9.開幕戦その2
銅鑼の音と同時に、ハミルトンはマークとの10メートルの間合いを低い姿勢のまま一気に詰める。その勢いを利用し、両手に持つ双剣をマークに叩きつけた。
マークは手に持った彼の得物、尖端が3つに別れた背丈以上はあろうかという槍のような棒で弾いた。
すかさずマークは1m程後ろに跳び、ハミルトンの双剣の射程距離から離れる。しかし、またもや一瞬で距離を詰められてしまい双剣による斬撃の嵐に晒される。
マークはその一撃一撃を弾いていき、反撃の隙を伺う。そして微かにハミルトンの剣戟が大振りになり、横からの一閃をスウェーで紙一重に躱す。
避けると同時にできた少しの間合い、マークの得物を振るうのに十分な間合い。すかさずハミルトンに向けて得物による突きを繰り出す。
マークの疾風のような突きにハミルトンは動じる様子もなく体をよじることにより回避していく。最後にマークは渾身の力を込めた突きを繰り出す。それをハミルトンは先ほどマークがしたようなスウェーで回避し、その勢いのままマークと距離をとる。
「多少は俺の剣術についていけるようだな・・・。だが、これならどうだ!」
先ほどより手数を多くした双剣による斬撃がマークに襲い掛かる。すべてを捌くことができず、体に少しずつ斬撃による小さな切り傷が刻み込まれていく。
堪らずマークはもう一度間合いを取るためにバックステップを行おうとタメを作る。ハミルトンはその隙を見逃さなかった。双剣を大きく頭上に振り上げ、マークの顔面へと振り下ろす。
「くっ!」
なんとか得物の柄で双剣を受け止めるが、勢いまで殺すことができずマークは受け止めた体勢のまま膝を地面についてしまう。ハミルトンはマークの顔面に双剣を叩き込むためさらに力を込め、マークはそれを防ごうと必死に双剣を押し返そうとする。
ハミルトンの双剣とマークの得物、つばぜり合いの体勢が10秒程続いた後、ハミルトンはにやりと表情に笑みを浮かべマークに話しかける。
「もうすぐ1分か・・・、約束通りそろそろ終わりにしてやるぜ!」
その刹那、双剣から黒炎が吹き出し、温度・炎の範囲共に急激に上昇していく。
黒い炎、人の負の感情が凝縮されたかのような色を直視し、マークはハッと息を飲んだ。
そして黒炎は雪崩のように押し寄せる。
マークは黒炎の出現と同時に一瞬だけ緩んだ双剣の力を見逃さず、自身の得物をすかさず離し、黒炎から逃れるように右方向へと飛び退く。黒炎はマークが先ほどまで膝をついていた地面を業火の如く焼き尽くし始めた。
マークはすかさず立ち上がると、自身の額から滴る汗を拭った。黒炎の熱気により高い熱を感じていたはずのマークの汗は、酷く冷たかった。懐から一本のナイフを取り出しハミルトンとの次なる攻防へと備える。
ハミルトンの星術、水・金・地・火・木・土・天・海・冥・陽・月の10種類存在すると言われる属性の一つ、火の属性である。マークは予選で何人かの火の星術士と対戦をしてきたが、ここまで巨大で禍々しい炎を出す人間は初めてだった。
「どうしたハミルトン、約束の一分はもう過ぎたぞ。」
「抜かせ非星術士(能なし)!てめえの槍はもう使わせねー。そんなナイフ1本でどう戦うんだ?」
そう言うとハミルトンは地面に落ちているマークの得物を蹴飛ばし、マークの現在地から最も遠いアリーナの壁際まで遠ざけた。
マークは現在の状況を冷静に整理する。得物は遠い位置に追いやられ、手にはナイフ1本。端から見れば状況は最悪。
しかし、あるハミルトンの一言により状況はマークの想定通りに進んでいることを確認することができた。あとは・・・。
「さてと、今からお前をゆっくり焼いている。焼き加減は何がいい?レアか?ミディアムか?ウェルダンか!!」
再び双剣を構えマークへと直進してくるハミルトン。マークは半円を描くようにその接近から逃れようとするが、ハミルトンはすぐさま方向転換をして追撃する。
双剣からほとばしる黒炎。まともに打ち合えば炎に巻かれるのは必至。マークは打ち合うことをあきらめひたすら回避に専念する。縦に振り下ろされるのならば右か左へ。横から繰り出されるのなら上か下へ。紙一重の回避を数分続けていく最中、少しずづハミルトンはしびれを切らしてきた。そしてそれがピーク達すると・・・。
「逃げるだけしか能がねえのか!」
距離を取ろうとするマークに対し、ハミルトンは猛追をかける。双剣の射程圏内に近づいた瞬間、再びハミルトンは双剣を頭上高く掲げる。
(横っ飛びで黒炎を回避し続けるつもりなら・・・、回避しきれねぇ程の範囲の炎をぶっぱなしてやる!)
