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2.謎の少女との出会いその2

少女はその華奢な肩を精一杯を使って呼吸をし、男達から走って逃げている。そして少女は急に立ち止まった。


目の前は切り立った岩肌、完全に男達に追い詰められてしまったのだ。少女はきょろきょろと周囲を見回し逃走路を探すが、非情にもそこには何もなかった。


そして少女は自身が身に着けている大粒の宝石がはめ込まれたネックレスを握り締め、ゆっくり男達の方へ振り返る。


銀色のフレームのメガネをかけた男の一人は、ジワリと少女に近づきながら少女に話しかけた。


「さあ、もう逃げられませんよ。大人しくホテルに戻ってください。これ以上我々を困らせないでください。」


淡々と言葉を紡いだようだが、わずかだが怒気が含まれているようであった。少女は身につけている白色の夏用ドレスの裾をつかみ、走ったせいであがった息を飲み込んで言い返す。


 「いいえ、戻りません。話が違うではないですか!ブレンデッドに来たら自由にさせてくれるはずだったでしょう。それなのにホテルから一歩もだしてくれないなんて、私はただ・・・クラフトを楽しみたいだけなのに・・・」


 蒼い髪の少女はその精巧な人形のような顔を俯かせながら、最後は消えそうな声で男達に訴え掛けた。


 その状況を40メートル離れて座って見ていたマークは状況をよく飲み込めずにいる。


 ただひとつ分かることは、どうやら自分は厄介ごとの傍観者の位置にいるということだけ。さてどうするかと思い悩んでいると、事態が急速に展開していた。


 メガネ男ではない、スキンヘッドとサングラスの男2人が少女の両腕を掴み、どこかに連れ去ろうとしている。


 「いやっ、やめて!誰か助けて!」


 少女は白く細い腕を大きく振り回すが、男達の拘束を解くことができない。流石にマークはこの状況を見過ごせるほど都会の空気に心は荒んでいない。ゆっくり一歩一歩近づきながら、25メートル程離れた位置から少し声を張って語りかけた。


 「あのー・・・、何か揉め事でしょうか?とりあえず、その子嫌がっているので離してあげてはどうでしょうか。端からみると誘拐にしか見えませんよ?」


 マークは極力相手を刺激しないよう丁寧に、喋りかけた(つもりだった)。

 するとメガネの男は、誘拐というキーワードにピクリと反応する。


「事情の知らない一般人は引っ込んでろ。お前には関係ない。」


またも淡々とした口調の中に、微かに見え隠れする怒気を含む言葉で返された。しかし、少女の方は紅い瞳を湿らせながら、雨の中捨てられた子犬のようにマークを見つめている。男達はなおも少女を連れ去ろうとしていたので、見かねたマークはちょっとした強硬手段にでることにした。


 25メートルある距離を一瞬で詰め、少女の右手を掴んでいるスキンヘッドの男の左手、少女の左手を掴んでいるサングラスの男の右手を同時に掴み、本気で力を入れた。すると二人の男は高台一杯に拡散する悲鳴をあげながら少女の手を離す。そして少女はマークの背後にすかさず退避した。さらにマークは力を入れると、男達の手からミシミシと軋む音が聞こえてきた。


 流石にこれ以上やると折れると思ったので、パッと手を離す。マークの万力のような圧力から開放されたスキンヘッドとサングラスは、マークからすかさず距離を取り、マークに掴まれていない方の手で腰のナイフを取り出した。


「てめえ、やりやがったな!ガキだからってただじゃすまねーぞ!」


そうスキンヘッドが口から飛沫を飛ばしながら言うと、二人は同時にマークに襲いかかった。


取り出されたナイフを見て、マークは一瞬びくりと怯むように右脚を後方に下げたがすぐに元に戻す。そして、先にしかけてきたサングラスの勢いよくナイフを振り下ろす腕の手首を自身の右手でパシりと掴む。たったそれだけのことで、振り下ろされた腕の勢いはピタと完全静止してしまった。


「なっ!?」


サングラスは振り抜いたと思った腕が完全に止まったと驚愕した瞬間、 彼の目に拳大の何か、まさにマークの拳が微かに映る。その刹那、粉々に砕けたサングラスと共に、男は見事な背面跳びのように宙を舞い、30mほど離れたメガネの男の隣に頭からぐちゃりと着地をした。


そして振り抜いた拳を痛がるようにブラブラと振るマークの様子を見たスキンヘッドは、マークに襲いかかる以上のスピードで脱皮の如くメガネの男の横へ戻っていった。


「カーネルさん!?この坊主、力が尋常じゃねー!大の大人をこんな距離まで殴り飛ばすなんて・・・」


 スキンヘッドの男はその体に似合わず涙目になりながらメガネの男に話しかける。

カーネルと呼ばれたメガネの男は冷たい目線をマークの体中に這わせると、黒のジャケットの内側から三本のナイフを静かに取り出した。そしてすかさず燕のようなスピードでマークに投擲する。


