第三章 悪魔と満月
「そうかそれは残念でしかたがない」
切り立った崖に座っているのは仙人袴を身につけた悪魔だった。
河原から人目をさけながらここまで来たが、それはとても楽とは言えない場所が道中に一つだけあった。それがこの山だ。
侵入者対策として張り巡らされた魔力の糸は予想以上に網羅されており時間を掛けなければとても攻略は無理だった。それ以前にこの山に住む亡霊達が過剰に反応し跡形もなく消えている時点で気付かれていたのだろう。 まるで以前侵入者がいたような手の入れようだ。
「それにしてもどうしたんだい?この防犯対策は」
「あんたみたいに一つも罠にかからない人間用」
「・・・もしかして嫌われてる?」
「逆。好んでるからの皮肉。」
(全く、これだから悪魔の思考は分からない。いつだって情緒不安なところがあるから安心できないんだ)
さすがに私でも悪魔を敵対するようなことはしない。時に大陸の三分の二を占領した種族、人妖の私では力の差が大きすぎる。
「こんな女悪魔に何か用?侵略なら容赦はしない」
「・・・悪魔のジョークはこわいねぇ。連絡受けてたくせに」
「あれ?悪魔は嘘を吐くのが仕事じゃなかった?」
悪魔は満面の笑みを浮かべているがそれが偽りの笑顔であることは雰囲気でわかった。
(タイミングが悪かったか?機嫌が悪いな)
二対一ならまだしも、一対一では数は同じでもこちらの分が悪い。悠闇一族は人間と妖怪のハーフだ。完全な妖怪でも敗北するというのに半妖の私に勝ち目は無い。
それに加えて好戦的でもあり、友好関係も築きにくい為、仲間に引き込むのは困難なのだがただ一つ攻略方法がある。
「名前は?」
「風神志望」
悪魔は一瞬ぽかーんとしたが次の瞬間、偽りとはほど遠い笑顔を見せた。
「気に入った!良いもの見せてやる。ついてこい」
悪魔が最も好むもの、それは愚直な心だ。その心を偽らずに表せば相手になることは無い。
「どこ行くの?」
悪魔は笑ったきり一言も喋らなかった。
それから喋ったのは崖を降り、草木を掻き分け、村の目前にまで迫ったときだった。
「風神志望。神様による神様の為の神様の政治、よく見とけよ。」
今は子の刻。満月が美しい時間帯。
「さようなら。私の愛した夜桜村。」
その刻は過ぎ、美しい夜桜と満月は轟火に包まれる。