微かにっ双剣から噴出する黒炎。より広範囲に黒炎を出すために、微かに長くなるタメをマークは見逃さなかった。咄嗟に頭の中に叩き込んだノートを思い出す。
(データによるとハミルトンが黒炎を出すのに必要な時間は平均1.1秒。おそらく今回の黒炎の所要時間はプラス0.5秒といったところか。この距離なら・・・いける!)
マークは即座に反転し、地を這うようにハミルトンへと急接近する。
「ハァ!」
ナイフを両手で持ち直し、全体重をナイフごとハミルトンへと叩きつける。不意を突かれたハミルトンは即座に星術の使用を中止し、全神経を回避へと回す。
命の危機。
人生で初めて味わう感覚に、ハミルトンは時間が停止するのではないかという程、その一瞬がゆっくりに感じられた。
「ぐわっ!?」
ナイフがゆっくりとハミルトンの左脇腹の中に沈んでいく。
飛び散る鮮血。
徐々に元の速さへと戻る時間。
一瞬の交錯でハミルトンは直撃は免がれたものの、脇腹に決して小さくはない傷を負ってしまった。
自身の傷口に左手を当ててみる。生暖かい、粘着質な液体の感触。ハミルトンは赤く染まった自身の手を見て、ある感覚が湧いてきた。
痛み、恐怖、そして・・・怒り。
「の~う~な~し~!」
低い怒号がアリーナ全体に響き渡る。ハミルトンは自身に傷を負わせた後、即座に間合いを取って離脱していたマークの方へと目を向け・・・襲いかかった!
双剣を携え怒りにまかせ襲いかかるハミルトン、ひたすら回避に徹するマーク。避けられる剣戟と黒炎。今まで以上に双剣の手数を増やし、マークを切り刻もうとするが、先ほどと違いかすりもしなくなった。
堪らず星術で黒炎を出すが、通常の範囲では読まれて上下左右のどちらかに避けられ、広範囲に炎を出そうとすると絶妙なタイミングで反撃を受ける。まるで、ハミルトンは自身の思考がマークに読まれいるかのような錯覚に陥った。
しかし彼は攻撃の手を緩めることはしなかった。目の前の雑魚を屠る・・・その感情が彼の行動すべてを支配し、冷静な判断を失っていた。
観客席は異様な熱気に包まれていた。大方の予想ではハミルトンの圧勝に終わると考えられていた試合。最初の十数分はその通りであったが、その後は非星術士が星術士に一矢報いる、いや完全に手玉に取っている試合展開。
会場はマークがハミルトンを倒す、つまり非星術士が星術士を倒すという、クラフト史上初の快挙がなされるのではないかということに揺れていた。
「もしかして、あのマークっていう坊主が勝つんじゃないか・・・?」
「まじかよ、それってクラフト史上初めてじゃないのか、非星術士の勝利なんて・・・。」
マーク、マークと少しずつ会場はマークよりの応援に染まっていく。
観客席の熱気の中、カトリーヌ・メルの3人は試合経過を固唾を飲んで見守っていた。
「少年って、こんなに強かったんだ・・・。」
「う、嘘・・・4大侯爵家と互角以上に戦うなんて。」
「せやかて言ったやろ、おもろいことになるって。」
自身の予想が的中して鼻高々のハルトに対して、メルが尋ねる。
「でも、なぜハルトはマークがここまで戦えるとわかったのですか?」
待ってましたと言わんばかりにハルトは説明を始める。
「ん~それはやな、あいつの戦い方、ちゅうか育ちが特殊だからや。」
メルはまたハルトに疑問を投げる。
「育ち、ですか?」
「せや、あいつの故郷はガラパ島いうてな、島に生息している生き物が凶暴かつ巨大なことで俺らの州では有名なんや。なんでもガラパ島は一度も大陸と陸続きになったことがあらへんから、生き物が独自の進化を遂げてるらしいで。そしてあいつはガラパ島で小さい頃から狩猟して育ってきた言うてんねん。つまり、小さい頃からガラパ島の巨大で凶暴な生き物相手に戦ってきたんや、そりゃ強なるよな。それに・・・。」
「まだ少年の強さの理由があるの?」
「せやで、あいつエグいぐらい研究熱心やねん。」
「研究?なんの研究ですか?」
「相手の研究や。予選のときなんや他の選手の試合見ながら熱心にノート書いてるな~思ってたら、攻撃パターンやら癖やらびっしりノートに書いてんやで。なんでそんなことするんか聞いてみたら、”獲物を狩るのために獲物の習性を研究することは当たり前”なんて言っとったな。対戦相手は自分の島の生き物かってツッコミたくなったわ。ハッハッハ。お、二人とも見てみ。もうすぐ終わるで。」
ハルトの一声で、カトリーヌとメルはアリーナの方へ目を戻す。そこには、マークへの攻撃と自身の出血により、地面に膝をつくハミルトンの姿があった。
「どうした4大公爵家、スピードが落ちてきてるぞ。」
マークの一言でハミルトンは怒りから我に帰る。そして、それと同時に遅いかかる強烈なめまいと脱力感。
(しまった!?血を流しすぎた!?)