 一瞬背後にいる少女は反射的に声を漏らし、目を瞑ったが、そのナイフが目の前の少年を傷つけることはなかった。風を切りながら迫り来る3本のナイフをマークは両腕の二本の指先、そして歯で同時に受け止めたのだった。歯で受け止めたナイフの衝撃に多少苦悶しながらもナイフをガムのように吐き出した。


「メガネの兄さん。いくら俺が腹減ってるからってナイフを食う程ゲテモノ食いじゃねーんだ。」


 カーネルは自らが投げたナイフをいとも簡単に防いだマークを見て納得したような表情でつぶやく。


「なるほど、もしかして君はクラフトの出場者か。そうするとかなりやり手の星術士なのだろうな・・・。星術士のいないこちらは分が悪いな」


「星術士・・・」


少女は小さくカーネルの言った言葉を反復する。

マークの人間離れした怪力、動体視力、反射神経、10代後半の出で立ちを見てカーネルはそう結論づけた。見事にマークはクラフト出場者の特徴に当てはまるのであった。事実、その通りである。ただ一つを除いては・・・。


「まあ・・・概ねその通りだな。」


マークは少し言い澱んで同意する。そして背後の震えている少女に目配せしたあと、カーネルに問いかけた。


「どうする、まだ彼女を無理やり連れて行こうとすんのか?明日からクラフト開幕するしあんま問題起こしたくねーんだけどな・・・」


 マークは困ったような表情をしながらも、静かに鋭い視線をカーネルに向ける。

 カーネルも無表情の顔に微かな苦虫を噛み締めながら、


「いや、やめておこう。私としてもことを大きくしたくはない。それにクラフト出場者とわかった上で戦う程、私も命知らずでもない。しょうがない、いったん引き揚げるぞ。」


スキンヘッドの男にそう言うとカーネルは軛を返し、背後の針葉樹の林に戻ろうとした。しかしマークは背を向けたカーネルを呼び止める。


「待てよ兄さん、忘れもんだよ」


 マークはそう言うと、地面に先ほど吐き出した一本のナイフと、両腕で掴んでいる二本のナイフをカーネルの左隣にある木に投げ返した。カーネルは一瞬立ち止まり、マークの方を一瞥すると、静かにナイフを抜き去り林の中に消えていった。そしてその後を、粉々に砕けたサングラスを着用しながら気絶している男を担いだスキンヘッドが、置いていかれまいと付いていった。

そして、風で周囲の草木が揺れる中、マークと少女、そして食べかけのデッド豚サンドだけが取り残されたのだった。




 男達が去ってから数分間、柔らかい風と草木が揺れる音だけが残された二人の空間を支配していた。その静寂を破るように、マークは男たちが去っていった林から目線と体をゆっくり少女に向けた。そして僅かに額を滴る冷たい汗を深く息を吐きながら拭き取ると、言葉を選ぶようにぎこちなく少女に問いかける。


「あー、えー、とりあえず・・・大丈夫?」


我ながらもっと気の利いた言葉がでなかったのかと考えるマークだが、男に追われていた少女を助けるという稀有なシチュエーションに遭遇したことはないので仕方がない。

問いかけられた少女は、1歩2歩とマークに近づいていき、そして深々と頭を下げた。その一連の動きは初夏の太陽の輝きとが相まって、宝石のような輝きを放っていた。


「どなたか存じ上げませんが、危ないところを助けていただいてありがとうございました。」


深い、深い、お辞儀。まるで命の危機を救われたかのように彼女は礼を述べる。

マークはそこまで感謝されるようなことはしていないと感じていたので、これほど丁寧なお礼をされ恥ずかしくなってしまった。そのあまり彼女を直視せず、ぶっきらぼうに問いかける。


「そんなたいしたことしてねーよ。まあとりあえず大丈夫そうではあるな。俺の名前はマーク。マーク・アルタイル。お前は?」


マークの問いかけに対して、少女はふわりと蒼い長髪を浮かせ頭を上げる。マークはこのとき初めて彼女の顔をまじまじとみた。そして、まるで精巧な人形がそのまま人間になったような整った顔の造形に一瞬だが目を奪われてしまった。


「私の名前はメリッ・・・、メル・ベアーグと申します。」


 最初、少し自分の名前を言いよどんだことに若干の違和感を感じながら、マークは彼女に最も聞きたいことを単刀直入に尋ねる。

 「そうか、メルか、お前なんであいつらに追われてたんだ?話の内容的に誘拐って訳じゃなさそうだけど・・・」

 マークのド直球の質問に、メルは即座に回答することができず、一旦の視線を自分の足元に落とす。そして少しの間を空け、


「アルタイルさんに助けていただいたのに申し訳ありませんが、詳しいことは言えません。せめて、この闘技大会が終わるまでは・・・。本当に、ごめんなさい。」


 メルは俯きながらそう答える。当初から思っていたが、やはりこの少女は面倒事を抱えているらしい。自分にはクラフト優勝という、何がなんでも達成しなければならない目標がある。そのためそんなことに首を突っ込むべきではないと考え、マークは追求したい気持ちをぐっと抑えた。


