグリア大陸2大傭兵団の一つ、北十字傭兵団のレイヴン・イェーガーや。19歳で既に時期傭兵団長のNo.1候補とまで呼ばれてるんやで。それにあっちで目を瞑って座ってるのが、軍事の名門・イバニエス家の長女、ミリア・イバニエス。加えてあっちが・・・」
ハルトが次の出場者の解説に移ろうとした瞬間、紅い髪の少年が不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。獰猛な目、人を威圧するような歩き方、マークは内心関わりたくないなと考えながら丁寧な口調で話しかける。
「どうしたんですか、俺たちに何か用ですか?」
「こそこそと耳障りな話し声が聞こえたからそれを黙らせにな。」
そう言った瞬間、紅い髪の少年はマークの胸ぐらを掴み上げる。
「雑魚がヒーヒー人の噂なんてしてんじゃねー。どうせ1回戦で負けんだろ、非星術士(能なし)!」
声が響いた瞬間、控え室にいた全員がマークと紅い髪の少年に注目を向ける。隣に居たハルトに至っては突然の出来事に呆然としている。
マークは自身を非星術士の差別語である能なしと呼んだ少年を静かに見つめる。
「能なしね・・・、あんた俺のこと知ってるみたいだな。あんたから見れば底辺である非星術士の俺に興味がお有りなんかな、4大公爵家のハミルトン・サリアス殿。」
4大公爵家・サリアス家、帝国西部、ノルトライン州の大部分を治める帝国を代表する大貴族である。サリアス家は武芸にも優れた家柄で、星術と一族独自の剣術を組み合わせた「ガルムンド流」という戦闘術を駆使することで知られている。前回、第96回大会の優勝者はこのサリアス家から輩出されているほどである。
マークに自身の出自を言い当てられたハミルトンという紅い髪の少年は、少し驚いたような表情をしたが、すぐにマークの胸ぐらを掴んでいる右腕にさらに力を込める。
「興味ねぇ、お前らみたいな非星術士(能なし)には基本的に興味ないんだが、あいにくとこの場では違うんだよなー。歴史あるクラフトにてめえみてーな虫けらが入り込んでることにイライラしてんだよ!」
「虫けらかどうかなんて戦って見るまでわかんないんじゃねーの。というかいくら開会式前で緊張してるからって、人を威圧することで紛らわすなんて見苦しいことやめろよ。前回クラフトを優勝した兄貴は結構冷静な性格らしいじゃん、あんたと違って?」
侮蔑するような笑みとともに、マークはハミルトンに言葉を投げかける。兄の話を引き合いに出されたハミルトンは、堪忍袋の緒が切れたかのように激情した。
「んだとてめー!!そんなに大会前に死にてえらしいな!」
一発触発の空気の中、ハミルトンは自身の左腕を強く振り上げ、マークの顔面に振り下ろそうとした。
しかし、その左腕が振り下ろされることはなかった。
彼は腕を振り下ろそうと力を込めているが、背後にいる男が左腕を抑えていて振り下ろすことができない。一瞬静止した時間の中で、ハミルトンは動かない左腕の先を見るためゆっくりと振り返った。そして自身の左腕の先の男を見て驚愕する。
「トラウス・・・」
小さく自身の左腕を掴んでいる茶色の髪をした、長身の男の名前をつぶやく。
「ハミルトン、いい加減にしろ。同じ公爵家として、お前の振る舞いは見ていて恥ずかしいぞ。」
トラウス・アリオト・ベルガー・・・ハミルトンのサリアス家と同様に帝国4大公爵家の一つである、ベルガー家の嫡男。
「ちっ、うるせー奴がきたな・・・。おい能なし、助かったな。」
ハミルトンはバツが悪そうな顔をしながらマークの胸ぐらを掴んでいる右腕を離した。
そしてトラウスを一瞥して、適当に置いてあった椅子を蹴り飛ばした後、控え室を出て行ってしまった。
一瞬の静寂が支配した部屋の中で初めに声を発したのは、仲裁に入った当事者であった。
「一応確認のために聞いておくが、ケガはないよね?」
「ええ、止めていただきありがとうございます。」
マークは先ほどまで掴まれていた襟元を正しながら丁寧に返答した。
「先ほどはハミルトンが君に対して無礼な振る舞いをしてしまった、本当に申し訳ない。同じ4大公爵家の貴族として非礼を詫びよう。」
ハミルトンはゆっくりと頭を下げる。それに対しマークはバツが悪そうな表情をしながら言葉を返した。
「そんな、あなたが謝るようなことはないですよ。それに俺も売り言葉に買い言葉。騒動になってしまった責任はあります。止めていただきありがとうございました。」
「そう言っていただけると助かるな。おっと、まだ名乗っていなかった。私はトラウス・アリオト・ベルガーだ。トラウスでいい。君は?」
そう言ってトラウスは右手をマークに差し出す。応えるようにマークも自身の右手を差し出した。
「マーク、マーク・アルタイルです。」
「そうか、マークか・・・、私は非星術士である君が本選まできたということを心から尊敬するよ。お互いこの大会、全力を尽くそう。」
マークが何か言葉を返そうとした瞬間、バタバタと闘技場の係員が控え室の中に入って来た。
「選手の皆さん!今から開会式が始まります。名前を呼ぶ順番にこちらに来てください。まずはじめはトラウス・アリオト・ベルガー殿!次は・・・」
「おっと呼ばれてしまったようだ。君とはもう少し会話したいところだったが、しょうがない。またゆっくり話でもしよう。」
そう言ってトラウスは係員の方へ行ってしまった。周囲からの注目がそれたと感じたのも束の間、すぐさまハルトが話しかけてきた。
「ふいー、緊張したー。ホンマ4大公爵家のサリアスが突っかかってきたかと思えば、さらにベルガーも来たさかい、一体何なんや。」
「あれ、ハルトお前いたの?影薄くて気づかんかった。」
「ひどっ!お前見捨てて逃げる訳ないやろ。でもトラウスを間近に見れるなんてラッキーやったな。7星やぞ7星。えぐい雰囲気醸し出してたで。」
「7星ねえ、帝国最強の7人の騎士の一人か、なんでまたこの大会に限って出てくるのやら・・・」
7星とはアーグランド帝国が誇る最強の7人の騎士。皇帝に任命されることによってその座につくことができる、皇帝直轄の騎士である。7星一人で千人の兵に匹敵すると言われ、帝国誕生から500年に渡り帝国及び皇帝の剣として国を守護してきた。そのため、7星の名は帝国内だけでなく大陸全土に畏敬の念を抱かせる程の名声がある。また通常皇族しか名乗ることができないミドルネームを持つことを許される。
「次はマーク・アルタイル殿、こちらに来てください。」
「おっと、俺の番か・・・」
マークがぼやいている内に係員が彼の名前を呼んだ。軽くハルトに別れを告げた後、すぐさま係員のもとへ向かった。
次第に全32選手の名前が呼ばれ、遂に第97回「クラフト・オブ・アリーナ」の開会式、そしてこれから3週間の激闘の舞台となる会場へと歩を進める。ある者は夢のため、ある者は名誉のため、ある者は約束のため・・・それぞれの選手がそれぞれの想いを持ち、遂に戦いの幕が切って落とされる。