考えなしに行った攻撃のせいで、先ほどの傷口から血が流れ出すペースが早くなっていることに初めて気付く。自身を襲うめまいと脱力に耐えることができず、ハミルトンは地面に膝をついてしまう。
マークは頃合いかと見計らい、ハミルトンに降伏を勧める。その手を見ると、いつの間にかハミルトンに蹴飛ばされたはずの得物が握られている。ハミルトンの攻撃を避けている途中に回収したのであった。
「さて、後は攻撃を避け続けるだけであんたは自滅する。ちなみにこれ以上俺を攻撃してもあたんねーぞ、あんたの攻撃パターンはもう完全に把握してる。つまり俺の勝ちだ。傷が広がり過ぎないうちに降参しな。」
「・・・んじゃねぇ。」
ハミルトンのつぶやきが微かにマークの耳に入る。
「ん?」
今度はつぶやきではなく、はっきりと叫びがマークの耳に入ってきた。
「どいつもこいつも、この俺を馬鹿にすんじゃねえ!」
(そうだ、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって・・・。親父もお袋も他のやつらもフェイル兄貴を優秀だ、一族の誇りだなんて褒め称えやがる。それと比較して弟の俺は、兄貴のようになれないことを嘆きやがる。優秀な兄に隠れた弟・・・、憐れんだ目で俺を見やがる!)
ハミルトンは、右脇腹から血を滴らせながらゆっくりと立ち上がる。そして鬼のような形相でマークを睨み付けた。
「俺は、このクラフトで優勝しなけりゃならねーんだ・・・。」
(俺はクラフトで優勝し、今まで散々俺を馬鹿にしてきたやつらを絶対に見返えす。)
双剣をマークの方へと向ける。しかし、すでに血を失い過ぎているハミルトンの手は絶えず震えている。
「こんな所で負ける訳にはいかねーんだよ!」
ハミルトンが叫んだ瞬間、最後の精神力を振り絞るように、この試合中最大の黒炎が舞い上がる。マークはその炎を見て、今まで以上の冷たさ・禍々しさを感じたが、彼の2つの目は揺るぐことなく黒炎と・・・ハミルトンを捉えている。
ハミルトンは最後の力を振り絞り、最大級の黒炎をマークへと叩き付ける。
「死ねぇ!非星術士(能なし)!」
迫りくる黒炎、自身の周囲10mは巻き込もうかという炎勢であった。避けることはできない・・・。チリチリと肌が焼かれる感触を感じながらもマークは今までのように黒炎を避けようとしない。そのかわり・・・、身に纏うジャケットの内側から何かを放り投げ、眼前に迫る炎の中に飛び込んだ!
(今度こそ・・・、今度こそあの非星術士(能なし)を消し炭にできた!)
眼前の黒炎の中に消えていくマークを見て、ハミルトンは勝ちを確信した。しかしそれも束の間、自身の出した黒炎が不自然に揺れていることに気づく。その瞬間、炎を引き裂き黒い布のような物体が黒炎から飛び出してきた。
(まさか、防火布か!?)
「お前の負けだ、ハミルトン。」
マークは炎を防ぐため体に巻き付けていた防火布を勢いよく脱ぎ捨てると、自身の得物をハミルトンへと渾身の力を込め突き出す。
ハミルトンは僅かな炎の揺れを感知していたため、ぎりぎりのところでバックステップによりマークの得物を躱す。
拳一握りの距離。マークの得物はほんのわずかな距離でハミルトンに届かなかった。突きにより完全に体が伸び切り隙だらけになった瞬間、ハミルトンは右手の剣を強く握りしめマークに斬撃を放つ・・・ことが出来なかった。
突如マークの得物が伸び、ハミルトンの左肩に深々と突き刺さる。
「くはぁ!?」
ハミルトンの肩と口から鮮血が噴き出る。
左肩に得物が突き刺さった勢いのままハミルトンは後方へと吹っ飛ぶが、マークの攻撃はここで終わらない。微かに残るハミルトンの意識を完全に刈り取るため、地面を蹴り吹き飛ぶハミルトンを追撃する。
そして・・・、彼の顔面に渾身の右ストレートを叩き込んだ。
骨と肉が千切れる感触。右手にその感覚が覚えると同時に、ハミルトンは人形のように飛翔していき、アリーナの壁に激突した。
激突の衝撃で粉塵が舞い上がる。静まる会場、時間が停止したような雰囲気の中、ただ一つ粉塵だけが少しずつ晴れていく。時間にして15秒程、粉塵が晴れたその先には・・・。
「試合終了!勝者、マーク・アルタイル!」
紅く染め上げられた人形のように、ピクリとも動かないハミルトンがいるだけだった。