雪がやんでいたら、遠出をしよう 前篇
分量多いので、二つに分割しました。いちおう異世界ファンタジーですが、天変地異の起こった現代世界が舞台です。パラレルワールドみたいな世界ですね。だまされたと言われるかもしれませんので、ことわっておきます。
1
休みの朝の事だった。朝起きると雪が降っていた。それだけならちょっとだけ珍しいけど、ありふれた事だった。僕は窓を開くと掌を出して、雪を受けた。ひらひらと雪は舞い落ちてひんやりとした感覚を残した後、僕の掌で消えた。僕は寒さに身をすくめると窓を閉め、急いでヒーターのスイッチを入れ、顔を洗いに行った。水は手を切るように冷たかった。
しばらくすると温水式の古いヒーターはラムネの瓶の球を振った時のような、からからと音を立てはじめていた。そして、布団に包まって待っていると、ヒーターは壁側からじんわりと暖かさを感じさせてきた。僕は暖気をとるためにヒーターの傍で着替えると、いつものように朝食をとる前に屋上に行ってみた。屋上から見えるビルの間の空は一面、真っ黒な雲に覆われていた。雪はだんだんと強さを増し、僕の横面を叩くような、風を伴った降り方になってきていた。僕はこの雪の降り方になんとなく今までにない感覚を感じたのだった。
これが全ての始まりであったのだ。
2
それから毎日、雪はふりつづけた。降り続く雪に、人々は驚き、口々に文句を言うだけだった。けれども、それが一週間、二週間と続くと、人々はいつまでも降り止まぬ雪に恐ろしさと異変を感じ始めた。職場でも学校でも、どこでも色んな噂が流れていた。
そんなある日、政府からようやく一つの事実が公表された。
気象学者達による大規模コンピュターを使った気候シュミレーションがこの大雪の原因に答えを出したのだった。それは北半球における大規模な気候変動が始まったという研究結果だった。このシュミレーションを行った気象学者チームの代表はこの状況がすくなくとも一冬続く事を導き出したとテレビで語っていた。そして、彼は再び急激な温暖化もありうるし、今の現象は人智を超えていて、今後のことは予想もつかないと言うことを強調していた。僕は年寄りの背の小さな気象学者がこの事実をまるで預言のように言う姿をおぼえている。
この発表にすぐさまマスコミはもっと事実は前からわかっていて、隠されていたのだと政府に対して猛烈な批判をおこなった。しかし、そんなことはもう何の意味もなかった。誰の責任も問いようがなかった。我々の根本であった自然が変ってしまったのだから。
けれども、人々の多くはこの絶望的な宣告を前にむしろ普段の生活を続けた。人々は生活を、仕事を捨てなかったのだ。僕も普通に仕事をして毎日を過ごした。しばらくの間、日々はいささかの不便さを伴うものの表面上は平穏に過ぎた。しかし、普段と変わらない水面の下で変化は静かに進行していた。雪が道路を閉ざすと流通が滞り、食料が入りにくくなった。そして、停電が多くなってくるとそれは目に見える形で現れた。人々が街を捨てて出て行き始めたのだった。その頃にはとうとう電車も、自動車も降り積もった雪のためにどうやっても動かす事は出来なくなっていた。最後はは情報の寸断だった。電力の供給が完全にとまって、テレビもラジオもネットも機能できなくなったのだ。そうして、巨大で化け物のように感じられた組織も人々が集う事ができなくなって紐帯を切られ、あっけなく崩れていった。
僕は忘れようもない日の事を覚えている。みんなが出て行った日のことだ。あれは雪が小降りになったある日のことだった。少し薄日が射す明るい日だった。
僕は小降りだったので大通りに出ていた。そこには街を捨て、流れていく人たちが道に溢れていた。みんな口を固く結び下を向いて黙々と歩いていた。何かを抱えて歩く者、赤ちゃんを抱いている母親、年寄りの夫婦、多くの人々が家も財産も捨て、各々が持てるだけの荷物を持って、巨大な蛇のような列を作って歩みだし、どこかへ向かって流れ出した姿だった。
悲しげで、陰鬱とした行進はなんと言ったらいいだろう。葬送の行列のようだった。僕はこの人たちが歩いていく姿をずっと見ていた。
この後、この人たちがどうなったか、僕は詳しく知らない。人々が去り噂話さえなくなったからだ。多くの人々は南へと流れていったと思う。
僕は、こうなっていった経緯を体験してきた者として、想うのは日常と言う物は実はとても脆いものなのだということだ。
3
僕は街を捨てなかった。幾度も考え、この街を出ようと思ったのだが、結局僕はこの街を捨てられなかったのだ。
どうして僕はこの街から逃げ出さないのか。理由というものを考えるのだが、これが実のところ良くわからないのだ。真っ暗な部屋の中で一日中、いや、もっと長い間、どうして僕はここから逃げ出さないのか、横になったり起き上がったりして考えてみたのだが良くわからない。人間には無意識というものがあって大きな役割を果たしているらしい。でも、無意識は無意識であってそれを言葉にするのは難しい。だからつかめる範囲で言葉にして自分を説明してみよとするのだが、そうしてみるともう何かとても大事な物を取りこぼしている気がするのだ。結局、僕自身がよけいわからなくなってしまうのだ。
