ブバルディア
「きゃっほーぅ! 先輩と、でっえとー!!」
「……騒がしい」
やはり連れてきたのは間違いだったのだろうか、と竹下和也は辻野妃奈を見て軽く溜息をついた。が、考え直せばこれだけ喜ばれているということで、なんだろう、複雑な気持ちにもなる。でもその前に、ひとつ訂正事項があった。
「デートじゃない。買い出し、な」
「いいじゃないですかあ、勝手に脳内変換したって。夢見るのは自由です」
「その自由を表に出すのはどうかと思うが」
「……き、気にしません!」
また、ため息がつきたくなったが、これ以上運気を逃しても仕方ないと竹下は踏み、欠伸を飲み込む要領でなんとかする。全く、竹下の悩みの種は常に辻野絡みなのだった。
いちおう生徒会役員の竹下と辻野は、その用事で繁華街へ出ていた。何かと乱入してきてはいつも無理を押し付ける校長が、今度は、客人を招くための花を買ってこいと言ってきたのだ。そしてその役は会計監査の竹下に押し付けられた。さらに校長の言葉に花好きな辻野が反応、ぜひ行きたいと申し出、付き添うことになった。わざわざ師走初めの休日に出かけているのはそういうわけだ。
「おい、回ってないで行くぞ」
「ゆーきー! つもったー!」
竹下の言葉には耳を貸さず、辻野はアーケード商店街の下ではしゃぐ。見上げればなるほど、何者にも邪魔されることなく均等に積もった雪が、まだ沈んでいない太陽を透かしていた。自分でも感心するほどの眺めだ、きっと辻野はその多感で、めいっぱい受け止めているのだろう。
「置いて行ってもいいのなら、話は別だが」
「あっ、行きます行きますーっ!」
置いてかないでくださいよー、と辻野。じゃれついてきたりするのがまるで子犬だ、雪にはしゃぐところ然り。などと竹下は思っていると、辻野が「ゆーうきーやこーんこ、あーられーやこーんこ、」と歌い出したので、自分で云ってりゃ世話ないな、と心のなかで悪態をついた。
花屋は商店街の真ん中にあった。寂れた周りに比べ、多少新しい店らしい、外観にも古ぼけた感じはさほどなかった。竹下と辻野が店内に入ると、気の良さそうな、ほんわかした女性が出てきた。この店の店主だろうか。客人を招くための花を探している旨を伝えると、店主はいくつかの花を見せてくれる。
*
一方辻野は、扉の影に女の子が隠れていたのを見つけた。じっ、とこちらを見つめている。負けじと見つめ返すと、女の子はさっと逃げた。
辻野は気になって、そちらへととと、と駆けて行くと、扉の影をのぞく。
「きゃっ、」
「みーつっけた!」
「……見つかっちゃいました」
女の子はそろりと店内に出てくる。「あら、あきちゃん、今日は隠れないのね」と店主。女の子は、「見つかっちゃったの」と気まずそうにした。店主の娘だそうで、よく扉の影に隠れては、店の様子を飽きもせず見続けているという。店主ご自慢の娘さんらしく、「前にカーネーションの花束作らせたら、それはもう素敵なセンスなのよー」と嬉しそうに話した。
竹下と店主は再び話に戻る。先程からずっと暇を持て余していた辻野は、女の子、「あきちゃん」と遊ぶことにした。
「あきちゃんは、お花選ぶの、好き?」
「はい! 花言葉は、お店のは全部覚えました!」
「そっかそっかー。
……そうだあきちゃん、お姉ちゃんにお花、見繕ってくれないかな?」
辻野はふと思いつき、女の子に問うてみた。すると女の子は、ぱあっと顔を輝かせ、もちろんですっ、と元気よく返事をした。
*
「では、こちらと、デンマークカクタスですね」
「はい、お願いします」
「デンマークカクタスは鉢植えになさいますか?」
「あー……、それでいいと思います」
「かしこまりました、少々お待ちください」
