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1.謎の少女との出会いその1

 ひどく懐かしい夢を見た。


子どもの頃の遠い記憶だ。


 どうやら手紙を書いているあいだに眠ってしまったらしい。

マーク・アルタイルは起床後の体の硬直を解きほぐすため大きく伸びをすると同時に周囲を見渡した。簡素な木の机、座ると軋むベッド、自分の荷物が入っているロッカー。殺風景な部屋を眺めながら、大きくあくびをする。


 慣れ親しんだ家ではなく、見知らぬ街の宿、慣れないベッドでこの一週間寝ているためどうやら眠りが浅くなっているらしい。窓から差し込む日差しの角度を見ると、今はだいたい午後の二時。2時間半も眠っていたようだ。


 マークは書きかけの手紙を手早く書き上げると、手紙の投函と少し遅い昼食のために一週間暮らしている部屋を出て、この宿兼酒場である建物の一階へ向かった。築だいだい30年と古いながらも、この宿を切り盛りする女主人の手によって、清潔保たれている廊下と階段を通り出入り口から外へ出ようとした。


 すると背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。


「こんにちは少年、お出かけかな?」


凛とした透き通る声を発したのは、この宿兼酒場「ラ・ベガス」を切り盛りする女主人、カトリーヌ・ベガスだ。歳はだいだい二二歳くらい(三日前に尋ねたらげんこつが飛んできた)。長い黒髪を覆い被す白い三角巾を被り、左手にモップを持っているところを見るに、どうやら掃除の最中のようだ。


 「こんにちはカトリーヌさん。故郷に手紙を出しに行くついでに、ちょっと昼飯をね。」


 「ありゃありゃ、中途半端な時間に食べるのね。もしよければ何か作ろうか?明日から開幕でしょ、栄養あるものちゃんと食べなきゃダメだめだよー」


 彼女の言うとおり、明日からこの街ブレンデッドで四年に一度開かれる武闘大会「クラフト・オブ・アリーナ」が開会を迎える。アーグランド帝国の各州から、予選を勝ち抜いた16~19歳の若人32名が優勝を目指し激闘を繰り広げる、97回の伝統を持つ大会だ。


 帝国各州から集まる32名は全員トップクラスの実力の持ち主で、クラフト・オブ・アリーナが開催される年は、その卓越した武芸を見ようと帝国全土、さらに国外からも観戦者が詰めかける。その大会にマークは予選を勝ち抜き出場することになっていた。


 「カトリーヌさんは開店準備あるでしょ、そんなこと頼んだら開店遅れちゃうよ。気持ちだけ受け取っておきます。ありがとう¬」


 彼女の配慮に感謝しながら、扉に手を掛ける。カトリーヌに出会って一週間程だが、マークは彼女の人となりを深く理解していた。気が強く姉御肌、そしておせっかいなほど親切な人だ。その人となりと彼女の持つ健康的な美貌も相まって、ラ・ベガスは夜彼女目当ての客で大繁盛する。まあ最も、ほとんどの男たちは彼女に軽くあしらわれるのだが・・・。


 「そーかい、気をつけて行ってきな。開幕前にケガなんてしたらシャレにならないからね」


 「もちろん気を付けるさ、行ってきます!」


 そう言うとマークは勢いよくラ・ベガスを飛び出し、クラフト・オブ・アリーナ開催で賑わっている街の中に消えていった。



 マークがブレンデッドに到着して一週間経つが、日に日に街の活気は上がっていった。街を見渡すと食べ物・お土産といった露天が大通りいっぱいに敷き詰められ、クラフト目当てで来た大勢の観光客相手に、自らの商品を必死に勧めている。この時期になると、観光客だけではなく、商人達も各地から集まり、自慢の商品で一儲けを企んでいる。帝国西部で取れる貴重なエメラルドや、南部の珍しいフルーツなど、まるで物産展かと思うくらい見たこともない珍しいものが並んでいる。


 マークはそれら露天の一つ、もはやこの一週間行きつけとなっているサンドイッチ屋を見つけ、お目当ての品を商品の入ったかごから取り出し店主に差し出す。


「おっすおっちゃん。これ一個頼むわ」


 デッド豚サンド、ブレンデッド周辺でしか手に入らないデッド豚をふんだんに使ったサンドイッチだ。デッド豚はブレンデッド周辺で古くから品種改良を重ねてきた品種で、霜降りの肉が特徴の豚だ。それでいて値段も手頃で、あまり金銭的な余裕もないマークでも安心して買うことができる。そして初めて食べた時の衝撃は、マークに「革命だ」と言わせるほどであった。


 「にーちゃん、また来たのか。お前さんもホントにこれが好きだな。そんなに好きならほれ、一個サービスしてやろう。」


初老に差し掛かる当たりの店主の老人は、慣れた手つきでデッド豚サンドを二つ袋につめると、マークから硬貨を二枚受け取った。


「気前いいなおっちゃん、サンキュー!。また来るぜ~」


 この一週間で顔なじみとなった店主からサンドイッチの入った袋を受け取ると、マークは人通りの多い大通りを動物のようにひょいひょいすり抜け、さらに針葉樹の林を抜けブレンデッドの街全体を見下ろすことができる高台へと向かった。


 そこは人口約25万人、アーグランド帝国五本の指に入る程の人口を擁するブレンデッドにおいて、数少ないゆったり出来る場所で、マークが2日前に発見した場所であった。


心地よい風と、闘技場(アリーナ)を中心に形成された赤を基調とした町並みを見ながら食事ができるベストスポットであった。その闘技場を元に設計された都市は別名「武芸都市」とも呼ばれ、帝国軍の士官学校や、傭兵団の拠点などが点在する。


 マークは高台の一番端の切り立った岩肌近くに腰を降ろして袋からサンドイッチを取り出すと、初夏の風とともに鼻腔に舞い込んでくるデッド豚サンドのジューシーな香りを楽しみながらカブリと食らいついた。口に広がるデッド豚と野菜、パンのまろやかなハーモニー。その味をゆっくり噛み締めるように味わっていく。


 田舎育ちのマークにとって、クラフト・オブ・アリーナで各地から来る群衆の熱気はあまり心地の良いものではなく、草の上で柔らかい風を感じながらぼんやり食事をすることの方が断然リフレッシュできるのだ。


 最初の一口目を喉に流し込んだ後、二口目を食そうとした瞬間、背後の林から複数人の気配と足音が聞こえてきた。何気なくマークは気配を向けてみると、どうやら一人の少女を3人の男が追いかけているようであった。それは、統一された白と黒の服装に身を包んだ屈強な男3人と、そして、純白のドレスに身を包んだ、透き通るような蒼い長髪と瞳を持った少女であった。


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