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5.開会式その1

 やけに静かな朝だ。まるで嵐が来るまえのような・・・


 小鳥のさえずりさえ聞こえない晴れた朝、マークは覚醒前の体を無理やり起こすように素早くベッドから立ち上がった。足首、手首、両腕の順番に各体の部位を回した後、最後に首のストレッチを始めた。すると視界にもう一方のベッドでもぞもぞ動く物体を発見した。


 「はて、あれなんだっけ?」


 マークは不思議に思いその物体に近づき、一気に掛け布団を剥がした。すると物体、もとい蒼い髪の少女がベッドから転げ落ちた。きゃっと悲鳴を上げる少女を見て、マークはやっと昨日の出来事、つまり彼女を匿うということを思い出したのだ。そして少女は半開きの目でマークを睨み付けた。


 「な、なにするのですかマーク。淑女をベッドから叩き落とすなんて!」


 微妙に目の焦点があっていないのことに可笑しさを覚えつつ、マークは軽く謝った。


 「悪い、悪い。そういえば昨日お前を匿うことになったの忘れてたわ。いやなんか部屋に知らん物体があるなと思ったらメルだったのか、失敬、失敬。」


 メルは文句の一つでも言おうとしたが、悪気もなさそうに振舞うマークを見て呆れてこれ以上何もいう気が起きなくなってしまった。そして、もう一度ベッドの温もりと共に夢の世界に旅立とうとする。しかし、それはマークに妨害されてしまう。


 「こら、二度寝しようとすんな!ほら着替えて飯行くぞ。」


 うー、と子どものような声を出してメルは渋々立ち上がる。それと同時にマークは自身の寝巻きを脱ぎ、着替えを始めようとした。


 「きゃーっ!私の前で着替え始めないでください!本当にデリカシーがなんですね。」


 「うるせー、居候のくせにそんなことに口出すな!嫌なら俺の着替え中お前が部屋出てろよ。」


 渋々と彼女は部屋を出て、ドアをパタリと閉じる。そしてマークが着替えが終わるのを、自身の肩がピタリとドアにつけ待ちつづけた。

 

 金だよ金。俺は金が欲しいからこの大会に出るんだ。


 朝の透き通った空を窓越しに眺めながら、昨夜のマークの言葉を思い出す。一晩たった今でも、彼女はその言葉の衝撃を強く心に残していた。

 これほどまでに彼女がショックを受けた理由は、帝国の最も伝統ある闘技大会に俗物的な動機で参加しているということの他にもう一つある。

 


 シリウス叙述章



 幼い頃の自分の世界に色を与えてくれた物語。その主人公・シリウスはクラフトが開催されるようになって間もない時代に優勝し、その後後世に名を残す、帝国を代表する英雄にまで登り詰める。

 クラフトとは彼のような勇者と呼ばれるべき人間が出場するものだとずっと思っていた。しかしその幼き日の幻想は、昨夜打ち砕かれた。だんだんと覚醒してきた頭で、そのような思いにふけっていると部屋の中からマークの声が聞こえてくる。