「――で、お前らは何やってんだ」
竹下は辻野と女の子を振り返った。その手にはチューリップ。
「すみませえーん、この花もひとつくださーい!」
「お姉さん、お花は『一輪』です」
「いちりんくださーい!」
「……話を聞け」
「お兄さんは黙ってるのです」
何やら、女の子からの言葉がきつい。
「はいはい。お会計は一緒かな?」
「いえ、私用なので別で!」
「はあーい。じゃあ、チューリップを先にしちゃいましょうか。ラッピングは……、」
「あ、いーです。すぐ使うんで!」
「……あら、あら」
辻野の言葉に、店主が驚きの声を静かに上げる。そうして、ふふふ、と優しく笑うと、「いいえ、サービスにするから、ラッピング、させてくれないかしら?」と提案した。断る理由がない辻野は、店主に任せることにした。
辻野のラッピングが終わる。用が済んだならあっちで遊んでろ、と竹下に突き放された辻野は、仕方なく店の前で待つことにした。そして、竹下は紙袋を持って出てきた。その中に入っているはずの、先ほどの『デンマークカクタス』とはどんな花なのかな、と想像しつつ、揃って行こうとすると、店から飛び出してきたあきちゃんが、竹下を引き止めた。後で見るように言い、手に紙切れを握らせる。そして、「がんばってねー!」と二人に向かって手を振ると、店内に引っ込んだ。
「……あの子、何だったんだ」
「んーっ、かわいいですよねえ、あの年代の子って」
明らかに嫌われていた気がしたのだが、と竹下は言おうとしたが、辻野の笑みに水を差すのも悪い気がして、やめる。あの女の子、会計のときにずっと竹下を睨んでいたのだ。
二人とも、ここが地元なので、帰りは途中まで一緒だ。というより、商店街から行けば、ちょうど竹下の家は辻野の家を通ることになる。必然、辻野の言う「デート」は続行していた。
「あっ、そうだ! 今、渡しちゃいますね」
声を上げ、ずっと手に持っていたチューリップを竹下に渡した。……いや、押し付けた。
「えへへ。……意味も、あとで調べてくださいね」
「意味って――、」
赤いチューリップの花言葉、愛の告白。少し知識のある者だったら誰でも知っているような、それ。もちろん竹下も知らないはずがなかった。辻野は竹下が知っていることを分かって渡したのだろうか、いや、あの単細胞はそんな含みなどできやしないだろう。それも、竹下にはわかっている。
そんなこんなで、すぐに辻野の家の前まで来てしまった。短かったように感じた時間は、実はとても長かったらしい。
「じゃあ、私はこれで! おつかれさまでしたっ」
「……ああ」
辻野が、少々名残惜しげに玄関の方へ向き、歩き出す。
が、その歩みは突然止められた、辻野の手首をつかむことで、竹下によって。辻野は振り返る、
「えっ、」
「誕生日、そろそろだろ。やる」
そう言って渡されたのは、真っ白な、辻野の誕生花。
「ちゃんと意味、あとで調べとけよ」
その言葉だけ残すと、竹下は足早に家路についた。だが、花好きな辻野が、その花の意味を知らないはずがなかったのである。
「せーんぱあーい!」
辻野は、背中に向かって叫んだ。
「わたしも、ですよー!」
ブバルディア、和名は寒丁子。
花言葉は、<あなたの虜>。
(おにーさんへ。
ぷろぽうずのときも、ぜひ、うちをごりようくだきい。
エンゼルランプをごよういしておきます。
はなことばは、あなたをまもりたい、です。 ――あき)
元気っ子後輩とやれやれ系先輩の不意打ちラブが書き……たかったんです。
不意打ちどころかもう、ね。
あ、あきちゃんに見覚えがある方は、そう、正解です。
「とある寂れた小さな町の~」の女の子です。
まだ読んでない方は、こちらも是非どうぞ。