とにかく言葉にして確かにいえるのは、僕がこの街を気に入っているということだけになる。自分でも思うがおおよそ子どものような考え方である。だが、そんな幼稚な考え方だが仕方がない。それ以外に言いようがないのだから。何しろここは僕が育った街だ。僕はここが気に入っているのだ。街から離れようという気には僕はなれない。なんともいえない想いというものがあるのだ。その想いはこの街が滅んでいくという事実の前に、より明確に感じられるようになってきているのだ。
この頃、僕は目を瞑るといくつもの切れ切れになった画像を思い出す。幼児のときに母に抱かれて見た青空、思春期に感じた異性、活気に満ちた華やかな祭りの情景、そして、あらゆる思いがあたたかさや、つめたさ、音や色を匂いすら伴ってよみがえってくるのだ。それらは街のそこかしこと離れがたくつながっている。僕は思い出をこの街と分ける事は出来ない。それらはどれもとても大切な物だ。そして、記憶というものをその人間の個人の全てだとするならばここには僕の全てがあるのだ。だから、僕はこの街がどう終わりをむかえるのかをどうしても見てみたいのだ。
4
人々が去り、さらに雪が街を閉ざし始めると、マンションには寒くて住んでいられなくなった。僕は色んなところを探した末に、ニケの彫像レプリカのある近くの大きな図書館の事を思い出した。僕はここに身を寄せ、書庫に住む事にした。誰もいない図書館は静かだった。書庫は密閉されていて、換気に注意すれば暖かく申し分なかった。静まり返った誰もいない図書館で、
僕は来る日も来る日も本を読んですごした。
最初は生きるための知識を得るために、サバイバルに関する本を集中的に読んだ。あまり知識としては役に立たないこともおおかったが、決してケガをしてはならない事(医者にはかかれない)や食料の確保など、行動面の考え方は役に立った。
それが終わってしまうと、手当たりしだい色んな本を読んだ。僕はよく歴史の本を読んだ。きっかけはふと手に取った文庫の歴史書だった。僕はその本の中にあった『歴史とは今と過去との絶えざる対話』という言葉がとても気になったのだ。それから僕は歴史の棚にあった本をむさぼるように読んだ。
人は幾つもの文化や文明を築き、幾つもの終焉を迎えてきたことが記されていた。そして、そうした終わりには必ず何かの理由があった事を僕は知った。歴史家は歴史に対して様々な仮説を述べ、さらには様々な手段でそれを実証しようとしていた。それらの著作の多くは説得力のあるものだった。歴史とは偶然性を否定できないものの至極、合理的なものであることに僕は気が付かされた。歴史書は人類の作り出したいくつものシステム、生産力によって自らがなし得てきた物の集積だと歴史を定義していた。歴史上のあらゆる事件や現象はこの人類の生み出した集積的に起こされるのだった。つまり、この街の崩壊にもきっと何らかの理由があるのだ。
だが、歴史の本を読む中でさらにある事を感じた。歴史とはそれだけのものなのだろうか、ということだ。僕は歴史と言うもののもう一方の想像しない訳にはいかなかった。歴史を実際に作ったのは誰なのかということである。それは一人一人が個性と人格を持って、歴史の中で必死に暮らしていた者達のではないのかということである。名を残したものであれ、名を残さなかった大勢の普通の人々であっても、それはみな同じであったはずだ。生産力とシステムの発展は歴史の真実ではあるが、そんな事を思いもしないで、懸命に生きた人々がいたから歴史は築かれたのではないだろうか。それは、言い換えれば、たった一人から始まり、今に至るまで産まれ、生き、死んでいった途方も無い数の人達である。その人々の人生の集積が歴史なのである。
そして、僕は思うのだった。その人達こそが歴史の本当の姿なのではないだろうかと。
ある夜の事だった。僕は書庫のソファーに寝そべり、本を開いたまま胸の上に置き手に持ったコーヒーカップの縁を眺めていた。真っ黒なコーヒーの入ったカップの縁は真っ白な輪を描いていた。僕はそこに口をつけてコーヒーを啜った。唇にカップの硬く曲がった縁の感覚が官能的に伝わってきた、それは丸みを帯びた円の感覚だった。その瞬間、ある理解が唐突におとずれた。そうわっか、輪なのだ。時間の中で人が生れ死んでいくことは、そして、その一人一人が大きな輪につながっていて、巨大な人類の歴史が積み重なっていくことはわっかのような物ものなのだ。僕だってその一人なのだ。僕はただいましかない存在なのではなくて、輪の上でつながっているのだ。僕はその輪の一人として何かをしなければならないのではないか、と思った。
僕は歴史の中の一人として懸命に生きる必要があるのだ。
では、僕に出来る事はなんだろう。思ったのは記録を付ける事だった。この体験を誰かに伝え、とにかく何か記録を残していく必要があるんじゃないのか、僕は記録の大切さを思ったのだ。僕はなんだか無性に記録を残したいと思うようになったのだ。僕は司書達が残して行った文房具のストックから、使っていないノートを探してくると、ここまでの経緯をなるべく細かく書いた。僕は必死になって自分が感じた事、今の状況をなるべく詳しく書いた。この記録が人の目に触れるかどうかは分からなかった。しかし、記録が読まれるのなら僕は伝わるように最善を尽くすしかない。それに僕は何かをしなければならないのだ。
お読みいただきありがとうございます。