 「おーいメル、着替え終わったぞー。お前も着替えたらさっさと飯食うぞ。」


 メルは扉の丸いドアノブを捻り、部屋の中に入る。先ほどの寝巻きから緑を基調とした服に着替え終わっているのを確認する。


 「わかりました。マークは着替え終わるまで部屋に出ていてくださいね。」


 「はいよ、先下に行ってっから着替え終わったらお前も来いよな。」


 メルは昨夜カトリーヌが用意してくれた服に手早く着替え、マークの待つ1階へと向かった。するとそこには、朝食とは思えない量の料理に呆然としているマークの姿があった。



 5斤程のパンをカットされて作られたサンドイッチ、バケツ1杯分のスープ、卵が50個は使われているであろうスクランブルエッグ、バスケットに山盛りのフルーツ。


「さあ、召し上がり!組み合わせによってはもしかしたら今日が初戦かもしれないからね〜。ちゃんと精をつけておかないとね。」


 カトリーヌの言ったとおり、クラフトでは開会式の後に組み合わせ決めが行われ、初戦のみ今日行われる予定となっている。


「いくらなんでもこの量は食えねーよ!カトリーヌさん、あんた俺をフードファイターか何かと勘違いしてんじゃねーんですか。」


 マークの至極真っ当な意見について、カトリーヌは指先を一つだけ立てて反論する。


「ちっちっち、少年、このぐらいの量の食事も食べれないようじゃ初戦敗退だよ。君は星術を使えないんだから体力で勝負しないとね。」


「体力も何もこんな量食ったら動けねーっつうの・・・お、メルか、やっと降りてきたな。」


マークは2階から降りてきたメルを見て、声をかける。しかし、どうもメルの様子がおかしいことに気づいた。


「どうしたメル、鳩が豆鉄砲食らったような顔してんぞ。」


メルは少し黙った後、ゆっくりとマークに問いかける。


「マーク、あなた・・・星術士ではないのですか?」


どうやらカトリーヌとの一連の流れを聞いていたらしい。


「ああそうだよ、俺は星術士じゃねー。」


「星術師ではないのに・・・クラフトに出るのですか?」


その問いの裏に隠された真意を汲み取り、マークはゆっくりと答えた。


「ああ、星術士じゃねーがクラフトに出る。そして・・・優勝する。」


「お金のために?」


「金のためだ。」


断言するマークを見て、メルは隠していた「真意」を言葉に表す。無論、マークにクラフトの出場を棄権させるために。


「マーク、お金のためというのなら棄権しなさい。いくらあなたが強いといっても、星術士には絶対勝てません。前回クラフトに出場した非星術士がどうなったのか、あなたは知らないのですか?彼は・・・」


 96回の歴史を誇るクラフト・オブ・アリーナにおいて、星術士ではない者が本選に出場したことが過去3回ある。しかし3回とも非星術士は初戦で敗れている。最も最近のものでは20年前の大会に非星術士が本選まで行っているが・・・。


「知ってるさ、死んだんだろ・・・試合中に。」


「だったらなんで!」


白熱した会話の緊張の糸をとぎるようにカトリーヌが仲裁に入った。


「まあまあお二人ともやめなさんな、とりあえず朝食を片付けな。それにメル、曲がりなりにもマークは予選を勝ち抜いて本選までたどり着いたんよ。つまり予選で星術士を負かしてきてるんだよ。そんなに心配しなさんな。」


メルはむっとした表情を崩さず、渋々として引き下がった。


「わかりました。しかしマーク、お金のために戦おうとするあなたに、そして星術士でないあなたにこのクラフトは勝ち抜けません。これだけは言っておきます。」


「はいはいそーですか。じゃあせいぜい俺が負けることを期待してろ。」


そう言うとマークはサンドイッチを一掴み一気に喉に流し込み、早々にラ・ベガスを出て闘技場に向かっていった。


 朝の澄み切った空気とは対照的に、最悪の雰囲気の中にメルとカトリーヌは取り残された。




「確かに、メルちゃんの言うとおりだよ。少年はおそらく・・・負けるだろうね。」


そう言うと、彼女はテーブルの横に置いてあった「ブレンデッド・タイムス」という新聞を引き寄せた。見開きのある記事を指差しメルに見せる。

「ほら、見てごらん」


【特集! 第97回クラフト・オブ・アリーナ 出場者格付けランキング】

第1位 トラウス・アリオト・ベルガー

第2位 レイヴン・イェーガー

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第32位 マーク・アルタイル


「マークが32位・・・、本選出場者は32人だから・・・、最下位・・・」


メルは改めてマークの置かれている現状を理解した。


「カトリーヌさん、このことを知っていながらなぜマークを大会に行かせたのですか!」


 カトリーヌはその問いに対し、口元に小さく笑みを作りながら答えた。


「父さんからの受け売りなんだけどね、男には負けると分かっていても戦わなければならない時があるんだとさ・・・。もしかしたら少年も、今がその時なのかもよ。」


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