「そっか、まあいいさ。まあ一応危険はさったみたいだし俺行くわ。」


そう言うとマークは、すたすたと林の方へ歩を進め始める。


「待って!」


背後から自分を呼び止める、透き通った声が聞こえた。マークは肩ごしに振り返り視界にメルを見据える。まだ何かあるのだろうかときょとんとしているマークにメルは恐る恐る質問した。


「あの・・・あなたはクラフト・オブ・アリーナの本選出場者で間違いないですか?」


「ああ、そうだよ。ザールラント州の代表だ。それがどうかしたか?」


アリーナ・オブ・クラフトはまず帝国16州でトーナメント形式の予選が行われ、各州上位2名ずつが本選の出場件を得ることができる。予選参加者は1万人を超えると言われており、マークはその激戦をくぐり抜けてこのブレンデッドで行われる本選の出場権を勝ち取ったのだ。


そしてその回答を聞いてメルの表情は天啓に恵まれたかのようにパッと明るくなる。そして意を決してマークに尋ねる。


「アルタイルさん、不躾ですがお願いがあります。クラフトが終わるまで私を匿っていただけないでしょうか?あなたを優秀な星術士と見込んだ上でのお願いです。」



星術士、それはアーグランド帝国があるアグリア大陸において畏怖と尊敬を集める存在。大地から星の力を吸い上げ使用者の精神力と結びつけることによって、超常現象を発現させる星術という(わざ)を使えるものの総称である。星術を扱うには「リンカ」という1000人に1人という割合でしか持っていない特殊な神経が必要で、それにより星の力と使用者の精神力を結びつけ超常現象を引き起こす。星術士はその能力から医療・科学、そして軍事において重宝され、一種の特権階級の地位を約束されている。クラフト・オブ・アリーナには予選を含め参加する者の約95%が星術士で構成されている。しかし数いる星術士を破って星術士でないものが本選に出場することはかなり稀である。



メルはマークがクラフト本選の出場者ということで、32/10000という倍率をくぐり抜けた優秀な「星術士」と認識していた。


 「匿う?怪しい男どもに追われてる理由もしゃべらない人間を匿えだって?クラフトのことでただでさえ精一杯なのにそんなことできねーよ。まあ、それなりの報酬があるのならやるかも知んねーけど。」


 マークは半ば冗談交じりに最後の言葉を付け加える。物語のかっこいい主人公ならここで無条件で困っている人を助けるのだろうが、生憎とマークはクラフトを目前にしてそこまでお人好しにはなれない。


「そうですか・・・、では報酬があればいいのですね」


 そうメルは言うと、自身が首にかけていたネックレスを外し、マークの方にゆっくりと突き出した。


 「もし、大会終了まで私を匿ってくれるのなら、こちらのネックレスをあなたに差し上げます。」


 マークは差し出されたネックレスにはめ込まれている、今まで見たこともないような大きさの蒼い宝石に目を奪われた。そして恐る恐る手に取り、宝石を太陽にかざしてみる。


「すげえ、こんなでかい宝石初めてみた・・・」


 マークは自身の人生にまったく縁がないものを見つめ、驚嘆の声を上げる。


「父が私の誕生日にプレゼントしてくれたサファイアです。父は300万ゴールドと話していました。」


「300万⁉」


 マークはその額にまたしても驚愕する。生まれた時から大金に縁のない彼にとって、300万ゴールドは途方もない額であった。そしてゴクリと生唾を飲み込み、


「本当に・・・クラフト終了までお前を匿ったら・・・このネックレスをくれるんだな・・・」


「嘘偽りはありません、必ずあなたに差し上げます。」


 マークはメルの目をじっと見つめるが、彼女の蒼い瞳にわずかながらも曇りはなかった。確かに嘘を言っているようではなさそうだ。改めて彼女の姿を見てみると、気品のある風貌、洗練された動作、そしてみるからに高級そうな白いドレス。おそらく彼女は裕福な貴族の出身なのだろう。


「わかった、その話のろう。あんたを匿ってやる。」 


マークがそう言うと、メルの表情はパアッと明るくなる。


「ありがとうございます!それではよろしくお願いします、アルタイルさん。」

 

「オーケー、契約成立だな。よろしく頼むぜ、雇主さん。」


 そう言って、マークは思いがけない儲け話に意気揚々と右手を差出し握手を求める。そしてメルはそっと自身の左手を差出しマークの手を握り返した。


 「私のことはメルと呼んでください、アルタイルさん。」


 「だったら俺のこともマークでいいさ。まあとりあえずここから離れようぜ、あいつらが戻ってくるかも知んねーからな。」


 そういうとマークはまるで宝くじにあたったかのような浮かれた気分でメルの腕を引き針葉樹の林の方へと向かおうとした。メルは腕を引かれたせいでバランスを崩しながら、咄嗟に尋ねる。


 「あのっ、これからどこに行くのですかマーク?」


 いきなりどこかへメルを連れて行こうとするマークに対し、メルは至極真っ当な質問を投げかける。


 「俺がブレンデッドで宿泊してるところさ、多少ぼろっちいけどきっとメルも気に入るぜ」


 そうマークは言って、メルの手を引きながら、日が傾きかけた太陽を遮る林の中に入っていった。


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